【6】騎士団のトップとの再会
夜、私は真ん中に毛布で仕切りを作り、グエンのベットで一緒に寝ている。
もちろんはみ出してきた時に、魔術が発動するように細工済みだ。
本当はソファーで寝ようと思っていたのだけれど、グエンがそれを許さなかった。
彼曰く、好きな女をソファーで寝かせて、自分だけベッドなんてできるわけねぇだろとの事だった。
本人がソファーで寝るなんて言い出して、意外な展開に焦った。
そんな事をするようなタマだとは思ってなかったのだ。
それで折り合いをつけて、今の形があった。
幸いグエンのベッドはかなり広く、大人四人くらい寝れるんじゃないのという大きさがあった。
昔はこの領土の主が使っていた部屋らしい。
……手を出してくるかと思ったら、意外と紳士なのよね。グエンって。
寝起きに尻を触ってきたりするものの、それくらいだ。
からかいの言葉をかけてきても、本気でそういう行為を無理強いしようとはしてこない。
ありがたいのだけれど、気を許したら口説いてきたりするから、どこまで本気なのかわからなくて戸惑う。
寝る時グエンは上半身裸になるのがデフォルトらしく、私と一緒にベッドに座り足を投げ出しているグエンは、妙に男らしい色気があって。
こっちだけが意識してるみたいで、なんだか落ち着かなかった。
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「お前の処遇を決めるために、わざわざこの国の騎士のトップが、こっちに出向いてくるそうだ。明日こっちにつく」
ここで暮らすようになってから、二週間くらいが経って。
夜寝ようとしたら、グエンがそう口にした。
騎士団のトップという言葉に、胸がざわつく。
つまりは、この国の軍事最高責任者。
たぶん、あの人だと思った。
全てを終えたら、私を殺してくれると約束してくれた人。
彼もまた私と同じ、異世界からやってきたニホン人で、歳を取る事は無く、寿命もない。
何もなければ、きっと彼はまだあの位置にいることだろう。
「普段なら王都から使者がきて、引き渡して終わりだ。わざわざあの人が出向くなんてありえない」
グエンの目が鋭く細められる。
「最後の魔術兵器、黒の十三番。本物だと思っていいか?」
私の通り名を、グエンが口にする。
最初から私の正体に気づいていたようだった。
「……私が魔術兵器だとわかってたなら、どうして野放しにしてたの? 私あなた達を殺してたかもしれないのに」
何を考えてるんだこの男は、と思う。
魔術兵器だと知っていて、野放しにしていたなんて正気とは思えない。
そもそも、私が魔術兵器でないとしても、敵国の紋章がある魔術師なのだ。
普通は魔術を封じた上で、捕虜のような扱いをするべきだ。
紋章に直接触れなければ魔術は使えない。
だから、紋章のある手に鍵付きの篭手のようなものをつければ、それだけで魔術は封じることができた。
騎士たちの中には、そうするべきだという声も多かったのに、グエンはそれをよしとせずに、私を自由にしていた。
どうせこの領土から、女一人で出ることはできないのだからと言って。
都合がよかったから口は出さなかったけれど、なんて甘い処置なんだと心の中では思っていた。
てっきり女だから舐められているのかと思っていたけれど。
どうやらそれは違うようだった。
グエンは移動してきて、私の座るベッドの横に腰を下ろす。
それからすっと指を伸ばしてきて、私の胸元にある数字を、トンと押した。
「リサはそんな事しない。そうだろ?」
深い紺色の瞳で、真っ直ぐにグエンが目をみてくる。
揺れのない声は、私に対する信頼のようなものがあって。
どうして会ったばかりの怪しい女に、そう言い切れるのかわからなくて戸惑う。
「さぁね。どうかしら?」
「魔術兵器を壊す魔術兵器。ウェザリオではそうでもないが、レティシアでは相当な有名人だ。こっちの国でも昔は相当派手にやらかしたらしいが、レティシアの魔術兵器を滅ぼした功績があるし、恩赦くらいはかけあってやる」
どうにかはぐらかせば、グエンは口元に皮肉っぽいいつもの笑みを浮かべた。
「意外と優しいわね」
「誰にでも甘い顔をするわけじゃない。それはわかってるよな?」
からかうように口にして、グエンが私の髪を一房とって口付ける。
ちょっと顔が赤くなった自分が許せなくて、ふいと顔を背ければ少し笑われたような気がした。
「それで、その騎士団のトップってどんな人?」
「オレの育ての親みたいなもんだ。クソみたいに強いぜ、あいつ。今度こそぶっとばすつもりだけどな」
話を逸らすように口にすれば、尊敬が混じるグエンの口調には好戦的な響きがあった。
わくわくした様子のグエンは、子供みたいだったけれど、口にしていることはとても物騒だ。
グエンの育ての親?
だとすると、あの人ではないかもしれないと思う。
私の知っている『彼』は、見た目あまり軍人という感じもしなくて、礼儀正しく真面目な人だった。
そんな人が育てて、こんな荒っぽいグエンのような男が出来るわけが無い。
だとすると、『彼』はもういないのだろうか。
そう思うと胸が軋む。
『彼』がいなかったら、私は終わりを迎えることができない。
私が欲しいのは、恩赦なんかじゃない。
欲しかったのは――終わりだった。
私が過去にしたことを覚えている人は、もういない。
そんなに軽いことじゃなかったはずなのに。
多くの命を奪った私が、誰にも責められることなく、どうしてのうのうと生きているんだろう。
この世界でできた大切な人すら守れず。
可愛い幼い双子の兄弟を、自分が作り出した魔術道具で戦争の道具に変えてしまった、罪人なのに。
責められないことが、辛い。苦しい。
許されていいはずがないのに。
胸の奥で秒針の音が響く。
規則正しい音の中に、歪が混じる。
歯車が軋んで、悲鳴をあげる。
今にも壊れそうだ。
むしろ壊れて狂ってしまったほうが。
――私は楽になれるんじゃないか?
「おい。おい、リサ!」
「……あっ、ごめん。ぼーっとしてた」
気づけばグエンが私の顔を覗き込んでいた。
「驚かすな」
そういって、グエンは息をつく。
心配してくれていたみたいだった。
「不安になるなと言ってもしかたないかもしれないが、騎士団のトップは話が分かる男だ。悪いようにはしないし、させない」
大きな手で、グエンが乱暴に頭を撫でてくる。
任せておけというように、不敵に笑ったグエンは、まるで私を安心させようとしてるようだった。
別に不安に思ったわけじゃないし、勘違いだ。
でも、そうやって気遣ってくれるグエンの目が優しくて。
胸の中にじわじわと温かいものがこみ上げてくる。
こうやって誰かに気遣われる事が久しぶりすぎて、どんな顔をしていいかわからなかった。
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グエンの育ての親か。
どんな荒っぽい奴がでてくるんだろう。身長二メートルは越す大男で、熊なんて一ひねりの筋肉ダルマなのかもしれない。
朝そんな事を思いながら朝食を作る。
今日のメニューにももちろん魔物がたっぷりと使われている。
食事当番の騎士は固定してもらったので、食事に使われているのが魔物だと知っているのは私と彼ら二人だけだ。
まぁ、どこからこの食材手に入れてるんだろうと、そろそろ皆疑問に思い始めてるみたいだから、気づくのも時間の問題だとは思うけれど。
今日は妙に騎士たちがそわそわしていて、全員正装だった。
いつもぼさぼさな髭や髪を整えているものも多く、緊張感が漂っていた。
「凄い大事になってるわね」
「そりゃ当たり前だろ! ヤイチ様は騎士団のトップにたつお方だぜ? いつの時代からいるかはわからない、代々の王に仕える謎めいたトキビト。あの見た目ですげー強いし、男なら一度は憧れる存在だろうがよ!」
食事を持って適当にそこらへんにいる騎士に話しかければ、興奮した様子で語ってくる。
ちなみにトキビトというのは、異世界からやってきたニホン人のこと。
私がいた時代やレティシアでは、トキビトは死後の世界からこちらの世界にやってきたのだと信じられていて、ヨミビトなんて呼ばれていた。
蘇りの死者とか呼ばれて、忌み嫌う人も多かったのだけれど、今のウェザリオにこの考え方は無いみたいだ。
トキビトに対して好意的で、偏見が無い。
それもこれも、国の上層部にトキビトが多く、この国に関わってきたからなんだと思う。
かつてこの国ができて百年かそこらくらいの時に、側で見ていたからなんとなく知っていた。
その中でも、国に対して一番尽くしていたトキビト。
この国の最高軍事責任者で、全ての騎士のトップに立つ男。
――カザミヤイチ。
私と同じニホン、でももっと昔のニホンから来た『彼』は、数百年経った今でもこの国に関わっているようだった。