【5】食材はすぐそこに
とりあえず、食材が足りない。
無ければ自分で取りに行けばいいじゃない。
そう思った私は、狩りに出ることにした。
ラザフォード領には、実はとっても美味しい食材がごろごろしてる。
私達を見るたびに襲ってくる魔物ちゃんたちだ。
お隣の魔法大国では魔物を食べる習慣があったけれど、この国ウェザリオにはなかった。
ウェザリオで魔物がいるのはこのラザフォード領くらいのものという事もあって、そうなっているんだろう。
魔物を食べるなんてありえないと、この国の人たちは思っているようだった。
多分外国人がタコを食べるのをありえないというような感覚なんだろう。
魔物というのは、魔の力を持った生き物の事。
魔の力を持っていて、自我があれば植物も動物も昆虫も皆魔物だ。独自の進化を遂げちゃっているものが多く、食べるのはちょっとなぁと躊躇う気持ちもわからなくはない。
例えば目の前のこの魔物。
十五センチくらいで、ウネウネと地面の穴から生えてきて、縮んだり伸びたりする。
その感触はなまこのように柔らかく、触れようとするととぬるぬるネバネバした液体を吐き出し、穴の中に潜ろうとする。
ちょっと魔術で地面に振動を加え、逃げ出したところを家事当番の騎士たちに捕まえさせる。
茹でるとマカロニみたいな触感になる。少しねばねばしてるけど、とても美味しいので、勝手にマカロニ虫と命名してよく食べていた。
虫と呼んでるけど、多分植物系……だと思っている。
「気持ち悪い!」
ぎゃーぎゃーと言いながら、家事当番の騎士たちがおっかなびっくり捕まえている。体格はいいくせに、女子のような悲鳴をあげるなと言いたい。
摘んでささっと袋に入れていけば、彼らが私をありえないという目で見ていた。
肉も欲しいなと思っていたら、毛皮の生えた豚のような生物が現れた。
くるくるとした、羊のような角が生えている。
……ものすごく美味しそうだ。
この世界に来て初めてみる生き物だったけれど、豚に似てるんだから、きっとその肉もそうに違いない。
ひつじ豚と勝手に命名する。
「姐さん、逃げましょう! アイツやっかいです!」
騎士たちがそう口にした瞬間、ひつじ豚が私達に向けて電撃を放ってくる。
それを咄嗟に避ければ、避けた場所にむかって突進してくる。一匹一匹は大型犬くらい。重量があるドシドシとした走りのくせに、そのスピードは速い。
五頭くらいの群れだったけれど、なかなかのチームワークで、私達は分断させられた。
けどまぁ、パターンは単純みたいだった。
電撃をしては、突進。
意外とスピードは速く、電撃で痺れた所で獲物をしとめるタイプと見た。
数がいるとやっかいといったところだろうか。
とりあえず軽い動作で氷付けにしてみた。
けど、ひつじ豚は炎の魔術も使えるようで、氷が溶かされてしまう。
ならと炎の魔術で炙ったり、同じく電撃で応対してみても、体勢があるのかピンピンしていた。
一方の騎士達は、ひつじ豚に対して剣を振り下ろしていたのだけれど、その毛皮もわりと固いらしくあまり効いてないみたいだった。
でも、弱点がないわけじゃない。
直線的な突進しかできないので、一旦避けるとこっちを向くまでに時間が掛かる。
その瞬間に横から風の魔術を当てて倒してやれば、ジタバタと短い足を動かしてもがいていた。重量があるので起き上がるのに時間がかかるのだ。
お腹の方には毛皮がないので、そこを騎士たちに攻撃してもらいしとめていく。
五匹もあれば十分だ。
今日は大量だなとほくほくしながら、騎士たちにソリを引かせて城に戻る。
「……姐さん。これ本当に食べるんですか」
ひつじ豚よりも、うごめくマカロニ虫に抵抗があるようだった。
騎士が嫌そうな顔をするのは、まぁ気持ち悪いしわからないでもなかった。
ひつじ豚は毛皮を剥いで、丸焼きにする。
こんがりとした焼き目がついて美味しそうだ。
「これ豚みたいですね。見た目だけは美味しそうです」
たとえ魔物でも、騎士達もそう思ってくれるみたいだった。
「食べてみない?」
「いえ……いいです」
勧めてみたけれど、美味しそうでもやっぱり抵抗があるらしい。
しかたないので、私だけ食べる。
「ぶっ!」
そのカケラを思わず吐き出す。
「だ、大丈夫ですか姐さん!」
ケホケホと咳き込んだ私の背を、オロオロとしながら騎士がさすってきた。
その顔は魔物なんて食べるからだと語っている。
皮部分が、ビックリするほどに苦くてまずかった。
舌がピリピリと痺れるほどだ。
どうやら見た目美味しそうに見える、香ばしい色をした皮膚部分は、食べられる代物じゃないらしい。
ちなみに、肉自体はやっぱり豚に似ていて美味しかったので、肉部分のみつかって、料理を作ることにする。
やめときましょうよと、家事当番の騎士二人は全く乗り気じゃなかったけれど、聞くつもりはなかった。
マカロニ虫もゆでて、ビン詰めされたトマトのペーストで味をつける。
皿に盛り付けてしまえば、魔物だとはわからない。
それを何も言わずに食卓に出せば、騎士達は美味しい美味しいと大絶賛していた。
ただ、家事当番だった騎士の二人だけが食欲なさげな様子で、うまいうまいと料理を口にする仲間を気の毒そうに見つめていた。
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「おやつの時間だよー!」
私が呼ぶと、狼たちがやってくる。
彼らはグエンに従っていて、戦闘にも参加する仲間のような存在らしい。
この世界では狼も魔物だ。
それでいて狼は、その魔物の中でも位が高く、人間に恐れられている生き物だったりする。
それがどうしてグエンに従って大人しくしているのかは、よくわからない。
狼はすごく綺麗だ。
動物の中でも犬が好きだった私は、グエンから狼を紹介された瞬間から触りたくてしかたなかった。
グエンに従っている様子だったから、触れても大丈夫なんじゃないかと思ったのだ。
「助けてくれてありがとう!」
そう言ったところでわからないんだろうけれど、口にして目をじっと見つめれば、狼はふいっと顔を背けてしまった。
「お前魔物が怖くないのかよ」
「そういうわけじゃないけど、この子たちグエンの友達なんでしょ? それに私を助けてくれたんだし」
グエンは私の反応に驚いていたみたいだった。
「いやオレが従えてたとしても、魔物なんだから普通怖がったりするだろ」
わけがわからないという顔をグエンはしていた。
「この子たち大人しいし、いきなり噛んだりしないでしょ?」
「まぁそうだが。なんでそんなうずうずしてるんだ。もしかして……触りたいのか」
「いいの!?」
狼なんて触る機会めったにない。
勢いよく食いつけば、グエンが目を丸くした。
「お前、やっぱり変な奴だな」
ぷっとグエンが吹き出す。
その顔は少し子供っぽかった。
「噛まないように言っといてやるよ。ただ、触らせてくれるかどうかはコイツら次第だけどな」
そう言って、グエンは狼たちと視線を交わした。
それだけで意志疎通が出来てしまうみたいだった。
「グエンは狼と話ができるの?」
「まぁそんな所だ」
「へぇ、凄いなぁ。いいなぁ!」
テンションが上がって、キラキラとした目で見つめれば、グエンがたじろぐ。
そんな反応をされるとは思ってなかったらしい。
「そこは気持ち悪がるところだと思うんだけどな」
「なんで? 狼と会話できるなんて、夢みたいじゃない!」
現実の世界では犬を飼っていた。
可愛くて可愛くて、お話できたらなぁなんて思っていた。
心の底からそう思って口にすれば、やっぱり変な奴と呟いて、グエンが微かに笑った気配がした。
あれ以来、私は頻繁に狼たちに餌付けを試みていた。
まだ警戒しているのだけれど、少しこちらへ近づく距離が縮まってきている。
国からの指示がくるまでには、触らせてもらえるようになりたいと思っているのだけれど、時間は足りなさそうだった。
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ラザフォード領は平和とは言いがたいけれど、今は魔法大国が攻めてきてないので、比較的暇らしい。
娯楽もなにもない場所なので、騎士たちはそれぞれ鍛練したりしているのだけれど、私は積極的に騎士たちに関わるようにしていた。
なんのためか。
もちろん神殿を探し出すためだ。
この城以外に、ラザフォード領に建物は一つだけしか存在していないらしい。
ここよりもウェザリオ寄りの場所に、騎士たちが元々使っていた駐屯所があるとの事だった。
どうやらこの城には二十年くらい前まで、先住民が住んでいたらしい。
ラザフォード領を納める領主の一族でもあったのだそうだけれど、魔法大国に攻め入られ、一族が全員殺されたとの事だった。
それ以来、こっちの城の方に騎士たちが移動して、駐屯所として利用しているとの事だ。
何か変わった建物は他にないかと聞いたけれど、誰も知らない様子だった。
教えてやってもいいぜと嘘ぶいて、体を要求してきた騎士もいたけれど、つるし上げた上で、裸で外に放りだしてやった。
ムチ的なことはあまりしたくないのだけれど、ここの騎士たちの中にはグエンが牽制しても私に手を出そうとしてくる輩も多かった。
一度や二度は我慢してスルーしたけれど、だんだん面倒になってきたのだ。
――体に覚えさせてやれば、もう歯向かってこないだろうしね。
ここに来てから数日で、大分暴力的になったような気がする。
大人しくしようと思っていたけれど、やっぱりやられっぱなしは性に合わないし、姐御扱いを受けているうちにどうでもよくなってきていた。
そんな事を続けていたら、王都から使者がやってくる頃には、私に手を出そうなんていう阿呆はいなくなっていた。