【22】カナタの正体
ラザフォード領に帰れば、騎士団の皆が私たちを迎えてくれた。
「いや、一時期はどうなるかと思いましたよ。下ネタをちょっと言っただけで、リサさんにそんなことできるわけないじゃないですかぁっ! って隊長走って行っちゃうし」
あの時のグエンのマネをして、騎士団のメンバーが大爆笑する。
「ほう、そうか。お前らも記憶喪失になりたいようだな。なら全員まとめてオレが記憶喪失にしてやるよ」
凶悪な笑顔を浮かべたグエンに、皆がひぃっと身を縮めて。
その場でにぎやかな追いかけっこが始まった。
物騒な言葉を吐きながら、剣で切りあっている。
全くここの騎士たちは暴力的で落ち着きがない。
騒々しいな、なんて思うけど。
それがわりと嫌いじゃない自分がいた。
グエンの快気祝いと称して、みんなで朝まで飲み食いした。
それとヴィルトとクライスが王都の騎士団へ移動になったので、お別れ会も兼ねている。
二人は王都の騎士団で働きながら、王の騎士の試験に挑戦するらしかった。
今回の戦闘の功績もあるから、きっと合格することだろう。
皆が潰れてしまってから、そっと城を出る。
今日のラザフォード領の天気は晴れで、朝焼けがとても綺麗だ。
夜は吹雪だったから、真っ白に積もった雪がきらきらと輝いていた。
「リサ姉、ちょっと話がしたいんだけど」
いつの間にか背後にカナタがいた。
ドキッとしたけれど、何でもない顔でいいわよと頷く。
本当は今から一人でこっそりと神殿を破壊しに行こうと思っていたのだけれど、見つかってしまったのならしかたなかった。
「リサ姉は、あのグエンって奴が好きなの?」
庭に出る。
拠点としているラザフォード城には庭があるけれど、あまり見栄えはよくない。
この領土で生きられる草木が限られているせいで、魔物っぽくない草を選択すれば自然と地味な庭になってしまうのだ。
それも、白い雪がかぶさってしまえばどれも同じに見えてしまう。
「そうね嫌いじゃない……と思う」
「そんな答えじゃ駄目。ボクは真剣に聞いてるから、ちゃんとリサ姉の気持ちを教えて」
真っ直ぐに向き合って、瞳を覗き込まれる。
猫と目があったときのような独特の緊張感があった。訴えかけてくるようなその色に、勝てる気がしない。
「好き……なのかも」
やっぱりそれでも好きと口にするのは恥ずかしくて、もごもごと言葉尻を濁す。
その答えを聞いて、カナタは大きく溜息を付いた。
「あーあ、本当リサ姉って趣味悪い。ボクの方が絶対いい男なのに」
不満気に呟きながらも、私を見るカナタの目は優しかった。
「今のボクなら、あんな風にリサ姉の事を忘れたりしないし、悲しませたりもしない。そりゃこの世界ではまだ手に職もないけど、リサ姉さえその気になってくれれば、いくらだって贅沢をさせてあげるのに。よりによってあんな奴に負けて失恋だなんてありえない」
ぼやくカナタだったけれど、失恋というわりにはあまり落ち込んだ様子もなくて。
むしろ晴れやかな雰囲気が漂っていた。
「幸せにならなきゃ、許さないからね」
そう言ってカナタは笑う。
祝福するように。
「カナタ。あなたは……」
私の大切な双子じゃないの?
そう聞こうとして、悩む。
この世界で出会った、小さな双子の兄妹。
兄は魔力は全くなかったけれど、複雑な魔術陣を組み創り出す天才的な才能があった。
妹の方は強大な魔力の器の持ち主だった。
もしもカナタが彼らのうちどちらかだとしたら、それは。
「ユーリ、あなたなんでしょう?」
妹の方の名前を呼びかける。
そうすればカナタはにぃっと笑みを浮かべた。
「あっ、ばれちゃった?」
くすくすと嬉しそうに笑い出す。
「最初でお姉ちゃんって言ったの失敗だったよね。知らないふりして、リサ姉をボクのものにできれば一番よかったのに」
カナタ……もとい、ユーリはかなり後悔してる様子だった。
「ユーリだってばれたらリサ姉、男として意識してくれないじゃんか。このために男に生まれたんだって思ったんだけどなぁ」
昔からユーリは、愛情深い性格で。
ちょっと行き過ぎてるんじゃないかというくらい、私と彼女の双子の兄に執着していた。
冗談のような台詞も、おそらくは百パーセント本気だった。
「本当にユーリなんだ?」
「そうだよ、リサ姉」
微笑まれれば、カナタの顔にユーリの面影が重なる。
再会できたことに涙が溢れた。
「リサ姉が泣くなんて初めてみた。これも全部あいつの影響かな。認めたくはないけど」
カナタは泣いている私に近づいてきて、ハンカチを手渡してくれる。
「何よそれ。私だって泣くときには泣くわよ」
「ボクたちを心配させないように、どんなときだってリサ姉は泣かなかったでしょ。ボクたちを庇って研究所に連れて行かれるときも、不安なくせに大丈夫だからって笑ってたじゃない」
呟いた私に、本人しか知らないようなことをカナタは口にする。
――本当に、カナタがユーリなんだ。
そう思うと余計に涙が溢れてくる。
ユーリであるカナタは、それを珍しそうに、それでいて好ましいというように眺めていた。
「ホント、ヤイチが邪魔しなければもう少しうまく行ってたのに。あいつ絶対ボクに気づいてリサ姉から引き離したんだ」
憎々しげにユーリは吐き捨てる。
「……ヤイチ様と知り合いなの?」
「まぁね。仲は全くよくないけど。ボク以前に英霊として呼び出されたときに、この国の宰相してたんだ。今みたいに前の記憶持ったままね。リサ姉にも会った事あるけど覚えてない?」
ユーリに言われて目を見開く。
「……ユーリが、私を助けたあの宰相の女の子だったの?」
「そうだよ。気づいてもおかしくないと思ってたんだけど、もしかして全く気づいてなかったんだ?」
私の問いにあっさりとユーリが答える。
ウェザリオの元宰相。
過去に魔術兵器だった私が暴走を起こし、ウェザリオを消そうとした際、命をかけて国と私を助けてくれた少女の事だ。
私の魔力を全部自分の身に引き受けて。
それを全て無害な魔素へと変換して、さらに私を魔術兵器の束縛から解き放ってくれた人。
そのせいで過度な魔力に当てられ、最後は砂となって何も残らず消えたと聞いている。
魔力のやりとりは危険が伴う。
むき出し精神のまま相手と意識化で繋がり、波長を合わせる必要があるからだ。
当時の私は自我を失っていて誰かの干渉を受けやすい状態にあり、それによって一方的に魔術師からの精神支配を受けていた。
けれど暴走した私は魔術師の命令を聞かず。
魔力は魔術師に逆流し、操っていた魔術師は死んだ。
それを見ていたはずなのに、その宰相は私と魔力のやり取りを試みたのだ。
はっきり言って、正気の沙汰じゃないとずっと思っていた。
どうして彼女がそこまでしたか、私にはわからなくて。
彼女は元英霊の魔術兵器で、私の事を一方的に知っていて。
私に対して、恩があったのだと当時のヤイチ様は言っていたけれど。
全く思い当たる節もなければ、私は彼女を見たことすらなかったし、当然名前にも聞き覚えはなかった。
そもそも英霊がこの世界に作り出されたときには、私は魔術兵器として自我を失っていたのだから、恩を売ろうにも売ることなんてできない。
ヤイチ様にそのことを言っても、私は本人から聞いだけの一点張り。
ずっと私にとって、彼女は謎の多い人物だった。
「魔力の受け渡しは、心を許している相手にしかできない。それに、リサ姉のあの魔力量をどうにかできるのってボクくらいでしょ?」
考えればわかると思うんだけどと、ユーリは呟いた。
死んで償うよりも、生きて償いをしてほしい。
そう彼女は私に望んでいたというけれど。
それがユーリの言葉なら、わかる気がした。
私の性格を全て知り尽くしていたユーリだからこそ。
自分から死を選ばないように、ヤイチ様に託したんだろう。
「私はユーリを魔術兵器にして、その上また自分で殺しちゃったんだ?」
「またそういう事言い出す。それもあるから、ボク正体明かすの嫌だったんだよ」
呟く私に、ユーリはこれ見よがしに大きな溜息を付いた。
「リサ姉は本当、自分のせいにするの好きだよね。ボクが魔術兵器になったのは運が悪かったからで、リサ姉を助けたのもボクがそうしたかったから。本当に根暗なんだから」
ユーリはばっさりと私の言葉を切る。
「そんな風にウジウジするよりも、ユーリ辛かったね頑張ったねって褒めてよ。助けてくれてありがとうって、いっぱい抱きしめて。そっちの方が何百倍も嬉しい」
少しかがんで下から上目遣い。
それはユーリのおねだりするときの癖だった。
可愛らしさを自分で自覚しているユーリのそんな仕草に、昔はメロメロになったものだけれど。
「今のユーリがそれをやると、タラシの台詞みたいね?」
「これが結構女の子受けいいんだよね」
悪戯っぽくユーリは笑う。
ぷっと二人して吹き出して、抱き合う。
「ありがとねユーリ。また会えて嬉しい」
こうやってまた出会えるなんて思いもしなかった。
つい嬉しくてしばらく抱き合って、ユーリがそこにいることを確かめる。
「今までもこれからも、ボクはずっとお姉ちゃんが大好きだよ」
「私も、大好きよ」
見つめ合ってそういえば、ユーリが幸せそうに笑ってくれた。
ふいに、キイと玄関のドアが開く音がして。
そちらを見たけれど誰もいなかった。
「そろそろ寒くなってきたし、中に入ろう? ボク今日は一日中お姉ちゃんと一緒にいたい」
ぎゅっと甘えるように手を握られて。
「そうね、私もいっぱい話したいことがあるの」
私もそれを握り返した。