【3】山賊のような騎士団と、その隊長
この世界は、ニホンと違って物騒な事も多い。
盗賊だっているし、場所によっては魔物も出る。
女の一人旅なんて危険でしかない。
けれど、魔術さえ使えれば、私には何の問題もなかった。
襲撃してきた盗賊団を壊滅させて、その金品を強奪してみたり。
高級なものに目が無い領主に取り入って、魔術で詐欺まがいの事をして懲らしめてみたり。
かつてのニホンで持っていた倫理感なんてものは、ちり紙にくるんで捨てたかのような生活を送って。
その一方で、研究所や神殿を見つけては、破壊を繰り返した。
魔術というのは血や魂に宿り、使えば使うだけ熟練していく。
普通魔術師は何代も何代も、途方もない時をかけてその身に魔術を染みこませ、術の完成度を、その格を上げていくのだ。
けれど私はそれをたった一人で、それこそ何百年も魔術を使い続けていた。
そんな私に敵う者なんて、魔術大国であるこの国にもすでにいなかった。
魔術大国は私で味をしめたんだろう。
自我を消された魔術兵器は、全員私と同じ黒髪黒目で、この世界では老いることもない異世界人ばかりだった。
歳を取らず魔術を極めていける。
そんな異世界人の事を、彼らは『英霊』と呼んでいた。
ここでは人は死んで後、死後の世界に行き、生まれ変わるという考え方があって。
死後の世界からこちらの世界へ舞い戻ってきた場合、髪も目も闇色に染まり、歳すらとらなくなるのだという伝説があった。
それって、変なお兄さんから時計を貰っちゃった、ただのうっかりなニホン人なんじゃないか。
最初それを聞いた時、私はそんな事を思ったけれど、魔術師やこの国の人たちはそれを本気で信じているようだった。
私が意識を失って魔術兵器として生きていた間に、魔術師たちは元の私がいた現実世界から、強制的に人を召喚する術を編み出していた。
私が胸から下げている懐中時計とよく似た、色違いの時計。
銀ではなく黒銀に輝くそれを核に、大きな魔術装置である神殿を使い、こちらの世界に異世界人を呼び出しているようだった。
召喚された瞬間、異世界人は真っ黒な時計に心を封じられ自我を失い、時計の持ち主である魔術師の言いなりになるという仕組み。
呼び出す魔術師は、タイミングに合わせて莫大な魔力を注ぎ込むだけでいいから、その魔術式の意味を理解する必要もない。
過去に魔術大国で亡くなった高名な魔術師たちが、死後の世界から舞い戻ってきてくれた。
私の作った『魔術兵器』――『英霊』たちは、そういう設定になっているようだった。
一度死んでいるから自我もなくて当然。
『英霊』を使用している魔術師の多くは、そもそも『英霊』が自我を持っている事を知らない奴がほとんどだった。
非人道的なこの行為を知っているのは、魔術大国の中核にいる者たちと、上層部の一握りの魔術師たち。
国は『英霊』に関する都合の悪い事実を隠そうと必死だった。
それが知られてしまえば、今まで何の疑問も持たずに『英霊』を使用してきた魔術師たちが反発するのが目に見えているからだろう。
後ろ暗い事をしてきた国は、私をさっさと始末しようと考えて、よく追っ手を差し向けてきた。
それは私にとって、好都合だった。
私が何もしなくても『英霊』の方からやってきてくれる。
魔術師共に格の違いを見せ付けて、『英霊』を解放してやる。
そうすれば『英霊』が自我を持つ存在だったことや、このカラクリに気づく魔術師たちも現れ始めた。
魔術大国も一枚岩じゃないらしく、上層部の魔術師の中にも私に協力する者が現れて。
利用できるものは何でも利用しながら、私はうまく立ち回り続けた。
●●●●●●●●●●●●●
そんな感じで旅をして。
とうとう最後の一つとなった神殿を探し、私はラザフォード領にたどり着いた。
現在はウェザリオの領土だけれど、かつては魔法大国レティシアの領土だったこの地。
ここのどこかに、きっと最後の神殿がある。
そう思ったのだけれど。
「思ったより、きついなぁ」
早くも私は諦め気味だった。
ウェザリオとレティシアを分断するこのラザフォード領。
険しい山道に加え、凶暴な魔物が多数生息している。
並の魔術師なら気分が悪くなること請け合いの、魔素の不安定さ。
天候もほぼ雪かとおもったら、急に真夏のような暑さになったりと落ち着かない。
ちなみにレティシアは、魔術兵器を手に入れてからどんどんとその規模を拡大していたのだけれど、このラザフォード領から南は手つかずだった。
魔術師という連中は基本的に体力がない。
馬も使えないようなこの険しい山を登って、ウェザリオに辿りつくのも困難。
加えて、ウェザリオには魔素がほぼなく、魔法大国の優位制である魔術が生かし辛い。
そういう理由もあって、ウェザリオは今までレティシアの侵略の手を逃れていた。
前回レティシアに入る際、私はこの領土を通らなかった。
一旦海に出て、島国を経由し、反対側の国からレティシアに入ったのだ。
わざわざ避けて通るくらい、ラザフォード領は越えるのが難しい場所だった。
領土に入ってそうそう魔物に襲われて。
撃退はできたものの、霧が深くなってきたので今日は出直そうと思ったら道を見失った。
魔素の乱雑さのせいで、方向感覚が狂わされているようだった。
野営には慣れていたから、たくましくも私は適当な魔物を狩っては食べて、洞窟の中で過ごしたりした。
けれどこの環境のきつさに、しばらくすると体を壊した。
――これはちょっとやばいな。
頭がくらくらして、熱があるのがわかった。
そんな時に限って、私の前に現れたのは狼だった。
狼はこの世界では、かなり位の高い魔物だ。
知性が高く、集団で狩りをする。
ちなみに魔物っていうのは、魔術や魔法を使える生き物の事。
魔術を使える人間を魔術師というのと、そんなに変わらない。
闇の中を、私は逃げ出した。
頭がボーっとして魔術を紡ぐことも困難だった。
昼間は真夏のような暑さだったのに、夜になって雪が降り積もっていて。
足をもつれさせて私は雪の上に倒れこんだ。
狼が私を囲んでいて。
あぁ、ここで死ぬのかと思った。
――死ぬなら、殺されるなら。あの人でないといけなかったはずなのに。
そんな事を思いながら、私は目を閉じた。
●●●●●●●●●●●●●
暖かい。
ずっと長い間感じることのなかった、人のぬくもり。
ゆっくりと目をあければ、私は座って毛布にくるまれていた。
目の前にはぱちぱちと爆ぜる暖炉の火。
「おっ、気づいたか」
頭の上から声がして、見上げればそこに二十代後半から三十代くらいの男の顔があった。
私がもたれかかっていたのは壁ではなく男の胸板のようで。
包み込まれるようにして、男の股の間に座らされていた。
「オレの狼たちがお前を見つけて知らせてくれたんだ。熱は出してるし、体も冷え切ってるしで、結構危険な状態だったんだぜ?」
どうやら私はこの男に助けられたらしい。
そう気づいてお礼を言おうとして。
「……?」
視線を下げた私は、毛布の下の自分の体が裸であることに気がついた。
「なんだ、まだ寒いのか」
ぐっと男が私の体を引き寄せ、背中に肌のぬくもりが直接伝わってくる。
男のごつごつした手の平が、私の胸に直で当たっていた。
「個人的にはもう少し大きい方が好みだな」
ちょっと揉まれた。
ふるふると拳が震えて。
「何すんのよっ!」
振り向き様に一発頬にお見舞いしてやった。
それが、私とグエンの出会いだった。
●●●●●●●●●●●●●
私は、ラザフォード領を守護する騎士団の隊長・グエンに助けられたようだった。
顔には剣で付けられた傷跡があり、その体つきは鍛え上げられていることが一目でわかる。
てっきり山賊に捕まってしまったのかと思ったけれど、騎士団の隊長と聞いて驚いた。
グエンの従えている狼たちが私を発見して、知らせてくれたらしい。彼は冷え切った私の体を、肌で温めてくれていたようだった。
「さすがにグーでくるとは思わなかったな。命の恩人に対して酷くないか」
「それは……悪かったと思ってます」
「それなら、体で示してくれてもいいんだぜ?」
謝った私の腰を、グエンがぐっと引き寄せる。
尻をなでられたので、思い切り力をこめて足を踏んづけてやった。
こういう手合いは、大人しくしているとどんどん調子に乗る。
「っ!」
「騎士団の隊長様、助けてくれてアリガトウゴザイマシタ」
顔をゆがめたグエンを睨んで、棒読みでそう言ってやる。
「……へぇ、いい度胸だなお前」
グエンの目には、面白がるような光があった。
●●●●●●●●●●●●●
私は国からの指示がある間、騎士たちの在留しているこの城で待機することになった。
若い女がこんな場所にいること自体が怪しすぎるというのに、私はコレでもかというくらい不審な要素を持っていた。
この世界の人間にない黒髪黒目。
手の甲には、魔術師である証拠の紋章。
加えて胸の上の方には、道具として扱われていた時の名残で、十三番という数字の刻印と魔法大国の文様が刻まれている。
マンガだったら、設定盛りすぎだろといいたくなるくらいのキャラ付け。
これで警戒しない奴の方がおかしいと自分でも思う。
私の事を敵国の魔術師だと、騎士たちは思ったようだった。
まぁ、間違ってはいないし普通はそう思うだろう。
ただ、私に鋭い視線を投げかける騎士たちの中、グエンだけは気さく……というよりは、ぞんざいな態度で接してきた。
「助けてやったんだから、礼くらいするのは当然だよな?」
そう言ってグエンに押し付けられたのは、この城の家事全般。
男しかいないこの城は荒れ放題だった。
掃除は行き届いてないし、天候がコレなせいもあるだろうけれど、洗濯物は溜め放題。
台所に行けば、この世界にもいるGがカサコソと我が物顔で行きかっていた。
こういうだらしのないのが嫌いな私は、ついイラッときた。
家事当番の若い騎士も自由に使っていいというので、その日のうちに台所を綺麗に片付けさせた。
魔術を使って洗濯物を洗い乾かし。
動物の骨からダシをとってスープに。
小麦粉とバターでホワイトソースをつくって、適当な肉を加えグラタンを作った。
正直な話、できあいの料理だったのだけれど、騎士たちには好評だった。
この城にいた料理人は当の昔に心労で倒れ、それ以来代わりが来ていないらしく、騎士たちが当番制で料理を作っていたようだ。
相当にまずいものばかり食べてきたのか、私の料理を食べる彼らの中には涙を流している者もいた。
●●●●●●●●●●●●●
夜になって、グエンが騎士団のメンバーを食堂に集め、私を紹介してくれると言った。
グエンに騎士団の事を聞きながら、食堂までの廊下を歩く。
この騎士団の使用人は、かなり高額の給料がもらえるらしい。
けれど、国がそんな破格の給料を設定して募集をかけたのにもかかわらず、応募はほとんどなく。
採用されてもすぐに無理ですとやめてしまうのだと、グエンが教えてくれた。
「根性が足りねぇんだよな」
そうグエンは呟いていたけれど、根性うんぬんというか、それ以前の問題だと私は思った。
騎士たちの、私に対する態度が悪いのはしかたない。
怪しすぎる事は自覚している。
けれどそれを差し引いても、彼らの凶悪な人相とか、言葉遣いや仕草からかもし出される野蛮さは、どう見ても騎士というより山賊やならず者のソレだ。
ただでさえ劣悪な環境なのに、こんなやつらに囲まれて仕事なんて、給料が高くてもごめんだと思った。
騎士達は、まだ一応お客様ということになっている私に、すれ違い様手を出そうとしてきたり、下品な言葉をかけてきたり。
それを挨拶と同じくらい軽く行ってくる。
騎士がすることじゃないし、男として屑だ。
本当は魔術で焼き払ってやろうかと思ったが、初日なのでさらりとかわしておいた。
グエンに聞けば、ラザフォード騎士団の過半数の騎士が、暴力沙汰を起こして隊にいられなくなった奴らばかりだという事だった。
あと他には、騎士団のお金を横領した事がばれて隊にいられなくなった副隊長。
腕はよかったけれど、人を切り刻むのが大好きで、好みの患者をうっかり刻んで街にいられなくなった医者なんていうのもいる。
他にも一筋縄じゃいかなそうな奴らがわんさかいた。
そりゃ、募集しても誰もこないよ。
思いっきり言ってやりたかった。というか、言った。
「はっきり言うな、お前。まぁオレたちもそれはわかってるんだけどな」
グエンは軽くそう口にした。
仮にも隊長なら、もう少し危機感を持つべきだと思う。
そもそもこの男が隊長だから、こんな荒くれものが集まってるんだろうか、なんてことを考える。
「それにしても、お前腹が据わってんな。ここの騎士たちを適当にあしらうなんて、なかなかできないぜ?」
「まぁ荒事には慣れてるし、それに」
一旦言葉を切り、横を歩くグエンに目を向ける。
「私の方が強いし」
事実を口にすれば、少し驚いたように目を見開いてから、グエンはくっくっと喉を鳴らした。
「お前面白いことを言うな。気に入った」
冗談ではないのに、楽しそうにグエンは笑っていた。