【番外編7】もふもふは正義だ企画・中編(グエン視点)
結局リサによって、クライスと一緒にカフェから追い出された。
オレの来た意味は何だったんだ。
リサもあんなに楽しそうにして……イライラする。
「隊長、一応もう一度言っておきますが、ベネは女です。僕の妹なんで、そんなに心配はしなくても」
「それは聞いた。オレが女相手に嫉妬してるとでもいいたいのか、クライス」
「い、いえ」
八つ当たりすれば、クライスが縮こまる。
くそっ、むしゃくしゃする。
相手が男だったら睨んで脅して、リサに色目を使わないよう体に教えてやるところなのに、それもできない。
気軽に抱きついて、手をにぎったりして。
獣型のときはともかく、人型をとっているときにそんなふうに抱きつかれたこと、オレにもないというのに。
オレは……リサの夫だよな?
おかしくないか?
オレと一緒にいるときは、怒ったような恥ずかしがる顔ばかりなのに。
どうして他の奴には、そんなふうに楽しそうな顔で笑いかけるんだ。
苛立ちが収まらなかったし、今日は満月だ。
気分が高ぶってくるのはしかたないことで、酒で誤魔化そうと決めた。
クライスと別れ、昼間から酒を提供している店を探せば、このあたりには小綺麗な店しかなかった。
できればもっとゴロつきが集まるような……そんなところのほうが落ち着けるんだが、しかたないか。
妥協して店に入れば、ランチタイムなのか人が多い。
屋敷で飲んだほうがよかったか……?
けど、ヤイチに飲んでるとこを見られたら、何か言われそうで面倒だ。
こんなところであまり酔える気がしないな……そう思いながら店内を見渡して席を探せば、一人の客と目があう。
「あらぁ? グエンじゃないの! 珍しいわねーこっちにいらっしゃいな!」
飲んでたのは、フリル付きのシャツを着た二十代の男。
珍しいのはオレよりも、こいつのほうだった。
「なんでこんな昼間から飲んでるんだ。店はどうした」
「今日はーお休みなのっ! いいからあんたも飲みなさいよ。丁度相手が欲しかったから、おごってあげるわ!」
「いやいい。別の店にいく」
どう考えても面倒くさそうだ。
回避しようと思ったのに、がっしりと腕を掴まれていた。
オネェのくせに力だけは無駄に強い。
「なによぉ、あたしの酒が飲めないってゆーの? あんたのわがまま聞いて、リサちゃんのウェディングドレスを大急ぎで作ってあげたのに! 薄情だわっ!」
トールは服屋を営んでいて、この間は無理を言ってリサのドレスを作ってもらった。
まぁ一杯だけなら仕方ないかと、席に座る。
「で、何があった。聞いてやる」
「あらら珍しい。あんたがあたしのことを気遣ってくれるなんて……大人になったのね!」
大げさにそういって、トールは涙をぬぐうような動作をした。
トールは、リサと同じニホンという国からやってきたトキビト。老いることもなく、オレが子供の時からずっと見た目が変わらない。
子供の頃は、人型から獣型になる際に、トールの作った服を何度も破いてダメにした。
普段はなよなよとしているくせに、怒る時は男言葉でかなり怖い。
それがトラウマになってるわけじゃないが……どうにも逆らうには勇気がいった。
「じゃあ、お言葉に甘えてきいてもらおうかしら」
てっきり悩み事というから、店のことかと思ったら……恋愛相談のようだった。
トールには気になる相手がいるらしい。
しかもどうやら……そいつは女のようだ。
「お前、女が好きだったのか」
「あたりまえじゃないの! あたし、変な趣味はないわよっ!」
ぷくっと頬を膨らまされても全くかわいくない。
男のくせに女みたいな服を着て、女みたいなしゃべり方をするから、そっちなのかとずっと思っていた。
「あの子にね、押し倒されて……好きって言われたの。もうどうしていいかわからなくて」
「お前はそいつが好きなのか?」
尋ねながら、なんでこんなに真面目に話を聞いてやってるんだと、頭の隅で冷静な自分がツッコミをいれてくる。
恋愛相談なんて、生きていて今まで受けたことがないし、そんな柄じゃない。
しかも、おネェの恋愛相談なんてどう考えても難度が高すぎる。
明らかにトールの人選ミスだ。
「好きよ。大好き。世界で一番大好き! でも、アカネは娘みたいなものなのよ!」
トールのその告白に、椅子からずり落ちそうになった。
今までオレが聞いてやっていたのは、トールが拾って育てている女の子(7歳)の話だったらしい。
「ちょっと、ちゃんと聞いてる? この間、あんたの相談にのってやったんだから、ちゃんと聞きなさいよね!」
この酔っ払いがと思う。
人がわりと真剣に相談に乗ってやってたというのに……恋愛相談ではなく、愛娘からの告白をどうしようかという話だったらしい。
「可愛いもんじゃねーか。昼間から酒飲んで悩むことでもないだろ」
「そんなんじゃないの! グエンは何もわかってないわ! アカネはあたしの娘みたいなものなのよ!」
「娘から好きって言われたら、父親は嬉しいものじゃないのか?」
トールが何を悩んでいるのか、よくわからない。
もしもリサとの間に生まれた子が女だったとして。
育った子供に、そんなふうに慕われたら……まぁ正直あまり具体的に想像できるわけじゃないが、嬉しいものなんじゃないかと思う。
オレなんかが、ちゃんと親をやれるんだろうか。
その不安は絶対にリサには言わないが、ずっとある。
父親のことをオレはあまり覚えてない。
大切にしてもらったという記憶はある。愛されていたとも思う。
けど、もう昔の記憶すぎておぼろげだった。
オレ達兄弟を抱きしめて、背中に敵の魔術を受けて。
苦しげにうめいて、動かなくなった……その最後ばかりがどうしても思い出される。
オレとリサが愛し合った証。
リサがオレのために生んでくれる、家族。
目に見える繋がりがそこにあるみたいで、それを思えば不思議と幸せな気持ちになる。
生まれてくる子供に、何をしてやればいいのかよくわからない。
けど、誰よりも親らしく、そいつのためにできることをいっぱいしてやりたかった。
こんなことを考えてるなんて、らしくないと思われそうだから誰にも言わないが。
多分、人一倍オレは家族に対する憧れが強いんだろう。
子供の頃の無力な自分が、守れなかったもの。
あの日、目の前で失ったものが、今自分の元にあるんだと思う。
もう、誰にも傷つけさせないし、奪わせない。
「へぇ……グエン、あんたもそんな顔ができるようになったのね」
「なんだそんな顔って」
「優しい顔してたわよ? 今のあんた。昔じゃ考えられないくらい」
そう言ってトールが目を細める。
「全てが敵だっていうような目をしてたのにね。人は変わるものだわ」
ふふっと嬉しそうにトールは笑って、なんだか居心地が悪くなる。
「まぁ、それはさておき……」
トールがオレのコップに酒をなみなみとついでくる。
「もっと飲みなさい。今日はとことん付き合ってもらうんだから!」
何だか目が据わってる。
ひっくと、トールがしゃくりあげた。
「いや、いい。やっぱり別のところで飲みなお」
「酷い、あたしを見捨てるのね!」
トールが泣き真似を始めれば、なんだなんだというように周りがこっちを見る。
「グエンが望むから、おままごとにもあんなに付き合ったのに! 料理にお風呂、洋服の脱ぎ着まで甲斐甲斐しく尽くしたあたしに、こんな仕打ちをするのね……!」
「おい、人聞きが悪いことを言うな!」
子供との遊び方や、服の着せ方、お風呂の入れ方を習っただけだ。
うわぁ、男同士で痴話げんかかという視線が突き刺さる。
興味津々という様子で伺ってる奴らを、こっち見たら殺すとばかりに睨み付けてやった。
「あたしの気持ちは、もて遊ばれたんだわっ……!」
「飲めばいいんだろ、飲めば!」
諦めてそう言えば、「さすがグエン男前ね!」なんて褒められたが……全く嬉しくなかった。




