【20】グエンの本音
性的にR15シーンがあります。苦手な人はご注意ください。
「落ち着いたか?」
「うん……」
私が泣き止むまで、グエンはじっとしていてくれて。
それから私の部屋まで抱きかかえて運んでくれた。
二人してベッドに腰掛ける。
「悪かったな。色々心配かけたみたいで」
「……どうして、黙って一人で神殿なんかに行ったの。敵がいっぱいいるってわかってたんでしょ」
そう尋ねればグエンは決まり悪そうに、頭をかいた。
「神殿の場所を誰にも知られたくなかったんだ。特にリサにはな。神殿を見つけたら、お前はオレの前からまたいなくなる気がしてた」
狼姿で私の手伝いをするふりをして、神殿からさりげなく遠ざけたり、他の狼たちに見張らせていたのだとグエンは告げた。
私の予想通りだった。
「オレだけでどうにかできるなら、それに越したことはない。騎士団に入る前は一人で行動してたし、ここなら狼たちもいるから行けると思った。たぶん、魔術陣の中にいたヤツを助けてなかったら、何の問題もなくやれてた」
グエンがいう魔術陣の中にいたやつというのは、カナタの事のようだった。
「作動中の魔術陣の中に入るってことが、危険だってわからなかったの?」
それは誰でも知っているような常識だった。
どんな術が作動してるかわからないのに、飛び込むなんて馬鹿のする事だ。
「知らないわけないだろうが。でもリサはあいつが酷い目にあったら、自分の事のように悲しむだろ?」
それが嫌だったんだとグエンは口にした。
「リサは魔術兵器が自分のせいでできたと思ってる。それで壊して歩いてるんだってことを、ヤイチから聞いてた。また英霊が召喚されて、魔術兵器になったらリサは自分を責めると思ったんだ」
「馬鹿じゃないの?」
そういえば、グエンは驚いたように目を見開いた。
「それでグエンが酷い目にあったら意味ないでしょ。知らない誰かなんかより、グエンが傷つく方が私はよっぽど嫌なのに!」
カナタには悪いとは思う。
でも、それが本音だった。
ぐっとグエンの服を掴む手が、震えていることが自分でもわかった。
魔力の暴走で、半身が人間でなくなったグエン。
白目の部分が黒く染まって。
苦しそうにうめいている姿を見た時、心臓が止まるかと思った。
また目じりに涙が滲む。
「そうか」
人が怒っているというのに、グエンときたら嬉しそうな顔をしていた。
「大体、グエンは隠し事が多すぎるのよ。なんでポチだってことも、カイルだってことも言ってくれなかったの。どうしてここで私なんかを待ってたの。何で何も知らないふりをしてたの!」
いっきに吐き尽くせば、グエンが落ち着けというように私を抱きしめて背中を撫でてくる。
「人間の姿で初めてあった時、失敗して嫌われたからな。ポチだって言ったところで余計に気味悪がられるだけだと思った」
一つずつ答えていいかと前置きして、グエンはそう口にした。
そういえば最初のグエンの印象は最悪だったなぁと思い出す。
胸をじかに揉まれ、大きい方がいいなどと言われたのだ。
本人に言わせれば胸を揉んだのはつい弾みで、口から出た言葉はとっさの照れ隠しのようなものだったらしい。
「カイルの姿は好かれてるようだったからな。それもオレだってわかって嫌がられるよりは、その姿の時くらい……リサと仲良くしたかったんだ」
ふいっと顔を逸らして、後半は小さな声でグエンは言った。
覗きこむようにして顔を見れば、不機嫌に睨まれる。
「もしかして、グエン照れてるの?」
「……柄じゃないのはわかってんだ。そういう事は気づいても口にすんな」
大きな手で、ぐいっと顔を別の方向へ向かせられる。
「それで、お前が人間の方のオレに慣れてきてくれて、好かれてきたなって思えるようになって。それでちゃんと言えればよかったんだが、今度は人が狼になるってわかってどっちも嫌われたらって思うと、身動きがとれなくなった」
思いのほか弱気な発言に驚く。
普段は豪胆なくせに、どうして私なんかに嫌われることをグエンがここまで恐れるのか理解できなかった。
「あとラザフォード領でお前を待ってたのは、レティシアに渡ってお前を探して歩いてたのに、全く出会えなかったからだ。ここで待ってれば来るとヤイチから聞いていた」
これでいいかというように、グエンは答えた。
「そうじゃなくて。そもそも何で私を待ってたのってことが聞きたいの」
「そんなの、側にいたいと思ったからだ。それ以外に何がある」
私の問いかけに対して、当たり前のことを聞いてどうするというようにグエンが呟く。
「研究所で人間不信になって。オレは自分を狼だと思うようになった。傷ついたオレを手当てして思い切り噛まれたくせに、リサはオレに優しくしてくれた。怯まずになんどもよくなるまで手当てしてくれて。興味を持って近づくうちに、好きになってたんだ」
妙なところで恥ずかしがるくせに、グエンは好きという言葉を普通に口にして、私の方を見た。
「いつだって何かと一人で戦ってて。その凜とした強さに惚れた。背負ってるものの重さを知って、ここでお前と過ごして。どんな女か知るたびに、もっと好きになって行った」
いつものグエンらしくない、そしてついこの間までのグエンがしてくれていたように私の頬に優しく触れてくる。
「その背負っているものをオレにわけて欲しいと思った。でも手を差し伸べたところで、オレの手を取らないことも薄々気づいてた。誰かが嫌な思いするくらいなら、全部自分が背負った方がいい。そういう奴だからなお前は。誰にも弱いところを見せようとしない」
もう一方の手で、グエンの手が私の髪を梳く。
差し込まれたグエンの指が頭皮に触れて、妙にぞくぞくとした感覚が体を走る。
「そういう優しくて強いところが好きで、一番歯がゆかった。苦しいとか辛いとか、オレだけには見せてほしかった」
頬をなでていたグエンの手が、私の耳に触れてくる。
くすぐったいけれど、それだけじゃない感覚。
熱っぽい視線が、私を捉えていた。
ベットの上に押し倒されてキスされるかと思えば、先ほどまで涙が流れていた頬をぺろりと舐められる。
「オレのために泣くってことは、それくらい好きだって自惚れていいか?」
グエンの目には私を求める欲望のようなものがあって、それを必死に抑えているんだってことがわかった。
これは今から始まろうとしてる行為への、了承を尋ねるものだ。
強引に見えるくせに、妙なところで伺いをたててくる。
私の反応を窺ってその答えに期待しながら、同時に断られることに怯えている。
そういうところがたまらなく愛おしいと思った。
グエンの首に手をまわす。
返事の代わりに自分から唇を重ねれば、グエンは驚いた顔をしたけれど、すぐに口付けは深くなっていった。
その日の夜、私はグエンと一緒に寝た。
いつもみたいに健全な意味じゃなくて、そういう意味で。
ちゃんとグエンに、私を全部覚えていて欲しかった。
今度はもう、忘れないくらいに。
卑怯だなと自分で思った。
これから自分はグエンを置いていくつもりでいるのに、グエンには忘れないでいて欲しいなんて。
グエンは何度も私を求めてくれて。
ずっとこうしたかったんだと、口にしてくれた。
「オレが……どれだけ我慢してたと思ってんだ? ずっと好きな女が隣で寝てんのに、何もしないって拷問だろ」
グエンは私が側で寝ていて、我慢できなくなりそうになったら、狼姿で床に寝てたようだ。
思い返せば朝になるとグエンがいなくて、狼のカイルが代わりにそこにいるってことも多かった。
不機嫌な顔でいうグエンがなんだか可愛く見えて、そのシワのよった眉間にキスを落とせば、ぐるりと体制を変えてベッドに押さえつけられた。
「そんな風にされると、我慢がきかなくなるって言ってんだ。もう我慢してやるつもりもないけどな?」
にっと不敵に笑うグエンは、獲物を捕らえた肉食獣を思わせるような光を瞳に宿していて。
「えっと……グエン。できれば優しく」
「あぁオレにすがり付いて泣きたくなるくらい、優しくしてやる」
結局、声が枯れるほどに喘がされて。
次の日は足腰が立たなかった。