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【27】私とトキビトの少女

「色々ごめんなさい……」

「いいんですよ。気にしないでください」

 迷惑をかけてしまって謝れば、優しく黒髪メイドの女の子がそんなことを言って髪を洗ってくれる。


 わたしがグエンの服に吐き戻して後、オロオロとする彼の元に、この黒髪メイドのミサキが飛んできた。

 てきぱきと指示を出しつつ、私を介抱してくれたのだ。

 その手際といったら鮮やかで、五分後には医者がその場にいた。


 いくらなんでも医者くるの早くないかと思って後で聞けば、この屋敷には超病弱なご子息がいて、彼のために常に医者が屋敷に滞在しているらしい。

 医者に見てもらったところ、別に健康で病気などではないそうだ。

 けど何か思うところがあるのか、ミサキに色々耳打ちしていた。


「ところであのお医者さん何をミサキちゃんに言ってたの? 私やっぱりどこか悪かったりする?」

「いえ、そんなことはないです。ただ、しばらくは吐いたりする症状が出るかもしれないと言ってました」

 私を安心させるように優しい声色でミサキは答え、髪についた泡を落としてくれる。


 屋敷にある風呂は結構大きく、二人して湯船につかる。

 このミサキという女の子は、私と同じトキビトだ。

 見かけ的には同じ高校生くらいだけれど、ここにきてもう十四年くらい経つらしい。

この屋敷を仕切るメイド長をしているとの事だった。


 メイド姿の時は結い上げていた髪を下ろし、少しくつろいだ彼女はなかなかに色気があった。

 先ほどまでは仕事モードって感じで、きっちりした雰囲気をまとっていたのに、今は優しげでほんわかしたお姉さんといったところだ。


 しかし、なかなかよい胸をお持ちのようで。

 ついつい、お湯にぷかりとうかぶ柔らかそうな二つの果実に目が行く。

 胸を果実に例えるのがわかるなぁとおもうほどにたわわだ。


 私のなんて、果実に例えられない。

 まず浮くものがない。

 頑張って植物繋がりで木材だろうか。

 洗濯板的な……ちょっと悲しくなってきた。

 溜息が思わず漏れてしまう。


 それもまぁ気になるところの一つなのだけれど。

 同じトキビトなのに、私と違って彼女の胸には時計が埋まっていない。

 先ほど脱衣所でチェーンでネックレスにした懐中時計を、そっと着替えの上に置くのを見たところだ。


 医者の先生も私の胸に埋まる、この時計もどきを見て驚いていたし、やっぱり変なのかもしれないと思う。

 トキビトは皆怪しげなお兄さんから時計を貰ってこの世界に来ている。

 貰った時は私の時計も別に胸には埋まってなかったような気がしたのだけど、今はまるで体の一部のように心臓の上あたりにあった。


 別に触ったところで痛くもない。

 ただこの時計、秒針もなければ文字盤もなくて、ただでさえ不気味なのに余計に気持ち悪かった。

 加えて私の胸のあたりには、何故か魔術大国の紋章や数字があって。

 あまり見ていて気持ちいいものでもないので、ミサキが驚かないよう、首にゆるくタオルを巻いて隠していた。


 

「不安ですよね、記憶喪失なんて」

「えっ? うん」

 どうやらミサキは私の溜息の理由を勘違いしたようだった。

 まさかその胸がとてもうらやましくて溜息つきましたなんて言えるわけもなく、頷く。


「あのグエンという人、信用して大丈夫だと思いますよ。私も直接知り合いというわけではないんですけど、リサさんが吐いた時本気で心配していましたし」

「……まぁそれはそうなんだけど」

 確かにミサキのいう通りだ。

 グエンは私が吐いた時、かなり動揺していた。

 どうでもいい相手に対して、あんな風に取り乱したりはしないことくらい私にだってわかる。


「ヴィルトが手紙でよく言ってましたよ。あなたとグエンさんはとてもいいパートナーなんだって。互いに隙があれば技をかけあって、常に戦いの中に身を置いている凄い人たちだって感心してました」

 隙があれば技をかけ合うって、どこの戦闘種族なんだろう。

 私はそんな野蛮なことはしない。

 やっぱりそれは私の事ではないような気がした。


「ヴィルトってこの屋敷のお坊ちゃまだよね。仲いいんだ?」

「えぇ」

 尋ねればミサキの顔が優しくなる。すぐにピンときた。

「なるほど、ミサキちゃん彼といい仲なんだね?」

「そういうんじゃないです! ただ、私が育てたようなものってだけで、好きとかそんなんじゃなくてですね!」

 私の言葉に必死になって言い訳をするミサキだったけれど、それはもう肯定にしか聞こえない。


 自分の屋敷のメイドに手をつけるとか、あのヴィルトって子意外とやるなぁなんてそんな事を思う。

 何となく気になって聞いてみれば、ミサキはヴィルトに求婚されているらしかった。


「へぇ受けちゃえばいいのに。あの子、悪い子じゃないと思うよ」

「ヴィルトの事、覚えてるんですか?」

 なんとなしにそういえば、ミサキが驚いた顔で私を見てくる。

「いやそうじゃないんだけど。今日というか、昨日のお昼にカフェに来てたんだけど、印象は悪くなかったからさ」

 真っ直ぐな性根を感じさせる目をした子だった。

 そういう印象は大抵当たるものだ。


「ヴィルト、この街に帰ってきてるんですか!?」

 ミサキが大きな声を出して身を乗り出してきたので、思わずびっくりする。

「元気そうでしたか? 怪我とかしてませんでしたか?」

「……帰ってきてないの? 家ここなんでしょう?」

 質問攻めにしてくるミサキにたじろぎながらも尋ねれば、ヴィルトは王の騎士になると屋敷を出て以来、一度も帰ってきていないらしかった。


 話を聞けば、ヴィルトに求婚され困ったミサキは、王の騎士になったら結婚してあげると無茶振りをして諦めさせようとしたようだった。

 王の騎士というくらいだから、なるのは相当難しい。

 きっと諦めてくれるだろうと思っていたら、彼は本気で王の騎士を目指してしまったのだという事だった。

 王の騎士になるまでミサキとは会わない。

 そう宣言したヴィルトと、ミサキはもう五年以上会っていないらしい。


「なんで諦めさせようとしてるの? 玉の輿だし、ミサキもヴィルトのこと好きなように見えるんだけど」

「……ヴィルトは私が育てたようなものなんです。だからきっと依存と愛情を勘違いしているだけで。それにヴィルトは貴族で、私は何も持たない異世界人です。身分も違うしそれに」

 私の質問にぽつりぽつりとミサキは答えて、それから私にまるで答えを求めるかのように視線を向けた。


「どんなに好きになったって、同じ時を生きられないじゃないですか」

 そのミサキの言葉に、とくりと心臓が騒ぐ。

 痛みを堪えて無理に微笑んだその表情に、自分もかつて同じような思いを抱いたかのような気になった。


「私はヴィルトが幸せでいてくれればそれでいいんです。だから、貴族のお嬢様と結婚して、幸せになってもらいたかった。なのに私の言葉を間にうけて、王の騎士になるために、無茶ばっかりして……」

 ミサキは唇を噛み締めていた。


 ヴィルトは王の騎士になるために、戦争に自分から参加したらしい。

 今は王都近くのルカナン領に勤めているヴィルトだけれど、ついこの間まではラザフォード領という危険な領土に出向いていたらしかった。


 ラザフォード領といえば、さっきのグエンとかいう男が納めている領土だ。

 魔物は出るし、敵国はせめてくるしで、なかなかに物騒なところのようだった。


「本当は戦争なんかいかないでって言いたかったけど。私の言葉でヴィルトが動いてるんだから、そんな事を言うのは許さないってミシェル様に言われてしまって」

 ミシェル様というのは、ヴィルトの病弱な兄の事のようだった。

 毎日心配で心配で、無事を祈り続けていたんだというミサキは、心の底からヴィルトのことを想っているようだった。


「すいません……リサさんたちはそういうところで、日々国を守ってくれてるのにこんなこと」

「いや、別に。全くそんな事した覚えもないしね」

 そう軽く言えば、ミサキはそろそろ上がりましょうかと言ってきたので頷く。

 いい加減のぼせそうだった。



●●●●●●●●●●●●●


 借りた服を着たところで、ミサキが髪を乾かしてくれようとする。

「大丈夫。自分でやるから」

「まかせてください。昔からこういうの得意なんです」

 そうミサキがいうので、お言葉に甘えることにする。


 どちらかというとやってあげる側だったから、少しこそばゆいななんて思う。

 髪を乾かしてと甘えてくる小さなあの子たちの髪を、私はよく拭いてあげたものだ。

 そこまで考えて。


 ――あの子たちって誰だろう。

 ふとそんなことを思ったけれど、すぐに忘れた。


「リサさん。リサさんは覚えてないと思うんですけど、私リサさんに感謝してるんです。表向きはヴィルトとクライスさんが今回の戦争の功労者ってことになってますけど、本当は全部リサさんが敵をやっつけたんだって、ヴィルトが手紙で言ってました」

 タオルで水気をふき取って後、丁寧に私の髪をクシで梳かしながらありがとうございますと言ってくる。


 この国がこの前まで戦争をしていたのは私も知っていた。

 隣の国レティシアとの戦争が終わり、国は今穏やかなムードだ。

 ヴィルトとやらが言うには、私が全て敵を一人で片付け、手柄は譲ってくれたのだという。

 このお陰でヴィルトは王の騎士に近づいたのだという事だった。


「本人は功績が自分の力じゃないからって、ちょっと不満そうなんですけど。そんな事どうでもいいんです。戦争をリサさんが終わらせてくれたお陰で、ヴィルトが無事に帰ってくることができました」

 まるで神様にお祈りするときの独り言のように、ミサキは呟く。

 安堵したようなその響きに、少し振り返って表情を見れば、そこにはヴィルトへの愛情が溢れていた。


 ――私が戦争を終わらした、ねぇ?

 少し考えてみたけれど、やっぱり全く覚えてない。

 そもそも、ただの女子高生である私に、そんな大それた事ができるわけがないと思う。

 でもこのミサキという女の子が、嘘を言っているとも思えなかった。



●●●●●●●●●●●●●


 いくら恋人といえど、私は記憶喪失なのだから配慮が必要だ。

 そうミサキがグエンに言ってくれたお陰で、寝る時はミサキと一緒の部屋だった。

 グエンは魔術を封じる枷付きの篭手を装着することを条件に、それを許してくれた。


 それがあるなら、ずっと恋人繋ぎで過ごす必要は、全くなかったんじゃないのか。

 指摘すれば、篭手があることを忘れてたなんてグエンは言っていたけれど、本当かどうかは怪しいところだった。

ミサキは同シリーズの「育てた騎士に求婚されています」の主人公です。

★2015/8/18 リサの失踪していた期間を、妊娠周期の関係から「3ヶ月弱→1ヶ月半」 に修正しました。報告ありがとうございます!

 ミサキがヴィルトに会ってない期間を「4年→5年以上」に引き上げました。

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ナツ様主催「共通プロローグ企画」の参加作品となっております。他エントリー作品はこちらからどうぞ!
活動報告内にカナタとグエン&リサの子供のお話のSSがあります。よければどうぞ。
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