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【21】ヨミビト

 グエンが記憶を取り戻して三日くらい経って、ラザフォード領に帰ることになった。

 馬車の中には私とグエン、それとヤイチ様とカナタ。

 ちなみにヴィルトとクライスは仲良く御車台だ。


 なんでヤイチ様とカナタまで着いてきているかというと、それは最後の神殿の調査とその後の破壊に立ち会うためだ。

 カナタの右手には魔術師の力を封じるための篭手が付けられていた。

 まだ魔術師として覚醒していないため、そこに紋章はないようだったけれど、念のためらしい。



 なかなかに微妙な空気が馬車の中には漂っていた。

「へぇ、二人ともくっついたんだ」

 私とグエンを見て、カナタが棘のある口調で呟く。

 そんな風に言われてしまうのに慣れなくて、照れから言い訳か何かが出そうになった口を、グエンの唇が塞いできた。


「んっ!?」

 馬車の中にはカナタ以外にも、ヤイチ様がいるというのに、舌まで入れられてしまう。

 抵抗しようにも腕の力が強すぎて、何よりもそのキスに思考をすぐに奪われてしまってそんな暇はなかった。


「これオレのものだから。手なんて出そうとするなよ?」

 唇を離して、余裕すら感じる口ぶりでグエンが二人に言い放つ。

「……グエン、あんたねっ!」

 これじゃ最初の時に、騎士団の連中の前でやったことと変わらない。

 恥ずかしさから魔術を使って吹き飛ばしてやろうとすれば、馬車の中だから危ないだろと右手をつかまれてしまった。


 いたたまれなくてちらりと向かい側の席に座る二人を見れば、それぞれ顔が赤い。

 目を見開いて固まるカナタは口をパクパクとさせているし、ヤイチ様に至っては見てられなかったというように口元を覆って視線をあからさまに逸らしていた。


「あぁ、ご老体とお子様には少々刺激が強すぎたらしいな」

 くっくっと愉快そうにグエンが笑う。

「何でリサ姉、こいつがいいの? 趣味悪い!」

「確かに今のは悪趣味だと私も思いますよ。そういうのは人が見ていないところでやるものです」

 カナタとヤイチ様の言葉も、グエンは全く応えない様子でむしろ上機嫌だった。


「見せびらかしたかったんだからしかたないだろ。つーか、見てなかったらいいんだな、ヤイチ。じゃあお前ら全員目を閉じてろ」

 にやにやとグエンはからかうように笑い、また顔を近づけてきたので、とりあえず頭突きをお見舞いしてやった。


「恥ずかしいからやめて! あんたはもう、何でこんなことするのよ!」

「お前は誰にでも優しいからな。馬鹿共が勘違いしないように、教えておく必要があるだろ」

 叱ればグエンは、当然の処置だというようにそんなことを言ってくる。


「リサはオレだけに優しくしてればいい。まぁ、誰にでも優しいお前も好きだから難しいところだけどな」

「……っ!」

 甘く見つめられ、からかいも含む声色でそんな事を言われる。

 反応を楽しまれてると思うのに、顔が赤く高揚するのを抑えられなかった。


「爆発すればいいのに。というか、あの男爆発させたい」

「カナタ、すさまじい魔力を持つあなたが言うと洒落になりませんよ」

 呟いたカナタに、ヤイチ様がつっ込んだ。

 


●●●●●●●●●●●●●


 その日の宿につくと、ヤイチ様がちょっといいですかと断ってきたので、二人っきりになる。

 今回のレティシアとの戦闘について、私に聞きたいことがあるらしかった。


 本来人に懐かない魔物であるリザード。

 そのリザードについていた首輪に仕込まれていた、魔術の分析結果をヤイチ様は私に手渡してきた。


「今回リザードに使われていた首輪に仕込まれていた魔術は、初期の魔術兵器に使われていたモノと似ているという報告が出ました」

 関わっていた私に、確認を取りたいという事なのだろう。

 渡された資料にざっと目を通す。


「これ私が作った初期の奴を元にして作られてるみたいですね。命令パターンが限られているタイプです。他に開発した全く別の原理の奴が、目覚めた時には主流になっていたので、廃棄されたものだとばかり思っていました」

「やはりそうですか。捕虜になった魔術師の供述によると、古い魔術師の家の倉庫から、あの首輪の原型と英霊を召喚するための媒体がでてきたそうです」

 私の言葉にヤイチ様が頷く。

 廃棄した品ならと、その魔術師は個人的に家に持ち帰ったのかもしれなかった。

  

 

「本題はここからなのですが」

 一旦、ヤイチ様が言葉を切って姿勢を正す。

「この世界で死んだ人がヨミの世界に行き、生まれ変わる。そうやって戻ってきた人をヨミビトと呼ぶことを、あなたは知ってますか?」

 ヤイチ様が口にしたのは古いトキビトの呼び方だ。

 

「聞いたことはあります。ヨミの世界からこちらの世界へ舞い戻ってきた場合、髪も目も闇色に染まり、歳すらとらなくなるってヤツですよね。でもそれ、ただのニホン人のトキビトじゃないですか」

 なぜいきなりそんな話をするのかわからなくて戸惑いながらも、一応答える。


「まぁあなたのいう事も間違ってはいません。ですが、レティシアの魔術師が英霊の存在を人々を納得させるために作った嘘とも言い切れないのです。昔はウェザリオでも浸透していた伝説ですしね」

 私の言葉に、ヤイチ様がそんな事を言う。


「この世界に招かれる者は皆、元々この世界の人間の生まれ変わりではないか。私はそう考えてます。英霊は、優秀な魔術師の遺体の一部を媒体とし、生まれ変わりを異世界からこちらへと強制的に召喚したものの可能性が高い」

 告げられた言葉に驚く。

 考えた事もない事だった。


「じゃあ、私も元々この世界の人だったって事ですか?」

「そうなります。あなたは最初からレティシアの言葉は話せたと私に言っていましたが、ウェザリオの言葉や文字はわからなかったでしょう? きっと前世はレティシアの人間だったんです」

 私の問いにヤイチ様は答えた。

 ヤイチ様も同じように、ウェザリオの言葉はわかったけれど、レティシアや他の国の言語は最初わからなかったらしい。


「知らないはずの知識をなんとなく知っていたりとか、初めての事なのに復習をしている感覚に陥ったりすることがありませんでしたか?」

 言われてみればそうだ。

 この世界で初めて触れるはずの魔術を、私はわりとあっさりと使いこなした。まるで前から知っていたかのような感覚で。

 言われてみれば、ヤイチ様の話は筋が通っているような気がした。


「転生のお約束かと思ってました……」

「なんですかそれは?」

 呟いた私の言葉の意味は、ヤイチ様にはよくわからないようで、首を傾げられてしまう。


 私と同じニホンから来たヤイチ様だけれど、生きていた時代は違う。

 ヤイチ様の過ごしていた時代は、私よりもずっと前なのだ。

 そもそもネット小説どころか、テレビもない時代だからしかたない。ジェネレーションギャップというやつだった。


「カナタの媒体は、あの首輪とセットで見つかりました。同じくらい相当に古い媒体だと思われ、すでに廃番とされている可能性が高い。今回呼び出した彼らはそれを知らなかったのでしょう」

 使い勝手のいい英霊は、何度も召喚される。

 けれど、その逆で扱いにくい英霊も存在していて、そういう英霊は廃番となって呼び出されることはなくなるということを私は知っていた。


 魔術師なら誰だってある紋章。

 本来、これは指紋のように一人一人違うものだ。

 なのに、めぐり合う『英霊』の中には、何度もみた事がある紋章を持つ者が現れることも少なくなかった。

 見た目の姿形こそ違えど、紋章が同じなら体内を巡る魔力は変わらない。


 呼び出された『英霊』は、ほとんどが最初から魔力を受け入れる器が大きく、魔術が使える。

 てっきり私は、媒体となった魔術師が持っていた紋章や、蓄積された魔術陣の情報、魔力を蓄える器を、何らかの形で『英霊』に書き写しているものだと思い込んでいた。

 

 ――まさか、生まれ変わりなんて。

 そんな考えは、思い浮かびもしなかった。

 ヤイチ様に聞いた今でもあまり実感がわかないし、まだそれが真実なのかは検証の余地があると思う。


「彼の魔力量は相当のものだと、城の魔術師が言っていました。それこそ国一つ簡単に消せるレベルだと。あなたはそんな英霊に心あたりはありますか?」

 首を横に振る。

 今まで出会ってきた英霊に、そんな強い力を持つ者はいなかった。


「魔術師がカナタの媒体として使っていたものです」

 ヤイチ様が私の目の前に差し出したのは、青銀の糸の束だった。

 さらさらとしたそれは、よく見れば髪の束だということがわかる。


 青銀の髪。

 思い起こされるのは、私が大切にしていた双子の兄妹。

 レティシアでは銀髪が多く、魔術の適性が高い固体はそこに赤や紫の色が混じり、さらに高い能力を有する場合は青が混じる。

 それは普通一房だったりするのだけれど、彼らのように全ての髪が青銀というのは珍しかった。

 

 まさかとは思う。

 私が研究施設で目にしたのは、双子の妹の方で。

 兄の方はすでに実験段階で死んだと言われたけれど、あの日みた妹の方は、その魔術兵器の初期型をつけていた。


 青銀は珍しい。

 でも、媒体に使われるのは優秀な魔術師の体の一部なのだから、青銀の髪を持つものもそれなりにいる。

 だからそれがあの子たちという確証は、どこにもない。


 もしもあの二人のどちらかの生まれ変わりがカナタだったとしたら。

 私のことをリサ姉と呼ぶのも頷けたけれど。

 それだと、前世の記憶を持っているということになるんじゃないだろうか。


「……カナタの紋章は?」

 震える声で尋ねる。


「それを確認するのが一番てっとり早いのですがね。中々出ないというより、彼が意図的に出ないようにしている節があるような気がします」

 そこまで口にして、ヤイチ様は一旦考え込んで、それから口を開く。


「実はあの大きさの器を持つ英霊に、過去一度あったことがあるのです。ですが私が知る彼女は髪一本と残らず消滅してしまいましたし、そもそも青銀の髪ではなかった」

 ヤイチ様が私と同じ考えに至っている可能性は低いと思う。けれど、ヤイチ様はヤイチ様で何か思い当たる節があるようだった。


「憶測は止めましょう。きっとそのうちわかることですから」

 ヤイチ様がそう言って、その日の話はそこで終わった。

3/16 誤字修正しました。

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ナツ様主催「共通プロローグ企画」の参加作品となっております。他エントリー作品はこちらからどうぞ!
活動報告内にカナタとグエン&リサの子供のお話のSSがあります。よければどうぞ。
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