【26】山賊のような男と、ひつじ豚
「やっぱりすぐに会いにきて正解だったな。リサのことだから、絶対にオレから逃げると思った」
妙な男に連れ去れた私は、貴族の屋敷と思われるところに連れこまれた。
「いい加減手を離してくれない?」
右手をまるで恋人繋ぎのように握られ、ソファーに並んで座ってるこの状況。
はっきり言ってわけがわからない。
「駄目に決まってるだろ。この手を自由にしたら、お前は魔術を使うからな」
どうやら男は魔術に関して少し知識があるみたいだ。
私が魔術を使うためには、右手で印を組み、その甲にある紋章に触れて魔力を注ぐ必要があった。
これでは魔術が使えない。
まぁそもそもほとんど魔力は残ってないのだけど
「一応自己紹介しておこうか。オレはグエン。本名はカイル・エトナ・ラザフォード。国境沿いに位置するラザフォード騎士団の隊長で、領主だ」
騎士団の隊長で、しかも領主。
正直全く似合わない。
山賊とか言われたほうが、大分納得できる。
昼間出会ったヴィルトが言っていた、グエンというのがこの男らしい。
二人が会わないと後で困った事になると言った様子で口にしていたのは、こういう事だったのかと理解する。
深夜に二階の窓から女性の部屋に侵入とか、騎士がやっていいことじゃない。
「それでお前の事なんだがな。オレが拾ったトキビトで、オレの恋人だ」
説明以上!というように、グエンは使用人を呼びつける。
いやもう少し何かあるだろと、私ですらつっ込みたくなった。
「私全く覚えてないんで、いなかったものだと思って見逃してくれない?」
「見逃すわけないだろ。面倒な話は、とりあえず食べてからだ。お前が見つかったと聞いて、ロクに食べずに飛ばしてきたからな。夕食も食べてない」
当然のように私のお願いは却下され、目の前に香ばしい香りのする、ひつじ豚の肉が運ばれてきた。
ごくりと唾を飲む。
ひつじ豚というのは、豚に羊の角を足したような魔物だ。
味は極めて美味。
前にいた国でも、このウェザリオでも、あまり流通していないのかお目にかかることはなかった。
グエンが紋章に触れられないよう、私の右手の甲を包帯でぐるぐる巻きにする。
それから空いた両手で、手際よくひつじ豚を切り分けると、皿に盛って手渡してくれた。
「ほらよ」
「……ありがとう」
少し悩んでから、ありがたく頂いておくことにする。
食べられる時に食べるのが私の主義だ。
香ばしく焼けておいしそうな皮をフォークで押さえ、横からナイフで厚めに皮を切り離す。
それから肉を食べやすい大きさに切って口に運ぶ。
噛めばじわりと、ジューシーな肉汁が口の中に広がった。
「うまいか?」
「うん、とっても!」
おもわず幸せな気持ちになって答えてから、はっとしてグエンを見る。
横を見れば、グエンが優しい目で私を見ていて、思わずどきりとした。
強面のくせに、そんな顔をするなんて反則だと思う。
「ほら皮のところも食べろよ。カリカリしてて美味しいぞ?」
親切そうな口調で、グエンが薦めてくる。
確かに皮は一見とても美味しそうだ。
焼き目はこんがりとしていて、食欲をそそる色合いをしている。
「その手には乗らないから。ひつじ豚の皮が凄く苦い事くらい私も知ってるわよ」
このひつじ豚、実は皮が凄く苦いのだ。
大抵初見の人はそのままかぶりついて、苦さに舌が麻痺してしまう。
異世界人だから知らないとでも思ったのだろうか。
「へぇ、前にも食べた事あるのか。一体これをどこで食べたんだ?」
「それは……」
答えようとして、言葉に詰まる。
――前の国でも、こちらでもひつじ豚を私は一回も見かけていない。
なのに、何で味を知ってるんだろう。
戸惑う私を、グエンがにやにやと見ていた。
「お前がひつじ豚って呼んでるコレは、ラザフォード領にしか生息しない魔物で正式名称はピッグヤヤック。加えてこの国で魔物を食べる習慣はない。これを食べるのは食い意地張った俺の恋人と、城の騎士どもだけだ」
含むようにそう言ってから、グエンが皮を切り離してひつじ豚の肉を食べる。
「いっぱい食べろ。お前のために捕ってきたんだからな。ラザフォード領にしか生息していない、ひつじ豚の丸焼き。食べるのもこの味を知ってるのも、オレたちだけなんて贅沢だと思わないか?」
この味を知っていること自体が、私がグエンの恋人であるという証拠。
そう言うかのようにグエンは笑いかけてきて、また私の皿にひつじ豚の肉を盛ってくれた。
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罠にはめられたみたいで悔しかったけれど、ひつじ豚に罪はない。
おかわりもして、美味しくいただきました。
しかたない。美味しいんだもの。
最近妙に食欲がなかったから、こんなに食べたのは久々だった。
「ごちそうさまでした。ありがとうございました」
お腹が膨れたところで、ちゃんとお礼を言って立ち上がる。
「食い逃げするつもりか?」
しかし、手首をがっちりホールドされてしまった。
やっぱりそうやすやす逃がしてくれるつもりはないようだ。
「どこまで記憶があるんだ? オレに教えてみろ」
しかたないので、グエンに話すことにする。
変なお兄さんに時計を貰ってこの世界に来たのが一ヶ月半くらい前。
気づいたら見知らぬ雪山にいて、そこから魔法大国のレティシアへ向かった。
けど、旅をしていたら変なやつらに捕まりそうになり、ついこの間この国へ逃げてきたのだと告げる。
「なるほどな。オレと別れてすぐに、記憶を消したわけか」
少し棘のある口調で、グエンは口にする。
「その言い方だと、私が自分から記憶を消したみたいじゃない」
むっとして口にした私の目を、グエンが覗き込んできた。
「違うのか?」
真っ直ぐに目を見つめられる。
この目は苦手だ。
私の中まで暴こうとするような鋭い視線に、心の中まで覗かれてしまいそうで落ち着かなかった。
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「お二人の部屋はこちらになります」
私と同じ黒髪で黒目のメイドさんに連れられて、部屋に案内される。
ナチュラルにこのグエンという男と同室らしい。
「悪いな、こんな時間からいきなり押しかけて」
「いえ、うちのヴィルトがお世話になりましたから」
グエンがそういうと、黒髪メイドが何でも言いつけてくださいねと私に一言告げて去って行った。
なんとなく察するに、ここは昼間会ったヴィルトとかいう青年のお屋敷のようだ。
すごい貴族のお坊ちゃまだったんだなぁと感心する。
私とグエンに与えられた部屋は無駄に広く、学校の教室が二つ分以上入ってしまいそうだった。
「さてと疲れたし、風呂に入って今日は寝るぞ」
グエンは荷物を置いて、着替えを持つと私の手を引いてきた。
「ちょっと待ってよ! まさか一緒に入るとか言い出すんじゃないでしょうね!」
「そのつもりだ。目を離した隙に逃げられたくはないからな」
冗談じゃなかった。必死になって暴れる。
「今更恥ずかしがることでもないだろ。風呂に入る以上のことだってすでにしてる」
「そんなわけないでしょ! この変態!」
掴まれてない左手でぽかぽかとその胸を叩くけれど、全然応えた様子はない。
少し興奮しすぎたのか、ふいに気持ちが悪くなってきた。
「おいどうした、リサ!」
口元を押さえてもたれかかってきた私に、グエンが驚いた声を出す。
「うっ……」
胃からさっき食べたものがこみ上げてくる。
少々食べ過ぎたかもしれない。
最近、私はどこか体調が悪いわけでもないのに、頻繁に吐き戻す。
これはやばいなと頭の隅で思って。
盛大に私はグエンの服に、色々ぶちまけてしまった。
★2015/8/18 リサの失踪していた期間を、妊娠周期の関係から「3ヶ月弱→1ヶ月半」 に修正しました。報告ありがとうございます!




