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【番外編5】グエンと満月の秘密―後編―

性的にR15です。苦手な方はご注意ください。

 夕食後、居間でイチゴを食べてから一緒に部屋に戻ろうとしたら、グエンは何故か別の部屋で寝ると言い出した。

「どうして? 部屋で寝ればいいじゃない」

「今日は夜から約束があるんだ」

 グエンはそわそわとして落ち着かない。

 苺を食べている時から、何かを我慢しているかのようなそんな様子があった。


「そう言えば明日は満月でしたね。すいませんグエン、すっかり忘れていました!」

 近くにいたヤイチ様が、慌てた様子でそんな事を言う。

「イズミたちに頼むつもりでいたのですが。すいません、連絡を入れてませんでした」

「……おい、それだと俺はどうすればいいんだ」

 謝るヤイチ様にグエンが凄む。


「私のミスですしね。朝まで……私が相手をしましょう。あなたの相手は、老体には少しきついんですがね」

「ヤイチが相手か。退屈はしなさそうだな?」

 しかたないですねというように言ったヤイチ様に、グエンはにっと笑って。

 早速というように立ち上がり、ヤイチ様と一緒にドアへ向かっていく。


「そういうわけだから、今日は一緒に眠れない。クライスとの約束は午後の三時だったよな。それまでには戻る」

 パタンと音を立ててドアが閉じて。

 グエンはヤイチ様とドアの向こうへ消えた。


「……大丈夫ですよ姐さん。ヤイチさん相手なら、多分そういうのじゃないと思います」

「ヴィルト、そういうのって何。何の心配をしてるのよ一体」

 何故か目を合わせないヴィルトが失礼な事を考えているのはわかったので、とりあえず頬を抓っておいた。



●●●●●●●●●●●●●


 ヤイチ様の家には、鍛練場がある。

 屋敷の離れにあるその場所に二人がいるんじゃないかという話になり、ヴィルトと共に向かってみれば、がっちりと鍵がかけられていた。

 鍛練場は、普段は解放されている。

 両開きの扉が閉じられているのを見たことがなかった。


「ぐっ」

「刀や剣以外の腕前は、あまりよくないなヤイチ?」

 中からは押されている様子のヤイチ様の声と、楽しそうなグエンの声がする。

 どうやらグエンはヤイチ様に鍛練に付き合ってもらっているらしい。


「ただ手合わせをしてるだけみたいですよ、姐さん」

「そうみたいね」

 ヴィルトの言葉に頷く。

 それならそうと言ってくれればいいのに、何故毎回こそこそとして、行き先を隠すんだろうと不満に思う。


「でも……隠されると、暴きたくなるのが人ってものよね?」

 ぽつりと言った私の言葉に。

 横にいたヴィルトが、嫌な予感がすると言ったような顔をしていた。


 魔術が使えたのなら扉を一瞬で音も無く消し炭にできたのにと思いながら、ぐるりと鍛練場の建物の周りを歩く。

 裏口は外鍵になっていて、錠前を壊せば侵入できそうだった。


 これを壊すくらいなら、残ってる魔力でどうにかなるかもしれない。

 この国には魔力を作り出す魔素がないせいで、使えるのは小さな魔術一回が限度だった。

 貴重な魔力をここで使うのかと考えて――結局使う。

 そっと裏口から覗けば、ヤイチ様とグエンが戦っていた。


「一人で満月の夜の俺の相手ができると思ってるのか、ヤイチ」

「やってみなければわからないでしょう? こっちは武器使用化ですし、勝ち目はあります。あなたの攻撃は威力は強くても、荒が多い」

 二人は組み手をしているらしい。

 大降りなグエンの蹴りを、さっとヤイチ様がかわしていた。

 それはいいのだけれど。

 そこにいるグエンの姿を見て固まる。


 グエンの頭には、犬のような耳。

 お尻の部分には尻尾が生えていて。

 何も着てない上半身の筋肉はいつもより盛り上がって見えた。

 鋭い爪を振り下ろせば、ヤイチ様はそれを薙刀で防ぐ。

 

「何アレ」

「隊長に尻尾と耳が生えてますね……」

 どうやらあれが見えているのは、私だけじゃないみたいだ。

 ヴィルトがポツリとそう言った瞬間、グエンが急にこっちを向いて。

 二人して、慌てて身を引く。


「そこにいるやつ、出て来い」

 グエンときたら目ざとい。

 夜だし暗いから気づかないんじゃないかと思ったのに、ばれてしまった。

 しかたなくヴィルトと一緒に鍛練場に中に入る。

 グエンは、やっぱりなという顔をして大きな溜息を吐いた。



●●●●●●●●●●●●●


「元々狼人の一族は、狼の尻尾と耳があるものなんですよ。成長するとそれを自分で隠すことができるようになるんですけどね。ただ、満月の日周辺になるとうまく操作ができなくて、こうなってしまうんです」

 鍛練場に入った私とヴィルトに、グエンではなくヤイチ様が説明してくれる。

 満月の夜になると、グエンはどうしても耳や尻尾が隠せなくて、それでいつもこの時期になると姿をくらませていたらしい。


「それなら狼姿になればいいんじゃないの?」

「……狼人はこの姿が本来の姿だ。満月の夜で力が強くなりすぎると、狼にも人にもなれなくなる」

 私の質問に答えながらも、グエンは視線を合わせてはくれなくて、声は不機嫌だというように低かった。


「どうして隠してたの? そりゃ、ラザフォード領にいた時はなんとなくわかるけど。今の私には教えてくれててもいいんじゃないの?」

「……」

 問いただせば、グエンは眉間にシワを寄せて黙り込む。


「責めないであげてください。グエンはこの姿を見られるのが恥ず」

「黙っとけヤイチ」

 フォローするように口を開いたヤイチ様に、グエンが足を蹴り上げる。

 それをヤイチ様はさっと避けた。


「もしかして、その姿を見られるのが恥ずかしかったの?」

「俺の外見にこんなものがついてるなんて、不気味だろうが。絶対にリサだけには知られたくなかったのに……」

 どうやらそれで正解らしく、グエンは額を押さえて俯く。

 今にもしゃがみこんでしまいそうなほどに、グエンの声は弱々しい。

 相当に顔が赤く、尻尾が力なくぶら下がっていた。


「どうして? 凄く格好いいのに」

 ツンと尖った耳はふさふさとしていて、尻尾はしなやかだ。

 それがグエンの頭やお尻から生えている。

 正直に言うと――とても興奮していた。


 近づいて手を伸ばしたところで、グエンの頭に手は届かない。

 けれど、その耳を触ってみたくてしかたなかった。

 その狼の耳は狼姿のグエン――もといカイルと同じモノに見えた。


「慰めはいい。放って置いてくれ……」

 意外とグエンは繊細だ。

 この姿を私に見られたことが思いの他ショックだったらしい。

 後は頼みますと、苦笑いしながらヤイチ様がヴィルトを連れて鍛練場を出て行く。

 

「グエン」

 名前を呼びながら、そっと抱きついて腰に手を回すようにして、その尻尾に触れる。

 ピクンと尻尾が反応を示した。

 根元から下の方へと撫でてみる。

 カイルと全く同じ手触りがした。


「これ、カイルの尻尾だ」

「当たり前だろ。カイルはオレなんだから」

 見上げればグエンは、まだむすっとした顔をしていた。

 不機嫌というより、コレは恥ずかしくてしかたないという顔のようだ。


「ねぇ、耳も触らせて?」

「……はぁ」

 上目遣いに首を傾げれば、グエンは一つ溜息を吐く。

 観念したようにその場に膝立ちになって、触りやすいように頭をこちらに向けてくれた。


 狼の耳の薄い皮膚は、灰色ががかった銀色の毛で覆われている。

 グエンの髪の色と一緒だ。

 そっと触れれば、ぴくんと動いてグエンが顔をしかめる。

 感覚もあるんだなと当たり前のことを思いながら、手触りを楽しむ。

 カイルにやっていたように、ゆっくりと内側をなぞったり、手のひら全体で包み込むようにして揉んでみたり。

「ん、くっ……」

 何故かその度にグエンが我慢してるような色っぽい声を漏らすから、ドキドキとする。


「何だかその姿だと、グエンがカイルだって感じがする」

「だから前からそうだって言ってるだろ……」

 もう十分だというようにグエンは私の手首を掴んでやめさせようとしたけれど、その指を解いてまた耳をいじる。


 グエンは狼の耳を触られるのが弱いらしい。

 普段は顔色一つ変えないで余裕のある笑みを浮かべる癖に、私の指が動くたびに反応を見せてくれる。

 触り心地もいいけれど、そんなグエンの一面に夢中になってしまう。


「っ、そこらへんにしとけ!」

 我慢できなくなったというように、グエンがばっと私の手を耳から離してしまう。

「ゴメン、触られるの嫌だった?」

 謝ったけれど、何となくグエンは嫌がってない気がした。


「そうじゃない、そうじゃないが……」

 困ったように言うグエンは、どこか色気がある。

 紺色の瞳はいつもより複雑な色合いを見せていて、光の角度で宝石のように色を変える。


 少し耳を垂れるその様子に、カイルが重なる。

 あぁやっぱりカイルが、ポチが、あの子がグエンなんだとその瞬間に思った。

 

 戸惑ってる姿に、可愛いなと思ってしまう。

 図体がでかくて、ごつくて、可愛いなんて言葉とは無縁なグエンなのに――だ。

 私にこの姿を見られるのが恥ずかしくて、必死で隠していたってことさえ、何だか微笑ましく思えてしまう。


「私はこの姿のグエン、好きよ? 大好きなポチも、カイルも、グエンも。結局私が好きなのって、全部グエンなんだなってわかるから」

「っ!」

 思ったことを言葉にすれば、グエンが口付けてくる。

 いつもより余裕のない口付けは、荒々しくて全て奪いつくすようなもので。


 思わずしがみつけば、頭に優しく手を添えられて、紺色の瞳と目が合う。

 グエンの瞳が、角度によって少しずつ色を変える。

 その中に私を求めるような欲望の色が、濃く揺らめいていた。


 それを見ていると、少しでもグエンが他の人と――なんて疑ったのが馬鹿らしく思えてくる。

 こんなにも求められているというのに。


 キスが終わって、グエンにギュッと音がするほどに抱きしめられる。

 バサバサと何かが音を立てて、そちらに目をやればグエンの尻尾が激しく左右に揺れていた。


「グエン、尻尾揺れてる」

「しかたないだろ。嬉しいんだ。勝手に動くんだよ」

 指摘すれば拗ねたような口調が返ってくる。

 それがおかしくて、思わず笑ってしまった。


「ごめんね、グエン」

 こんな私の小さな一言で、こんなに喜んでくれるグエンを疑うなんてどうかしていた。

「何のことだ」

 そう思って謝れば、グエンが不思議そうにたずねてきた。


「私が色々してあげられないから、グエンが女の人の所に行ってるんじゃないかって……少しだけ疑った」

「へぇ、そうか」

 口にすれば、何故か一旦は静まっていたグエンの尻尾が再度揺れ始める。


「なんで、喜んでるのよ?」

「それって、リサが嫉妬したってことだろ?」

 疑われていい気はしないはずなのにと思って口にすれば、グエンはそんな事を言って体を離す。

 私の顔を眺めながら、グエンがニヤニヤとしていた。


「嫉妬!? 私が、グエンに?」

「違うのか?」

 尋ねられて、言葉に詰まる。


「……そうかもしれない」

 素直に認めれば、それ以外の何でもなかった。

「そうか。どんな気持ちだった?」

「それを聞くの?」

 意地悪だと責めるような口調で言えば、グエンは聞きたいとねだるような声で言う。


「……嫌な気持ちだったに決まってるでしょ。グエンは素敵だし、どうして私なんかを選んで、ずっと好きでいてくれたのかわからない。そういうのも、しかたないのかもしれないって思ったけど……想像したら嫌で嫌でしかたなかった」

 口にするだけで胸の内がもやっとして、表情に出てしまう。

 それを見て、グエンは満足そうに笑った。


「オレの気持ち少しはわかったか?」

「グエンの気持ちって、どういうこと?」

 言われて聞き返せば、グエンはふっと笑う。


「カナタがお前と仲良くしてた時、オレはずっと嫉妬してた。その時だけじゃない。再会してから、リサがオレを好きだって言ってくれるまでずっとだ。オレが離れてる間に、誰か他のヤツがリサの心の中にいたりしないかってな」

 グエンが頭を撫でてくる。

 物凄く嬉しそうな顔をして。


「オレだけが嫉妬するなんて、ずるいだろ?」

 そう言ってグエンがまたキスを仕掛けてくる。

「んっ……ふぅ……あっ」

 漏れる吐息さえ、全て奪うように口付けられて、思わず体の力が抜ける。

 足を崩して床に座り込んだグエンの膝の上に、またがるような体勢になって。

 ようやく解放されたかと思ったらグエンは私の耳を食んできた。


「オレが好きなのはリサだけだ――最初からな」

「っ!」

 耳元で囁かれる言葉に、嬉しくて泣きそうになる。

 こんなに簡単に泣くような私じゃなかったはずなのに。


「なんだ、安心したのか?」

 滲んだ涙を手で拭おうとすれば、それをグエンに止められてしまう。

 くくっと喉を鳴らして、私の顔を見ながらグエンが意地悪く笑う。

 なのにその瞳はもの凄く甘くて、胸の奥が苦しくなる。


 グエンは本当に私を喜ばせるのが上手い。

 欲しい言葉を、欲しい時にくれる。

 そんな風に甘やかされてしまったら、自分が自分でなくなりそうで怖いと思う瞬間さえあった。

 腰に回された手が、頬を撫でる手が熱くて、蕩かされてしまいそうだと思った。


「……私もグエンが好き」

「オレみたいに、最初からとは言ってくれないんだな?」

 素直に言葉にすれば、グエンが尋ねてくる。

 私の過去のことを、細かくグエンに話したことはなかった。


「それを言ったら嘘になるから。でも、両想いになったのはグエンが初めてだし、その……キスとか、ああいう事ををしたのはグエンが初めてだから」

「知ってる。あの日のリサは可愛かったな」

 恥ずかしいと思いながらも口にすれば、うっとりと思い返すように言われて、顔が熱くなる。

 グエンは私を抱きかかえたまま、立ち上がった。


「ちょっとグエン、どこ行くの? 下ろしてよ」

「大人しくしてろ。このまま……ベッドに連れてって、望みどおり一緒に寝てやる」

 言えばグエンがしっかりとした足取りで歩きながら、そんな事を言う。

 ただベッドに運んでいくという意味合いにしては、響く言葉が艶めいていて。

 グエンの目に欲望のような色合いが見える。


「……グエン?」

「実は満月の日にリサを避けてたのは、もう一つ理由があるんだ。魔物の血が流れてるからか、満月になるとどうにも力を持て余してな。リサが側にいると……襲ってしまいそうだった」

 戸惑いながら名前を呼べば、グエンは紺色の瞳で見つめてくる。

 飢えた野生の獣が、獲物を見つけたときのような……そんな瞳で。


「けど、自分からオレのところに来たんだ。朝まで付き合ってもらうぜ?」

 決定事項というように、グエンは言う。

 我慢できないとその顔には書いてあった。


「えっ、いやでも」

「心配しなくてもお腹の子に負担になることはしない。色々やりようはあるからな?」

 我慢してたのに、それを崩したのは私だから責任はとってもらう。

 そう言ってグエンは私をベッドに運んで。


「浮気なんて疑う余地もないくらい、愛してやる」

「ちょ、ちょっとグエン落ち着い――んっ!」

 放つグエンの色気に、これはヤバイと身の危険を感じる。

 でもその声さえも奪われて。


 結局その日は――朝までグエンの相手をすることになってしまった。

もふもふ番外編はこれにて終了です。何故かグエンだとR15になってすいませんorz

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ナツ様主催「共通プロローグ企画」の参加作品となっております。他エントリー作品はこちらからどうぞ!
活動報告内にカナタとグエン&リサの子供のお話のSSがあります。よければどうぞ。
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