【2】私の罪と、その償い
もともと私はニホンという国に住む、普通の高校生だった。
現実世界で嫌なことがあって。
いっそ、誰も私を知らない場所へ行きたい。
そう思っていたら、チューリップを逆さにしたような変な帽子のお兄さんが声をかけてきたのだ。
「君が望む世界へ連れていってあげよう」
お兄さんは私を異世界へ連れて行ってくれると言う。
それならよろしくお願いします。
軽いノリでそう言ったら、懐中時計を手渡されて。
気づいたらこの異世界にいた。
ちなみに、現実世界での嫌な事というのは、今思えばわりとどうでもいい出来事だったりする。
昔からずっと好きだった人がいたのだけれど、その人が姉とくっついた。
それだけの話。
何でも自分でやってしまって可愛げがない私より、女の子らしくて守ってあげたくなる姉の方が彼は好きだった。
そんな小さな事。
でも当時の私にとっては、大きな事だった。
帰りたくないなと思っていた私は、異世界で生活することにした。
元の世界でいうと、ここは中世のヨーロッパに似た雰囲気の世界だった。
便利な事に、ここでの私は歳をとらなかった。
元の世界での時間は止まっていて、好きなときに帰ることもできるのだと私は誰に教えられずとも知っていた。
初めて出会った異世界人は、魔術師の男の人。
彼とその子供である幼い双子の兄妹と一緒に、私は暮らした。
その魔術師の男の人は、魔術を人のために役立てたいと考えている人で、とてもいい人だった。
彼の研究の手伝いをしながら、家事をして双子の面倒を見る。
それはとても充実した日々だった。
しばらくして私は彼に恋をしたけれど、彼の心には亡くなった奥さんがいた。
それに姉の事もあって、恋愛に臆病になっていた当時の私は、彼に気持ちを告げることはなかった。
そんなある日、私達の元に役人がやってきて。
彼は捕らえられてしまった。
当時私がいた魔術大国は、派手な戦争を繰り返していた。
国家に仕え魔術を研究していた彼は、魔術が戦争に利用される事に嫌気がさして、研究所から逃亡していたのだ。
双子を人質に取られ、私と彼は国のために戦争の道具を作った。
各地に建てられた神殿や研究所で、非人道的な実験を繰り返した。
そしてある日、私は知った。
私が彼と研究させられていた人を操る魔術装置。
国の魔術師たちは、それを使って高い魔術の潜在能力を持っていた双子を殺戮兵器へと変えていた。
約束を破った魔術師たちを、私は許せなかった。
そこから私の記憶は一旦途絶えている。
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自我を取り戻した時、私は魔術大国と敵対している隣の国・ウェザリオにいた。
私はどうやらあの後、双子達と同じように、魔術師のいいなりになって魔術を使う人形と成り果てていたらしい。
歳も取らない私は、長い間道具として扱われていたようで、意識を取りもどしたときには数百年の時が流れていた。
魔術師の制御から外れ暴走したわたしは、危うくウェザリオを滅ぼしかけたらしい。
それを誰かが止めて、私を自由にしてくれたようだった。
けれど、正直あまり覚えてなかった。
部分部分ノイズ交じりに思い出せる部分はあったけれど、それはまるで他人の記憶を見ているかのようだった。
ウェザリオに捕虜として捕まった私は、死を望んだ。
私は魔術で、人をいっぱい殺したのだ。
自分の意志じゃなかったけれど、それは事実だ。
自分自身が作り出したモノで、大切な人までを殺戮の道具にして、多くの不幸を生み出してしまった。
謝ったって、足りないほどの罪だ。
なのにウェザリオの軍事責任者は、大罪人である私を死刑にはしてくれなかった。
「死んで償うよりも、生きて償いをしてください。それがあなたを止めてこの世界からいなくなった、私の友からの伝言です」
暴走した私を止めて、正気に戻してくれた人がいて。
その人が、私にそれを望んだらしい。
「だからせめて……生きて苦しんでください」
そう呟いた『彼』は、本当は私を殺したくてしかたなかったんだと思う。
瞳には、抑えきれていない憎しみがあったから。
表向き私は死んだことになっていた。
そうでないと、民から不安の声が上がるからなんだろう。
そんな小細工をせずに死刑にしてくれたらよかったのにと思う。
普通に考えてもこんな危険物を生かしておくメリットは、ウェザリオにない。むしろマイナス要素しかないはずだ。
それを捻じ曲げてまで、生かされている理由がよくわからなかった。
私には監視が付けられた。
逃げ出さないようにというより、勝手に死なないよう見張るための監視役。
捕虜としてはありえないほどの自由を与えられ過ごす日々は、本当に苦痛でしかなかった。
真綿で首をしめられているような、じわじわと炙られているような。
何事もなくただ生きているというだけで、私の心は罪悪感で痛んだ。
この生活は、結構長い間続いた。
自分にできる償いはなんだろう。
そんな事を考えるようになって。
私には、魔術しかとりえがない事に気がついた。
誰かを危険な目に合わせた魔術が、同時に私のとりえで。
それが無ければ、私はただの非力な小娘だった。
このウェザリオという国は、何故か魔力の元となる魔素が極端に少なかった。
魔素を体に取り込んで、魔力に変換して、魔術式にぶち込む。
そうする事で、魔術は発動する仕組みになっていた。
魔術はパソコンのプログラムに似ていた。
魔術言語で魔術式を作り上げ、それに魔力を循環させることで魔術が発動する。
魔力はパソコンを立ち上げる電気のようなものだ。
それでいて魔力は、この世界に漂う魔素を使わないとできない。
簡単に言えば、魔素がなければ、魔力は作れず。
魔力がなければ魔術は発動しない。
つまり、私の魔術スキルはこの国で全く役に立たないということだ。
蓄えられた魔力があればよかったのだけれど、直前に国を滅ぼしかねない魔術を使った私の中に、魔力のカケラは残ってなかった。
ここでの私にできることといえば。
魔術大国との戦争のせいで、孤児になってしまった子たちの面倒を見ることくらいだった。
毎日教会にいって、孤児たちの面倒を見た。
親の敵である事は言わず、子供達に優しく接して。
彼らはよく私に懐いてくれた。
慕われるたびに苦しくなって。この痛みが自分への罰だと思った。
それでも傷つく資格は自分にはないことくらいわかっていたから、彼らのために私は尽くした。
彼らが全員巣立って大人になって。
幸せになったのを見届けてから、私はこの国を出た。
魔術大国に戻って、私のように魔術兵器になっている者を解放し、研究所や神殿を潰して回る事を決めたのだ。
私や、双子たちのような目にあう者をもう出さないために。
孤児たちのような子供を増やさないために。
兵器を作ってしまった私には、それをこの世界から消す責任がある。
そう告げれば、『彼』は私を解放してくれた。
「絶対に何があっても、私以外に殺されないと約束してください。殺す相手はあなた自身ももちろん含まれますよ」
それが『彼』の出した条件。
殺してくれなかったくせに、他の人に私が殺されるのは許せないらしかった。
「わかりました。なら、全て終わったときに、あなたに殺してもらうためにこの国に戻ってきます」
そう言えば、『彼』はそれ以上何も言わずに私を見送ってくれた。