【番外編6】もふもふは正義だ企画・前編(グエン視点)
あかし瑞穂様主催の「もふもふは正義だ企画」に参加しました!
以前融資していただいたhal様のイラストを元に書いたお話となります。
時系列は前のお話から続いています。
起きればもう昼だった。
昨日は夜更かししたからしかたねぇなと思いながら、出かける支度をして、ベッドでまだ寝ているリサを起こす。
「……んぅ、もう朝?」
「いや、昼だ。そろそろ準備しないと、クライスとの約束の時間に間に合わないぞ」
教えてやればリサは飛び起きて、寝坊したのはオレのせいだと文句を言ってくる。
「なんだ、リサだって楽しんでただろ」
「そ、それとこれとは別でしょ!」
ふいっと怒ったふりをして、視線を逸らしたリサの顔は赤い。
へぇ、否定はしないんだな?
そう思えばますますかわいくて、今すぐ押し倒したくなったがぐっと堪える。
満月の日は、狼人の発情期みたいなものだ。
リサはオレが欲望に正直なケダモノだと誤解しているようだが、かなり我慢強いほうだと自負している。
じゃなきゃ、何年も惚れた女が一緒のベッドで寝てるのに、手を出さないなんてできるわけがない。
「……バンダナにロングコートだと、ますます山賊っぽくなるわね。誰もグエンが騎士団の隊長だなんて思いもしないわ」
今日は満月だから、狼の耳と尻尾を消すことができない。
オレの格好を見て、リサはしみじみとそんなことを言った。
「しかたないだろ。耳や尻尾を隠すのに、これが一番いいんだ。行くぞ、リサ」
妊婦なんだからもう少し暖かくしたほうがいいなと思い、マフラーを巻いてやってから、リサの手を引く。
「っ……」
「なんだ、どうした」
「えっとその……手、繋ぐの?」
おずおずとリサが聞いてくる。
記憶喪失のリサと手を繋いで過ごしたことはあったが、それ以外で手を繋いで歩いたことはほとんどなかった。
リサは人前でベタベタするのを嫌がる。
わざと絡んで怒らせて、からかうのも楽しくてしかたない。
「当たり前だろ、もう夫婦なんだから」
外で手を繋ぐなんて恥ずかしくてできるわけないでしょ!とか、そうくると思ってニヤニヤしていたのに、リサは何も言わずに歩き出した。
「お、おいリサ!」
思わず動揺すれば、立ち止まって振り返ったリサはむすっと頬を膨らませていた。
「からかっただけなら……別にいいわよ」
真っ赤な顔で離れていこうとするリサの手を、ぎゅっとにぎりしめる。
「……行くぞ」
くそっ、こんなの不意打ちすぎるだろ。
コートの中で尻尾が揺れてるのが、格好悪すぎる。
尻尾の動きがバレないように横に並んで、歩幅を合わせて歩く。
からかうつもりだったのに、こっちがしてやられた気分だった。
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「隊長、リサさん。わざわざ来てくれてありがとうございます」
カフェの個室には、すでにクライスがいた。
しかし、リサに会いたいというクライスの弟は、まだ仕事が終わらないらしく、遅れてくるようだ。
クライスは黒髪で、リサと同じニホン人のような外見をした二十代の男だ。
オレが隊長を務めるラザフォード騎士団の新入りだったが、今は実家の領土であるこのルカナン領で騎士をしている。
ラザフォード騎士団では、新入りは雑用と家事当番を任される。
どんなに募集を募っても、あの過酷な地で働きたいという使用人が全く集まらないのが原因だ。
加えてクライスとヴィルトは、年齢が若すぎるということもあって、リサの下で働かせてばかりいた。
ラザフォード領において、たった一人の料理人であるリサ。
リサは料理の腕前ももちろん、魔術師としても超一流だ。
数多くの魔術師と戦ってきたリサは、敵のことも知り尽くしていた。
家事当番をしていた新入り二人に、戦い方のイロハを直接叩き込んだのは、オレではなくリサだ。
オレが強制したわけじゃないから、若い二人に死んでほしくなかったんだろう。
「久しぶりだね、クライス。やっぱり最近は忙しいんだ?」
「はい。王の騎士の試験に合格してから、研修が多くて」
リサがクライスとの再会を喜んで、はしゃいだ様子になる。
直属の部下のようなものだから、二人の仲はいい。
あんなふうに屈託ない笑顔をオレに向けたりしないくせに、他の奴に対してリサは愛想がよすぎる。
我ながら心が狭いとわかっているが、リサが他の誰かと楽しそうにしているのは面白くなかった。
それにしてもと、リサに会いたがっているというクライスの弟の事を考える。
クライスの弟のことを、オレは多少知っていた。
あれは、騎士学校からオレの領土への志願者が出たということで、直接見てやるために学校を訪れたときのことだ。
そいつは飛び入りで、志願してきた。
ヤイチみたいな髪型をした、小柄な奴。
学校に入る前の校門で、そいつはオレを待ち伏せしていた。
一見弱そうに見えたんだが……オレに申し出てくるその瞳の強さが気に入って、実力を見るために手合わせした。
見たことがない舞のような剣舞はなかなか面白く、想像以上に骨のある奴だった。
相手の力を利用するタイプの剣は、こちらの攻撃に対して柔軟な返しをしてくる。予想外の攻撃が多く、なかなか楽しめた。
そいつに合格を言い渡したところで、いつまでもやってこないオレの元に、クライスとヴィルトが現れた。
二人してそいつが戦場に行くことに猛反対してきて、結局あきらめはしたが……惜しい人材だったなとは思っている。
それからしばらく経って、リサが記憶喪失になりオレから逃げていたときのこと。
リサがバティスト領のお茶屋で働いているという情報をくれたのが、そいつだった。
リサと仲良くなったというそいつは、オレが到着するまでの間、クライスやヴィルトと一緒にリサを監視してくれていたのだ。
リサを見つけてくれた恩人。
あのままリサに会えなかったら、オレは一生後悔しながら生き続けることになっただろう。
決して記憶をなくしていた間に、リサが仲良くしていた相手という部分だけが気になって、ここにきたわけじゃない。
夫として、妻を見つけてくれた礼くらいは言うべきだ。
そういう理由でここにきていた。
「それで、どうしてクライスの弟さんが私を知ってるの?」
「リサさんが記憶喪失になったときに、知り合ってたみたいで。リサさんが覚えているかはわからないんですが……あっ来ました!」
クライスの声にリサと一緒にそちらを見る。
そこには、騎士の制服に身を包んだ少年がいた。
「えっ、ベネ!? まさかベネがクライスの弟なの!?」
「はい。覚えていてくれて嬉しいです! ずっと会いたかったんですけど、遅くなってしまいました!」
リサが興奮気味に立ち上がって、そいつの名前を呼ぶ。
ベネと呼ばれた小柄な少年は、リサが気づいてくれたことが嬉しいというように明るい声を出した。
「えっ、えっ!? じゃあ、あの時言ってたお兄さんが……まさかクライスなの!?」
「はいそうなります。あっ、でも」
「わかってるわ。私達の秘密ってことよね!」
きゃっきゃと楽しそうに会話するその姿に、思わず固まる。
手をにぎりあってはしゃぐ二人の距離は、とてつもなく近い。
「リサさん……何だか綺麗になりました?」
「ありがとうベネ。でも、口説いても何もでないわよ!」
オレがそういうことを言ったら叩いてくるくせに、リサは照れたように笑っている。
なんだ。何でそんなに親しげなんだ!?
そう思っているのはオレだけではないようで、オレの目の前にいるクライスも驚いた顔をしていた。
「どういう知り合いなのか、オレに教えてくれるよなリサ?」
我に返って二人を引き離し、ドスの利いた声でそういえば、リサはあぁそうだったわねと席に着いた。
「記憶喪失になってた時に、私がカフェでバイトをしていたのは知ってるでしょ? ベネはそこの常連さんだったのよ! それですっかり意気投合しちゃったの!」
ベネに関するリサの説明はそれだけで、早くベネと二人っきりになりたいと、そわそわしていた。
「隊長、心配しなくても大丈夫ですよ。ベネは僕の弟ということになってますが、本当の性別は女です。後は二人っきりにして、僕らは外に出ましょう」
クライスがそんなことを言ってくる。
そんなの到底信じられるわけがない。
「クライス、いつからそんな冗談をいうようになったんだ? こいつは騎士学校の生徒だっただろう。女は騎士学校に入れない」
「騎士学校は男性の受験者しかいなかっただけで、実は女性も受け入れているんです。ベネは家庭の事情で、昔から男装して過ごしてたんですよ」
苛立ちはじめたオレを宥めるように、クライスが言い聞かせてくる。
「すみません、本当は女の格好で来たかったんですけど、仕事の都合で着替える時間がなくて。騎士服のまま来てしまいました」
ベネは時々城からの依頼で、護衛の騎士をしているらしい。
確かに線は細くて女顔ではあるが……その立ち振る舞いも、まとう雰囲気も少年のもののようにしか思えなかった。
★1/20 微修正しました




