【14】あっけない戦争の終わり
戦闘描写があります。苦手な人はご注意ください。
部屋に戻って、いつもの服に着替える。
冬用の紺のセーラー服を再現したもの。
相手の魔術師に一目で私とわかってもらって、ビビらせるために作ったトレードマーク。
私の戦闘服であるこれには、対魔術師用の強力な防護陣が刻み込まれていた。
その上からローブを軽く羽織る。
窓の外を見れば、薄っすらと空が明け始めていた。
さっきまで猛吹雪だったのに、この領土は本当に天気が変わりやすい。
外に出れば、グエンの三匹の狼たちが私に近づいてきた。
「お願いがあるの。さっきグエンがやられた場所に、連れて行ってくれる?」
尋ねれば、狼たちは私を恐れるように二・三歩下がる。
自分の中の感覚が、攻撃的に研ぎ澄まされていくのがわかる。
空気中にある魔素が、私のせいでピリピリと震えていた。
それを狼たちは敏感に感じ取っているのだろう。
「お願い。神殿に連れて行って」
意味はちゃんと伝わっているはずだ。
グエンの狼たちのうち、この三匹とカイルだけは確実に言葉を理解している。
三匹の表情はわからなかったけれど、目配せしあい、中々動き出そうとしなかった。
「グエンに止められてるのね?」
その様子でなんとなく感づく。
グエンは私が元魔術兵器で、魔術兵器を破壊して歩いていた事を知っていた。
実は最初の日に、私はグエンにこの領土に神殿があるはずだと尋ねていた。
そしたらグエンは「そんなものは知らねぇな。初耳だ」なんて言っていたけれど。
もしかして、グエンは最初から神殿の場所を知っていたんじゃないのか。
それでいて、狼たちに私がそこへ行かないよう見張らせていた?
なんとなくその予想は間違ってない気がした。
「連れて行きなさい。これは命令よ。あなたたちの主を傷つけたやつを、許す気はないの」
威圧するように言えば、ベンケイが私の元に進み出た。
彼が私を案内してくれるようだ。
ベンケイについていけば、すぐに魔術師の集団に出くわした。
私が神殿に出向くまでもなく、彼らはこの駐屯所まで足を運んできてくれたらしい。
きっと折角呼び出した『英霊』をグエンに攫われて、取り戻しにきたんだろう。
吹雪がやんで朝になったから、駐屯所を探して先見隊を送り込んできたようだ。
リザードが三体。
偵察だけのつもりだからなのか、乗ってるのは騎士だけ。
木の陰に隠れて様子を見れば、リザードの首元に見覚えがあるものを見つけた。
真っ黒な光沢のある首輪。
それは、私が過去に作り出した、自我を消し魔術兵器を作り出すための装置の初期型によく似ていた。
全て消したものと思っていたけれど、研究はまだ生きていて、それを今度は人間以外に活用できるようにしたようだった。
ザクと降り積もった雪を踏んで、彼らの前に姿を現す。
ぎょっとしてこっちを見た時にはもう遅い。
足元に魔術陣を描き、雪の上を滑るように高速で移動する。
すれ違い様にリザードの首輪に触れて、特殊な魔術を叩き込む。
そうすれば、首輪は音を立てて壊れた。
――まずは一体目。
これで、あのリザードは魔術師の言う事を聞かなくなった。
暴れるリザードにしがみつきながら、騎士の姿は森の中へ消えていった。
あと二匹。
魔術で攻撃して首輪を壊すのは簡単だ。けれど、普通に攻撃して首輪を壊すと、装着者が死に至る仕掛けが装置には組み込まれている。
これは対象者が正気に戻って、魔術師を殺さないようにという安全策だ。
だから直接触れて、あの装置を止める術を叩き込む必要がある。作り出した私にはそれが可能だった。
面倒だ。
本当なら、魔術を使って一瞬で彼らを消す事ができるのに。
そう思いながらも、彼らの攻撃を避けながら一体ずつしとめていく。
敵の騎士の命なんてどうでもよかったけれど、私が作り出したもので操られている以上、リザードも救うべき対象だった。
残った騎士達はその場で首だけ残して氷付けにし、リザードは解放する。
この領土内にリザードはいないので、生態系を壊してしまうかもしれないが、それは今考えるべきことじゃなかった。
●●●●●●●●●●●●●
ベンケイが案内してくれた場所には、大きな岩壁があった。
城よりも駐屯地に近く、それほど離れていない。
何回か通ったことはあったけれど、今までみたことない出入り口が岩壁にぽっかりと出現していた。
どうやら魔術か何かで入り口が隠されていたらしい。
その出入り口へ行くまでの道に、魔術師らしいローブを着た死体が転がっていた。
きっとこれはグエンがやったのだろう。
奥へ行こうかと思ったときベンケイが吼えて、後ろを振り返る。
木の影から出てきた騎士が、私に襲い掛かってきていた。
振り向き様に後ろへと飛びはね、炎の魔術をお見舞いしてやる。
同時に肉を切り裂く音がして、騎士が倒れた。
「……ヴィルト、クライス」
「姐さん危険です。隊長がやられて悔しいのはわかりますが、戻ってください」
「そうですよ、リサさん」
倒れた騎士の後ろには、ヴィルトとクライスがいた。
その横には、狼のコジロウ。
私と仲がよい二人をここまで呼んできて、説得して貰おうとでも思ったのかもしれない。
「お願いだから、邪魔しないで。行かせて」
「駄目です。リサさんが腕利きの魔術師だという事は知ってます。ですが、相手は大勢で、戦闘に長けた騎士や魔術師です。勝てるわけがない」
私の言葉に、クライスが断固とした口調でそんな事を言う。
言い争うのも面倒だと思った。
二人に背を向けて、神殿の中に入っていく。
「待ってください、リサさん!」
腕を掴んでこようとしたクライスを、風の魔術で吹き飛ばす。背中を木にぶつけたクライスの上に、枝に乗っていた重たい雪が落ちて姿が見えなくなった。
「邪魔するなら容赦しない。で、ヴィルトも私の邪魔するの?」
冷ややかな目で見つめて、右手を翳してポーズをとって見せれば、ヴィルトは逡巡した後で小さく首を横に振った。
「俺もお供します。姐さん」
それから決意を固めたように、真っ直ぐに私を見つめてくる。
「なんでそうなるの。黙って見逃してくれればそれでいいわ」
「大切な人が傷つけられたら、俺だって冷静じゃいられない。姐さんの気持ちわかりますから」
ヴィルトはそう言って、私の前を歩いていく。
どうやら本気のようだ。
「あんたも後で怒られるわよ。わかってんの?」
「それならそれでいいじゃないですか。元気になった隊長に叱られましょう」
私の言葉に振り返って、ヴィルトが悪戯坊主のような顔でにっと笑う。
こういう無茶を楽しんでいるかのような雰囲気があって、きっと小さい頃は悪ガキだったんだろうなと簡単に想像できた。
好きな人のために、こんな辺境の地まで自分からやってくるくらいだ。それは今も全く変わってないと言えた。
きっと彼の恋人は、いつだってこんなヴィルトが心配で仕方ないんじゃないだろうか。苦労してそうだなと、ちょっと同情する。
「出番はないと思うけどね」
「ちょっとくらいは役に立って見せます」
横に並んで歩いた私に、ヴィルトが歩幅を合わせる。
岩場の入り口にいた魔術師が、私たちに気づいた。
詠唱をしようとした瞬間に、全身を氷付けにする。
彫刻が一つ完成だ。
剣を抜いて構えていたヴィルトが、少しあっけにとられたような顔をしていた。
入り口から中に入る。
地下へと降りていく階段。
その先には広間のような場所があり、床と天井に巨大な魔術陣が施されていた。
中にはまだ数人の魔術師と騎士がいた。
「こいつ、黒の十三番だ!」
魔術師のうち一人が怯えた声で私の通り名を叫ぶ。まだ攻撃らしい攻撃は何もしてないというのに。
入口には私たちがいるから、敵は逃げだせない。袋のネズミとはこのことだ。
一瞬にして全員氷付けにする。
炎や電撃の魔術と違い、焦げた匂いもなく、氷の魔術は好きだ。
「……すげぇ」
私の術を見たヴィルトが驚いた声を出す。
それに構わず、私は神殿に施された魔術陣を観察した。
何度も見てきた魔術陣。やっぱりこれは、『英霊』を呼び出すための神殿で間違いないようだった。
神殿は、元々魔素を魔力に変えて蓄積する装置だ。
魔術師だけで補えない魔力を溜め込み、大きな魔術を使う際に神殿は用いられる。
ここにはもう、溜め込まれた魔力はなかった。
自然に魔力が溜まるまで、百年といったところか。
なら、今は放っておいても問題はない。
それよりも、敵の大将に用があった。
ここにいないなら、城にいるだろう。
気持ちが急く。
早く行きたいのに、徒歩だと遅い。
魔術陣を足元に展開し続けて、雪の上を高速で移動し続けるのもありだったが、できれば魔力は奴らにぶつけるため温存しておきたかった。
そう思いながら神殿を出れば、岩場の影に繋がれたリザードを見つけた。
彼らは私達の姿を見つけても攻撃はしてこない。
首輪に触れる。その中に組み込まれた魔術陣を解析している暇はなかったけれど、私が作り出したやつよりも、大分劣化しているように感じられた。
特定の魔術師の細かな命令に従う形式ではなく、気性が大人しくなり人間に従うくらいの効果しかなさそうだ。
つまり、誰が乗っても問題ない。
ヴィルトに手綱を任せリザードに乗る。
城へと出向く途中で、ベンケイがこっちだと私達を導き始めた。
その先に……敵の本隊と思わしき集団がいた。
●●●●●●●●●●●●●
一瞬で全てのリザードの足元を凍りつかせる。
そうすれば敵の隊は乱れ、リザードから落ちた。
そこに奇襲をかける。
わざと派手な奴を使って、恐怖を植えつけて。
魔術師に詠唱させる暇なんて与えてやらない。
戸惑っている彼らに、圧倒的な魔術を見せ付けてやる。
術の速さ、正確さ。圧倒的な火力と、複雑で緻密な技。
格の違いを見せ付けて、心を叩き折る。
二度と歯向かう気が起きないくらいに。
逃げるやつも許してなんかやらない。
すれ違い様にその体に直接術を叩き込む。
生き物に魔術を直接使うべきではないと思う。
けれど、彼らはグエンをあんな目にあわせたのだ。その報復くらいはさせてもらう。
その脳内に、魔術で一方的に悪夢を送り込む。
魔術兵器にされ、大切な人たちを殺して。街を一つ滅ぼし、自我を取り戻して、罪に苛まれるまでがセット。
彼らがこれから作り出そうとしていたモノ。
魔術兵器たちが味わってきた苦しみ。
それがどんなものか、自分自身で味わえばいいと思った。
●●●●●●●●●●●●●
リザードがなければ、全く骨のない奴らだった。
術を作動させる私をヴィルトが守り、後からコジロウと一緒に合流してきたクライスもそれに加わった。
必要だったかといえば、いなくても問題はなかったけれど。
二人のお陰で、私には傷一つなかった。
「おっかないですね、リサさん。これほど大きな隊を一人で潰してしまうなんて」
クライスが刀についた血を布で拭いて、しまいながら話しかけてくる。
雪の上に倒れこむ騎士や魔術師は、恐怖から目をむいていたり、のたうちまわっていた。
「手加減はしたわ。だから彼らまだほとんど生きてるじゃない」
「これで手加減したんだ……姐さんがいれば、騎士団いらないな」
ヴィルトはなんとも言えない表情で呟く。
実際、私が出ればこんなあっさりと片付いてしまったのだから、しかたのないことだった。
「それで姐さん。こいつどうするよ?」
「ひぃっ!」
首から下が氷付けになった男の鼻先に、ヴィルトが剣を突きつける。
彼がこの戦争の首謀者。
聞けばレティシアの第八王子のようだった。
レティシアでは今、跡目争いが過熱しているようだ。
次の王に指名してもらおうと、王子達が武勲をあげようとやっきになっており、第八王子はラザフォード領の奪還と、魔術兵器の復活を王に捧げようと思っていたらしい。
こいつが戦争なんかするから、グエンは傷ついた。
そう思っていたのに、怯えている彼を見れば、それは違うような気がしてきた。
グエンは元々騎士だ。
何もこいつが仕掛けなくても、グエンは他の戦いに出向いていくだけだ。
できることがあってグエンを守れる力があったのに、何もしないでいた自分が、私は許せなかったんだと気づく。
「……手柄は二人にあげるわ。ヤイチ様に戦争に手出ししないよう言われてるしね」
そう言って、ヴィルトとクライスにその場を預けて、リザードに乗る。
たぶんヤイチ様にバレはするだろうけど、シラを切るだけの話だ。
あの人だって、本当は戦争が早く終わることを望んでいたし、そのてっとり早い手段が私を差し向けることだと気づいていたはずだ。
けどそれをしなかったのは、私を戦争に参加させたくなかったからだろう。
彼にとって国が一番大切なのだから、なんでも利用できるものは利用すればいいのに。
昔から清廉潔白で、そういうところは変わっていないように思えた。
敵に容赦はないくせに、卑怯な手は使いたがらない。
そしてあの人は、一度懐に入れた人に対してとことん甘いようだ。
国の安全と天秤にかけて私みたいなものを選ぶあたり、彼は国の上に立つには優しすぎる気がした。
3/16 誤字修正しました。