【23】旅の終わりと私のわがまま
会えなかったときを埋めるように、その日私はユーリと一緒にいた。
お昼すぎになってユーリとおやつを楽しんでいるところにヤイチ様がやってきて、なんとなく状況を察したみたいだった。
「やっぱりあなた、ユーリですよね?」
直球で尋ねてきたけれど、当のユーリは知らん顔だ。
「誰それ。ボクわかんない」
「とぼけたって無駄ですよ。あなた、いい加減兄姉離れしたらどうですか。毎度毎度振り回されるこっちの身にもなってください」
とぼけたユーリにヤイチ様はそんな事をいいながら、テーブルに座ってきた。
ユーリが嫌そうな顔で溜息を付く。
「……いつから気づいてたのヤイチ」
「リサを姉と呼んでいるという報告を事前に受けて、すぐにあなたの事は思い浮かびましたよ。あと会った瞬間にこれはあなただとわかりました。伊達に長い間一緒に仕事をしていたわけじゃありませんからね」
最初からじゃんと叫ぶユーリに、ヤイチ様は淡々と答えながら使用人に用意させたティーを飲む。
どうやら居座る気らしかった。
「やっぱりボクに気づいて、リサ姉から引き離したんだ。ヤイチってボクに対してだけ昔から意地悪だよね!」
「別に意地悪をしてるつもりは全くありません。あなたが面倒事を起こすから、こうやって対処する必要があるだけです。あなたがユーリだと認めるなら、すぐにリサに会わせるつもりでしたよ?」
食って掛かるユーリに対して、しれっとヤイチ様は呟く。
「あなたの事だから男になったから、リサと結婚しようとか目論んでいたんでしょう。病的なぶらこんでしすこんというヤツらしいですからね、あなたは。紋章の出現を拒んでいたのも、紋章で妹のユーリだとばれて恋愛対象外になるのを恐れたといったところでしょうか」
図星だったのか、ユーリがうっと息を飲む。
「そんな事をしたところで無駄なのに。リサは私の息子であるグエンのものですから、諦めてくださいね」
余裕のある態度でヤイチ様は引き続きティーを飲む。
「何その、まるでヤイチのものでもあるみたいな言い方! 気に食わないんだけど!」
ムキになるユーリに絡まれながら、ヤイチ様は冷静に対応しているように見えるけれど、気のせいか楽しそうだ。
ユーリが遊ばれている気がする。
「ずっとリサには一言いいたかったんです。ユーリを甘やかしすぎだと。これまでの所業を叱ってもらわなくては気が済みません」
ヤイチ様が今度は私の方を見て微笑んだ。
その笑顔は少し黒い。
「リサ姉の前で何言う気!?」
ユーリが慌てだす。
二人は遠慮のない仲らしかった。
ユーリやヤイチさんと色んなことを話した。
魔術兵器として一旦死んで後、ユーリは何度か英霊として呼び出された。
その後色々あってこの世界で自我を取り戻し、ウェザリオの宰相として迎え入れられたらしい。
双子の兄の方もその時一緒にいたらしいが、まだ安定してなかったウェザリオをユーリにまかせ旅に出てしまったのだと言う。
「リサは大切な双子を手にかけたことを気に病んでいましたから、二人が生きていたんだと伝えて安心させたかったのですがね。それを言うと、あなたが自分を助けるためにユーリが死んだことに気づいて、絶望してしまうかと思ったんです」
ウェザリオの元宰相がユーリだということを、ヤイチ様はあらかじめ知っていたようで、黙っていたことを謝ってきた。
元宰相のユーリを友達とヤイチ様は言っていた。
罵りあったりしてるけど、二人の間には信頼のようなものが見える。
だからユーリを殺した私が憎くても、その大切な姉である私に、あんなに手を尽くしてくれたのかもしれない。
守られていたんだなと、今更気づく。
その話を聞けてよかったと思った。
大切な二人の最後があんな終わり方なんて嫌だと、ずっと思っていた。
夜になればユーリの客室で、ベッドに一緒になって寝た。
客室として与えられたユーリのベットは、それなりに大きいのだけれど、つい昔の癖でくっつくように寄り添う。
見た目はカナタという高校生くらいの少年なのだけれど、私の中で彼はもう妹のユーリだった。
小さいころユーリにやってあげたように、そっと抱きしめてあげれば、ユーリは安心したかのように体の力を抜いて甘えてくる。
「ねぇ、リサ姉の話も聞かせてよ」
朝まで二人で一緒のベットに潜りこみながらお喋りした。
昔やっていたように。
懐かしかった日々が戻ってきたようだった。
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心につっかえていた双子のことも思いがけず解決して、これで本当に心残りはなくなった。
後は最後の神殿を破壊すれば、全てが綺麗に終わる。
今私は幸せだ。
ユーリやヤイチ様、そしてヴィルトやクライスをはじめとする騎士団の皆がいて。
何よりもグエンが私を好きだと言ってくれる。
自分が好きだと思う相手に、好かれることなんて初めてで。
それがこんなにも幸せなことだなんて知らなかった。
このままここでもう少し、ようやく手に入れた幸せに浸っていたいと思う。
けれど、そうしていればきっともっと別れが辛くなるのも分かっていた。
――グエンと一緒に歳をとっていけたらよかったのにな。
こんなことを思う日がくるなんて思ってもなかった。
自分の幸せが惜しいなんて、なんて贅沢な悩みなんだろうと思う。
昔の私ならありえなかったことだ。
幸せなまま、終わりを迎える。
それが私にとって一番の贅沢で、最初で最後のわがままなのかもしれなかった。
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皆が見てない間に一人で神殿を破壊して、そっと皆の前から姿を消そうと思っていた私だけれど、結局タイミングが掴めなかった。
ヤイチ様とグエン、それとユーリと一緒に神殿を訪れる。
実はこの神殿、狼たちの隠れ家となっているようで。
個人的には跡形もなく消し飛ばしてしまいたかったけれど、建物は破壊せず中の魔術陣だけを使い物にならなくするという、地味な対処法を取る事になった。
「これであなたの罪滅ぼしも全て終わりですね」
作業の終わって神殿の外へ出た私に、ヤイチ様が話しかけてくる。
実感が湧かない。
全部終わってしまえば、達成感というよりも喪失感だけがそこにあった。
そもそも、これは最初からただの私の自己満足だった。
「それであなたはどうしますか? まだ……私に殺して欲しいですか?」
ヤイチ様は問いかけてくる。
もう、そんなことをするつもりはなかったから、小さく首を横に振った。
「そうですか、よかった。私も友人であるあなたを切りたくはなかったんです」
「友人……」
そう思ってくれていたのかと、ヤイチ様の言葉に目を見開く。
「私みたいなのが友人では嫌ですか?」
「いえ、そんなことは!」
尋ねられて、思い切り首を横に振る。
そうすれば、ヤイチ様はよかったと呟いた。
「ならこれからは様付けでなく、ヤイチと呼び捨てにしてください。まぁグエンには色々言われるかもしれませんが、私の方が付き合いが長いですし文句は言わせません」
ふふっと笑うヤイチ様は、とても嬉しそうで。
私の長い旅が終わったことを祝福してくれているようだった。
「ヤイチとこそこそ何話してるの?」
「それは二人だけの秘密です。ねぇ、リサ?」
ユーリが話しかけてくると、ヤイチ様は意味ありげな目配せを私にしてきて、唇に人差し指を当てる動作をする。
「そうですね。二人だけの秘密ですよね、ヤイチ様」
ヤイチ様のからかいに乗るように、ふふっと笑いながらそういうと、ユーリが目を真ん丸くした。
「リサ、ヤイチ様ではなくヤイチと呼ぶ約束ですよ。あと敬語もいらないです」
「いやヤイチ様……じゃなくて、ヤイチも敬語つかってますよね」
ヤイチ様は、自分の話し方は癖のようなものだからいいんですなんて言って笑う。
仲良く話す私達に嫉妬したのか、ユーリが私の腕を組んでくる。
「ヤイチ調子に乗らないでよね。ボクの方がずっと仲良しなんだから! 昨日だってあの後ずっと一日中ベットでお喋りしてたんだからね!」
「私はあなたがいなくなってから百年ちかく、リサと同じ屋敷で過ごしてましたから……今更そんな程度で威張られても困りますよ。ねぇ、リサ」
ムキになるユーリに、何でもない顔でさらりとヤイチ様が話しかけてきて。
どうやらヤイチ様はユーリをからかうのが楽しくてしかたないらしい。
なんだかんだでユーリとまた会えたのが嬉しいんだろう。
昔のヤイチ様は人をからかうなんてできるようなタイプじゃなかったのに、本当に性格変わったなぁと思う。
どちらかというと、真面目すぎてあまり余裕が無かった彼は、常にからかわれる側だった。
「ボクの方がずっとリサ姉のこと知ってるんだから。お尻に星型の黒子があるとか、寝ぼけると抱きついてくるくせがあることとか。苦手なんてないように見えて、幽霊話が嫌いっていう可愛いところもあるんだから!」
「さすがに黒子までは知りませんが、他の二つは知ってましたよ。屋敷で幽霊騒ぎが起きたことがありまして、怖かったのか一緒に寝るようにお願いされましたから。それと知ってますか? リサはお酒が強いのですが、体質が合わない酒が一つだけあるんです。それで酔ってしまうと子供のように甘えてくるんですよ」
私がヤイチ様の性格について思いを馳せてる間に、二人の話はいつの間にかヒートアップしていた。
というか、ヤイチ様まで何を言ってるんだ!
普段と変わらない笑みを称えながら、さらさらと恥ずかしいことを暴露してくれている。
どうやらヤイチ様は、私までからかい始めたようだった。
「ちょっと二人ともっ!」
「とにかくリサ姉はボクのなんだから。ヤイチにも、誰にもあげないっ!」
止めに入れば、ユーリが私に抱きついてくる。
そんな風にドタバタしていたら、ふいに少し離れた場所にグエンが立っていることに気づいた。
神殿の魔術式を破壊する間、グエンは狼たちを遠くへ避難させていた。
戻ってきたなら声をかけてくれればいいのにとグエンの顔を見て、ひやりと心臓に冷たいものが落ちた心地になる。
グエンが、冷ややかな目で私を見つめていた。
「あぁ、グエン。帰ってきていたのですね。私はこの後カナタと少し神殿の報告書を作成しなくてはならないので、先にリサを連れて帰っていてくれますか」
ヤイチ様に話しかけれれて、グエンはあぁと呟き視線を逸らしてしまう。
――今のは、気のせいだよね。
そうに違いないと思う。
冷たいのに、その裏で憎しみが熱のようにこもる強い視線。
そんな風にグエンが私を見ることなんて、ありえない。
「ボクにも書類作成手伝わせる気なの? ヤイチ横暴」
「あなたがいなくなって後、誰が仕事を肩代わりしたと思ってるんですか?」
ずるずるとヤイチ様がユーリを連れて神殿の方へと向かっていった。
行くぞということもなく、グエンが城の方へと歩いていく。
その背中に、どうしてか拒絶されている気がした。