【番外編1】本日の料理とマカロニ虫―前編―
★3/13 トキビトシリーズ第4弾「男装令嬢は身代わりの兄に恋をする」を投稿したので、書きたくなって番外編書きました。
こちらにも出ている新米騎士の『クライス』が相手役となります。よければどうぞ。
★時系列的には、第12話でヴィルトとクライスがラザフォード騎士団に入隊した直後です。
★戦争の生臭い話もあるので苦手な方は注意してください。後、後編はグエンのセクハラ下ネタでR15指定です。
トントンと手際よく包丁を扱って、私の横で野菜を切るクライスの顔は青白い。
絶賛戦争中のラザフォード領に派遣されてきた、新米騎士のクライスはこの前初陣を終えたばかりだった。
このウェザリオという国は基本平和だ。
騎士という職業は高収入で安定した職業で、街の安全を守る警察みたいな仕事が主だったりする。
大部分の騎士が人を切ったりすることなく、一生を終える。
ただしこのラザフォード領は違っていた。
好戦的な隣国との国境にあり、常に攻めてくる彼らと戦わなくちゃいけない。
加えて凶暴な魔獣も生息しており、血なまぐさい事この上ない場所だった。
そのため他の騎士よりも破格の収入があり、特典も多かったりするけれど。
わざわざ命を危険にさらしてまでここで働く奴は、難ありな奴しかいない。
三年働くと試験なしで騎士になれる制度もあるため、それを目当てにやってきた荒くれ者はまだ可愛い。
暴力事件で隊にいられなくなった奴に、血を見るのが大好きな戦闘狂。刑期の減刑を条件にやってきた犯罪者。まぁ大部分がそんな感じだった。
けどここにいるクライスは、そんな奴らとは違っていた。
童顔でどうみたって十代後半にしか見えないけど、有名な騎士学校を卒業したばかりの二十七歳。
黒髪黒目のニホン人っぽい容貌は、常に何か考え込んでるような顔をしているけれど、その実よく整っている。
ちなみに曽祖父がトキビト……つまり異世界からきたニホン人だっただけで、クライス自身は生まれも育ちもこちらの世界らしい。
品がよく物腰は丁寧。イケメンで貴族の息子。しかも王宮の信頼厚い、ルカナン家出身。
つまりこんなところにこなくたって、将来は薔薇色、幹部間違いなしのお貴族様なのだ。
どうしてわざわざ自分の手を血で汚してまで、こんなところに来る必要があったのか、私にはさっぱりわからなかった。
クライスの他にも、もう一人例外の子がいて。
騎士学校卒業したばかりでクライスと同期の少年ヴィルト。
彼も貴族で、最年少の十八歳。
この子の場合は、ここに来た理由がはっきりしていて、王の騎士に早くなりたいから手柄を立てたいというものだった。
ただ、王の騎士になりたい理由が、好きな人が王の騎士になったら結婚してくれるからという、お前それ本気で言ってるの?というものだったけれど。
恋のために命をかけるなんて、冗談みたいな理由でできるほどここは甘くない。
クライスと同じく初陣を終えたヴィルトは、現在大怪我を負って治療中だ。
人を切るのに慣れてない二人は、敵にとどめを刺せなくて。
まだ生きていた敵がヴィルトに襲い掛かり、それをクライスがとっさに切り捨てた。
けどクライスはその後呆然自失となって、隙ができて。
それをまた庇ったヴィルトが大怪我を負った形だ。
使い物にならないと判断されたクライスは、現在家事当番専属で、騎士の業務は一切ない。
肉を切らせても吐くので、野菜だけを切らせている。
「クライス、どうしてこのラザフォード領に志願してきたの? 遊びで来たなら帰った方がいいと思う」
戦闘に身を置くと、誰もが通る道。
生まれや育ちから、望まなくたってそれを経験して、ここに立っている奴らがほとんどだった。
なのに、通らなくっていい道を通る理由がわからない。
私は騎士じゃないし、ここの戦闘員でもない。
でも、ここにいる誰よりも手を汚してきていたから、その想いが強かった。
強い動機がそれこそないと、恵まれた環境を捨ててまでくる意味が理解できない。
さっぱりクライスに関しては、その動機が見えてこなくて。
こういう道しか選べない環境でココに来ることになった奴らに失礼だと、どこかでそんな事を思っていた。
それになにより、クライス自身のためにもここにいるのはよくない。
彼はこの世界で天涯孤独の私や、似たような境遇の騎士達と違って、家族もいるし、友人だってたくさんいる。
心配してくれる人が大勢いるという事を、彼は理解してるのだろうか。
だから、自然と口調が厳しくなる。
「僕は……帰れないです」
帰らないじゃなくて、帰れない。
その微妙な差が、気になった。
「その理由は?」
クライスは包丁を動かす手を止め、斜め下を見て俯く。
言おうか言うまいか悩んでいるようだったけれど、覚悟を決めたように小さく息を吐いて、私を見た。
「ヴィルトがここにいるから、僕は帰れません」
「なるほど。友達が心配で、ここに来たってわけだったのね」
理由を聞けばなるほどと納得する。
相当に仲のいい友人同士なんだろう。
初日に大喧嘩をしていたので、そんなに仲がいいなんて思わなかった。
けれど初陣では互いに庇い合っていた事だし、大方暴走するヴィルトが心配で、ここまできちゃったんだろう。
「ヴィルトが友達? ありえない」
勝手に二人の仲を推測してなるほどと思っていたら、クライスは本気で嫌そうな顔をした。
「え? 違うの?」
「僕はあいつが世界で一番嫌いです。後先考えないし、僕の妹を泣かせるような奴です。しかも、大嫌いな僕を庇って怪我をする、大馬鹿野郎だ!」
困惑して尋ねれば、激昂したクライスがテーブルを叩いて吐き捨てる。
常に物腰丁寧な彼が、我を忘れて感情を取り乱してしまうほど、ヴィルトが嫌いらしい。
「じゃあ何でヴィルトがここにいると、帰れないの?」
「それは……あいつが死んだら、妹が悲しむからです。ヴィルトを無事に連れ帰ると約束しました」
私の質問にクライスは唇を噛む。
自分で口にした内容が、クライスにとって不本意なものであるらしい。
けど、そこには強い意志の光が宿っていた。
それ以上は詮索不要だと、切り上げることにする。
恵まれた環境を捨ててまで、ここにくる何かがあるなら、それは十分ここにいる資格があると言えた。
「ごめんねクライス変なこと聞いて。覚悟がなくて遊び半分なら、クライス自身のためにもここにいるべきじゃないって思って、キツイこと言っちゃった。でもクライスは理由があって、ここにきたみたいね」
「……リサさん」
心配してくれたのかというような目をクライスは向けてくる。
「こういう事は、やらなくていいならやらない方がいいよ。クライス」
「わかってます。でも、僕はやるって決めたからここにきた。だから、ここに残ります」
自分のような道を歩いて欲しくないという年長者心からそう言えば、クライスはきっぱりとそう口にした。
その顔には決意が滲んでいて。
ふっきれたように、真っ直ぐな目で私を見ていた。
――この子は、もう大丈夫そうね。
余計なお節介だったかもと思いながらも、ほっとする。
「リサさんの言葉って、妙に実感がこもってますよね。リサさんは敵国の捕虜だと聞きましたけど、そういう事をしたことがあるんですか?」
私の言葉に、少し肩の力が抜けたらしいクライスが尋ねてくる。
そんな事を私がするようには思えない。
クライスの顔は、そう言っていた。
「あるよ。ここにいる誰よりも私が一番やってる。だから人生の先輩として、ちょっとお節介したくなったの。ごめんね?」
「リサさんは平和な時代のニホンから来たんですよね? 戦いの中に身を置く事に、抵抗なかったんですか?」
重くなった雰囲気が嫌で、軽くそう言えばクライスはさらに質問を被せてきた。
まるで自分の答えを、私の中に探すみたいに。
「私の場合は、そういう状況の中に気づいたらいたから。抵抗もなにも、してる暇はなかったかな」
「そう……ですか。すいません。こんな事聞いて」
からっと明るく笑ってそういえば、クライスは申し訳なさそうに謝った。
「いいのいいの! 結構過去の事だから。それより、クライスって包丁の扱いなれてるわよね。歴代の家事当番の中でも一番よ!」
「ありがとうございます。これだけはちょっと自信あったんです」
いい加減話を切り上げようとそういえば、ちょっとクライスは照れたように笑った。
いつも難しい顔をしているから、そうやって笑うのが新鮮だ。
「もしかしてクライスって料理するの?」
「はい。うちの家、父も母も家にほとんど寄り付かなくて。妹が小さいころは僕が作ってあげてたんです。おかげでかなり上手くなりました」
尋ねれば、優しい顔をしながらクライスは野菜を切る作業に戻る。
クライスの手つきは危なげがない。
騎士たちの多くは、剣は扱えても包丁は駄目という奴らばかりだった。
できる奴でも、野営のために覚えましたと言った感じの荒々しいスタイルだ。
けどクライスのは違っていて。
まるで料理のお手本みたいに、素材を押さえる手をグーにしてずらすように切っていく。
「貴族の家って、普通使用人が料理するものじゃないの?」
私の質問に、トンとクライスの包丁が止まる。
「それは……あ、リサさん! マカロニ虫が袋から逃げ出してます!」
「げっ、ホントだ!」
クライスの指差す方向を見れば、せっかく捕まえたマカロニ虫が袋から脱走していた。
水が勢いよく噴出して暴れるホースのように、ピチピチ跳ねながら床を移動していた。
がっと素手で一匹取り押さえる。
その間にも他のやつが、遠くへ逃げようとしていた。
「何やってるのクライス! 早く捕まえて!」
「えっ? 素手でですか!? それはちょっと……」
このままでは大切な食材が脱走してしまう。
声を大にして指示したのに、クライスは身を引いていた。
3/28 クライスが「クライス家」になってしまっていたので、「ルカナン家」に直しました。報告ありがとうございます。




