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【18】グエンの探し物

「覚えてませんか、リサ。グエンはあなたが研究所から助け出した犬……もとい狼です」

 狼のカイルがグエンだと判明して後。

 ヤイチ様が二人っきりになって、そんな事を言ってきた。


 グエンの過去を聞いて、もしかしたらと心の隅では思っていた。

 私が研究所から助け心の中でポチと名づけていたあの子犬。

 どうやらあれもグエンだったらしい。


 どんなにまいても着いてきて。

 私に擦り寄ってきたり、まめにプレゼントとしてエサや花を持ってくる子犬。

 子犬と言っても大型犬くらいはあったけれど、あの子がまさかグエンでカイルだったとは。

 狼姿のカイルとは似てるなと感じてたけど、ポチの年齢を考えれば寿命でこの世に居ないだろうとばかり思っていた。



 ヤイチ様によれば、レティシアで破壊活動を行っていた時、実は私には監視が付いていたらしい。

 ずっとというわけではないとヤイチ様は言っていたのだけれど、思い当たるふしはあった。

 その監視から私の行動はヤイチ様へと報告されていたようで。

 さらに言えば、時折レティシアの神殿や研究施設の情報も、間接的に私に届くようにしてくれていたらしい。

 


「あなたは彼を引き離したいようでしたし、勘がよくて監視の者に気づいてしまうので、こちらで引き取ろうという話になりました」

 私にポチを譲ってくれないかと話かけてきた、優しそうな人もヤイチ様の部下だったようだ。

 そうして引き取られたポチは、レティシアからウェザリオに運ばれ、ヤイチ様の元に辿りついたらしい。


「あなたと引き離されて、グエンはかなり荒れてましたよ。折角私が作った犬小屋が五秒とたたずに壊されました。暴れるので牢屋で飼うことにしたんですけど、鍵を開けるため人間体になってまして。それでグエンがラザフォード家の生き残りだと気づいたんですよ」

 ポチもといグエンを私から引き取ったのは、ヤイチ様の差し金だったらしいが、グエンがラザフォード家の跡取りと知ったのは本当に偶然のようだった。


 私とグエンが一緒に行動していたのは十二歳からの約一年。

 それからヤイチ様のところで育ったグエンは、私の元へ戻ろうと脱走を繰り返し、そのたびに連れ戻されていたらしい。


 十五歳になってグエンはレティシアに単身渡り、私を探して大陸中を旅していたみたいだ。

 研究所や神殿に行けば、私と会えるんじゃないかと思ったらしい。

 レティシアの言葉で『狼』という意味の、グエンを名乗るようになったのもこの頃からのようだった。

 けれどグエンは私に会うことができなくて、二十三歳の時にウェザリオに帰ってきたらしい。


「彼女に会いたいなら、ラザフォード騎士団に入りなさいと勧めたんですよ。あそこには神殿がありますからね。険しい場所ですから、あなたは最後にあそこに行くと思いました」

 元々ヤイチ様はグエンを育て、ラザフォード領を納めてもらおうと考えていた。

 私と会いたいという、グエンの目的とも一致すると思っていたらしい。


「じゃあ……グエンは最初から私を知っていて、あの場所でずっと私が来るのを待ってたってことですか」

「えぇ、そうです」

 よくできましたというように、ヤイチ様がにっこりと笑う。


 そんなそぶりなかったから、全然気づかなかった。

 けど、最初からグエンが私を見る目は不思議と優しかったような気がする。

 出会ってすぐに口説いてくるヤツと思っていたけれど、ずっと前から私を知っていて求めてくれたんだとしたら。


 嬉しいと思う自分がいた。

 軽い言動に隠されて気づけずにいたけれど、グエンはどんな風に私を見ていたんだろう。

 とくとくと、心臓がうるさかった。


「でもだったらなんで……ずっと言わなかったんですか。自分が一緒に旅してたポチだって。私グエンが狼のカイルだって事すら教えられてなかった」

 言ってくれれば、もう少しグエンに対する態度だって変わったのに。

 そう呟けば、ヤイチ様は少し考え込むような顔をする。


「これはおそらくですが……グエンはあなたに嫌われるのが怖かったんだと思います。あなたは狼の姿のグエンしか知らないわけですから、実は人間だったと言って受けいれられなかったらと思うと、恐ろしかったんでしょう」

 あれで意外と繊細なところがあるのかもしれませんと、ヤイチ様は呟いた。


 グエンが狼に変身できることを知っているのは、極一部の人に限られるとのことだった。

 ヤイチ様と屋敷の人たち。

 ラザフォード騎士団では、副隊長のみ。

 ちなみに副隊長は、偶然その秘密を知ってしまったため、グエンに弱みを握られ、ラザフォード領に左遷されてあそこにいたらしい。


 副隊長、そんな事情であそこにいたんだ。

 そりゃ胃も痛くなるよねと同情する。


「私は最初グエンからあなたを捕まえたという話を聞いたとき、全て事情を話したものだと思っていました。あの子はずっとあなたを待っていましたからね。たぶん、タイミングを逃してしまったというのもあるんだと思います」

 ヤイチ様に言われて、グエンとカイルが似てると、前にカイルに言ったときの事を思い出す。


 あの時のカイルは妙に緊張していて、同時に何かを期待するような目で私を見ていた気がする。

 それに私は、グエンとカイルが一緒なわけはないとか、そんな事を言った。

 あのせいで余計に言い出し難くなったんじゃないだろうか。



「あの、ヤイチ様。いくつか気になる事があるんですけど」

「何ですか?」

 おずおずと手をあげれば、ヤイチ様が首を傾げる。


「ヤイチ様は私が最後にラザフォード領にくることを見越してたんですよね。でも再会したとき、偶然みたいなこと言ってませんでした?」

「あぁその事ですか。そっちの方が自然でしょう? ずっと監視してたなんて、言うつもりはありませんでしたし」

 私の質問に対して、さらりとヤイチ様が答えた。


「ラザフォード領にあなたが入ると事前に知らせを聞いて、あらかじめ必要となる書類等を用意はしてたんですけどね。そちらに行くのに時間が掛かってしまったのは、実はグエンに追加の書類を頼まれたからなんですよ」

 グエンが追加した書類というのは、ラザフォード領の領主となるための書類だった。

 今まではヤイチ様が代行で領主という扱いになっていたらしい。


「グエンは領主になることに積極的ではなかったのですが、領主になって地位を持った方があなたを支える上で、色々やりやすいと思ったのかもしれません」

 ヤイチ様はグエンのこの行動によって、いずれ私と落ち着くつもりでいるのだと思ったようだった。



 グエンは外掘りから埋めていくつもりだったのかもしれない。

 ずっと私を探していて、待っていて。

 なのにそうやって出会えた私に、何も強制はしてこない。

 好きだなんて口にするし、強引そうに見えるけれど、私が本気で嫌がることをグエンはしなかった。


「抱えきれなくなったら、頼ったっていいんだ。それをずっと待ってるやつがいるってことをちゃんと覚えておけ」

 グエンが前に私に対して言った台詞が、頭のなかにふっと浮かぶ。

 私が自分からグエンを選ぶまで、待っていてくれたのかもしれなかった。


 気持ちを押し付けられれば、きっと私は頑なになって逃げ出していたかもしれない。

 こんな私が人に好かれていいわけがない。

 私は心のどこかでそう思っていて、面倒を見ていた孤児院の子供達が慕ってくれることにも、罪悪感があったから。


 軽いように見えるグエンの言葉は、私に警戒心を抱かせなくて。

 だからつい受け入れていって、気づけばこんなにも、手懐けられてしまっている自分がいた。

 グエンの側の居心地のよさに、私は慣れすぎた。


 ……なんなのよ。そんなの柄じゃないくせに。

 そんな風に優しく見守っていてくれたのかと思うと、胸の奥が苦しくなる。


 甘い疼きと共に心が叫びだす。

 認めたくはなかった。

 もう絶対に、大切な人を作りたくないと思っていたのに。


 ――私は、グエンが好きなんだ。

 それはもう誤魔化しようのない気持ちだった。


「あと、婚姻届もグエンから頼まれた書類の中に入ってましたよ」

 私の反応を楽しむように、ヤイチ様にしては珍しいからかいが含まれる口調でそんな事を言う。


「あなたはもう幸せになっていいんですよ、リサ。過去に囚われるのは愚か者のすることです。きっとグエンなら、あなたのさび付いた時計を壊してくれる」

 ヤイチ様はふんわりと微笑む。

 それを心から望むというように。


 時計を壊すという意味がいまいちよくわからないけれど、何かの比喩表現なんだろう。

 ――グエンと幸せに。

 想像すれば気恥ずかしくて、それでいて悪くないような気がした。


 でも。

 結局は、グエンも私の前からいなくなる。

 寿命が違う。

 永遠に生きる私は、また一人ぼっちになってしまう。


 暗くなった気持ちを隠す。

 その喪失感に、私は耐えられない。

 もうそれくらいに、グエンは私の中で大きな存在になっていることに、気づいてしまった。


 目の前のヤイチ様は、私のこれからの幸せを願ってくれていて。

 嬉しそうな顔で何か話している。


 心臓の音と、時計の秒針の音が耳元でうるさかった。

 ――飛び跳ねるように、不規則な音。

 ヤイチ様の声が遠くて聞こえないけれど、その様子に笑顔で相槌を打つ。


 この人に、私の最後をお願いするのは駄目だと思った。

 約束を破るような人ではないから、殺してはくれるんだろう。

 ――とても、悲しい顔をしながら。


 長い時を生きて背負うものも多いだろうに、ヤイチ様はきっと私を殺した罪も過ごした日々も忘れずに覚えていてくれる。

 義理硬い人だから。


 死んで後も誰かが自分のことを覚えて、大切に思ってくれる。

 それはとても幸せなことだ。

 そんな人たちを悲しませたくないと思うと同時に、そんな風に私を想ってくれる人がいるってことが嬉しい。


 歪んだ喜びだって、わかってはいたけれど。

 最後にこうやって私を想ってくれる人たちに出会えてよかったと思う。


 グエンが戻って、最後の神殿を壊して。

 そしたら、私は――。



「リサ、リサ!」

「? どうかしましたか、ヤイチ様?」

 気づけばヤイチ様が目の前にいて、必死な顔で肩を揺すっていた。


「……驚かさないでください。まるでさっきのあなたは、魔術兵器だったときのように、自分の意志がそこにないみたいで焦りました」

 どうやらまたやってしまったらしい。

 ここ最近は落ち着いていたのに。


「グエンが元に戻るって聞いて気が抜けたのかもしれないです。外で待てしてるグエンが心配なんで、そろそろ行きますね」

 適当に誤魔化して席を立ったけれど。

 ヤイチ様はまだ、心配そうな目で私を見ていた。


「あっそうだ。ヤイチ様もう一つ聞いてもいいですか?」

「なんでしょうか?」

 気になっていたことがまだあったことを思い出す。

 ヤイチ様が首を傾げた。


「私の居場所を把握していたなら、グエンに教えてあげることもできたんじゃないですか?」

「あぁそのことですか。ちゃんとグエンが足手まといにならない実力を着けて後なら、私とあなたが実は知り合いだという事も、居場所も教えてあげてもいいと思っていたんですけどね。その前に逃げ出したものですから」

 私のもっともな質問に、ヤイチ様はそんな風に答えて。

 ふっと笑った。


「私、待てのできない犬にご褒美をあげるほど、優しい飼い主じゃないんです」

 ヤイチ様の笑顔が黒い。

 どうやらグエンが何度も逃げ出したり、家出したことを相当根に持っているようだった。


「……ヤイチ様、性格悪くなりましたね」

 私の知るヤイチ様は、いかにも侍と言った感じで、清廉潔白なイメージだったんだけど。

 色々裏から手をまわしていた事といい、かなりいい性格になっている気がした。


「長く生きて人に揉まれましたからね。少ししたたかになったかもしれません。あなたは変わらず真っ直ぐで、眩しく思いますよ」

 私の言葉に、ふふっと可笑しそうにヤイチ様は笑う。


 少しというレベルじゃない。

 前にはなかった柔らかい雰囲気をまとっているのに、その腹は黒いなんて。

 一番性質が悪いんじゃなかろうかと、そんな事を思った。

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