【13】長引く戦争
すいません。スマホからだったので、少し投稿失敗して14話の内容が出ていました。
戦争はなかなか終わらなくて。
ヴィルトやクライスが来てから、かなりの時間が経とうとしていた。
戦況は相手に有利な状態だった。
こちらには地の利があったけれど、リザードで動き回られると仕留め辛かった。
加えて、ウェザリオには魔術師が少ない。
レティシアを挟んで向こう側の同盟国へと留学を支援して、魔術師を育成してはいるものの、その成果はあまりあがってないようだった。
こちらは疲弊しているのに対して、あちらはリザードを使っているせいか、余裕が見られる。
なのに、城を手にいれてからは、あまりレティシア側からこちらへ攻めてくることはなかった。
今なら攻め落とし、領土を手中にできるはずなのに、それをしない。
妙だなとは思っていたのだけれど、どうやら連中は何かを探しているような動きを見せていた。
私の頭に思い浮かんだのは、神殿の事。
現実世界から、こちらへ人を引き込み自我のない魔術兵器へと変える装置。
研究施設も全て潰し、神殿も潰し。
資料も何もかも、時間をかけて全て消した。
魔術陣を再現できるものも、神殿を作れるものも今やいない。
――ここに残る最後の神殿を、レティシアも本腰を入れて狙ってきたんじゃないだろうか。
それは確信に近い思いだった。
こう時間がかかっているところを見ると、彼らも正確な場所を知らないんだろう。
私が自我を取り戻したときには、すでにラザフォード領はウェザリオの領土だった。
あいつらの手に渡る前に、破壊しなきゃ。
そう思うのだけれど、食事の世話や大量の洗濯物をほぼ一人で捌いていたのに加え、怪我人の看病や治療の手伝いに追われ。
神殿を探しに行こうにも、そんな暇はなかった。
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ある夜のこと。
今から寝ようとしていたら、外から狼の遠吠えが聞こえた。
たぶんこれはムサシの声だ。
ここで四年狼と暮らしてきて、仲のよい四匹の声だけは聞き分けられるようになっていた。
その遠吠えを聞いて、慌てた様子でグエンがベッドから身を起こす。
クローゼットから背中に斜め掛けするタイプの変わった鞄をとりだし、ローブをまとって部屋から出ようした。
「どうしたの、グエン?」
「……ちょっと野暮用だ。朝までには戻る」
グエンの声は固かった。
鎧を着ていかないことから考えると、戦闘とかではないんだろうけど、妙に胸騒ぎがした。
心配になって、玄関近くの二階へ繋がる階段に腰掛けて、グエンの帰りを待つ。
深夜になってもグエンは帰ってこなくて、せめて副隊長にグエンがどこに行ったか聞こうと思った。
部屋をノックすれば、幽霊のようにぬぼーっと副隊長がドアの隙間から顔を出す。
「何か御用ですか」
「グエンがさっき出かけていったと思うんだけど、どこに行ったのか知りたくて」
「……隊長が? そういう報告は受けてませんが」
私の言葉に、副隊長が首を傾げる。
実はうちの副隊長はあまり強くない。
そのかわり、騎士団の雑務的書類仕事や管理を一人で担っている。
みんなが外に行っている間、本拠地を守るのも副隊長の仕事の一つで。どこかに行くときはかならず、彼に言うきまりがあった。
「……隊長はバックやローブを持ってませんでしたか?」
頷けば、副隊長が胃を抑えて前かがみになった。
「あぁまたあの人は勝手なことを。これは給料を大幅アップしてもらわないとわりにあいません……」
呟いて副隊長は、腕のいい数人の騎士を連れ外へと出て行った。
けれど、副隊長たちはすぐに帰ってきた。
変わり果てた姿になった、グエンを連れて。
騎士たちに肩を担がれているグエンは、血まみれで。
腕や顔に血管が浮き出て、その半身には獣のように白い毛が生えていた。爪は肉を切り裂けそうなほどに尖り、荒く息を吐いている。
その姿を見て、私はグエンに何があったのかを悟った。
「グエン!」
近づいてグエンに触れる。
グエンはこちらの声に反応しない。
それに構わず、グエンの目をこじ開ける。白目部分は真っ黒に染まり、瞳が赤く輝いていた。
――これは、魔力過多の症状だ。
生き物の体内には、魔力を許容できる器がある。
その器以上に魔力を体内に蓄積すると、精神が崩壊したり、体が変質して化け物になったりする。そして最終的には、死ぬ。
魔術師は体内で意図的に魔力を作り出すことができる。
けど、それでも魔力過多になることはない。
自分の器以上に魔力は作り出せないからだ。
ちなみに、電撃や炎の魔術を受けても、魔力過多になることはない。
魔力過多が起きるのは、その身に直接魔力を叩き込まれた時。
例えば、人体に直接作用する術を刻まれ、魔力が許容範囲を超してしまったりとかだ。
つまり、グエンは魔術を直接、体に刻み込まれてしまったらしかった。
生き物に魔術を使うべきじゃない。
実は、私がそう思うのは、これが一番の理由。
研究所で過剰な魔術をその身に叩き込まれた実験動物たちを、私は何度も見てきた。
騎士達がグエンを医務室へと運んでいく。
その姿を見送りながら、私は立ち尽くしていた。
グエンから感じた、魔力。
魔術師なら耐えられる量だったけれど、グエンはそうじゃない。
相当量の魔力がグエンの中で暴れていた。
このままじゃ、グエンは廃人になるか化け物になるか。
最悪死んでしまう。
心の奥が重くなって、目の前が白く霞む。
嫌だと思った。
今まで別れを経験した事がないわけじゃない。
仲が良かった騎士がいなくなるのも、ちゃんと受け入れていた私なのに。
グエンがいなくなると思うと、絶望にも似た思いがこみ上げてきて。
今までどうやって立っていたのかと思うほどに、足元がぐらつくのを感じた。
カタンと音がして、また入り口から騎士達がやってきた。
彼の背には、高校生くらいのニホン人と思われる少年。
髪は金髪に染めていてピアスをした不良っぽい子で、意識はないようだった。
「その子は?」
「狼たちが隊長と一緒に連れてきた」
尋ねれば騎士の一人が答える。
怒りがふつふつと心の奥から湧き上がるのがわかった。
とうとう魔術師たちは、神殿を見つけて。
また『英霊』と称して、異世界からこの少年を召喚したのだ。
きっとグエンは狼たちからのメッセージでそれに気づいて、少年を助け出そうとして。
それで過剰な魔力を帯びてしまったんだろう。
こんなところで、ぼーっとしてる場合じゃなかった。
急いで医務室に走る。
そこでは医者二人が、グエンの手当てを行っていた。
包帯を巻かれたグエンは痛々しくて。
何よりも人間のものでなくなってしまった右手に、胸が苦しくなる。
「体の傷も酷いけど、相当量の魔力を直接体に取り込んじゃってるネ。体内に毒素みたいに回っていて、それが隊長を蝕んでいルヨ」
少し魔術の知識もあるアーデルハイトさんが、私に向かって呟く。
「君なら、どうにかできるんじゃないノ?」
「……少しグエンと二人っきりにしてもらえませんか」
私の言葉に、二人が部屋を出て行く。
大きく深呼吸してから、私は服を脱いで。
それからベットに横たわるグエンを抱きしめた。
魔力は体を巡っている。
体の中を管が通って、円になるように循環するイメージで。
私の体の延長にグエンがあると意識して、その魔力に波長を合わせ、こちらへと呼び込んでいく。
本来、魔力というのは貸し与えたりできるものじゃないし、人それぞれ質が違う。
波長を合わせるということは困難に近い。
それに、なにより術を介さない純粋な魔力のやり取りは危険とされていた。
何も守るものがない、まっさらな精神のまま、相手と意識化で繋がることが必要とされるからだ。
お互いに心を許してないと、できない行為。
そこで失敗してしまえば精神をやられる可能性がある。
前に一度、私はこれをやってもらったことがあった。
ウェザリオを滅ぼしかけたとき、この国の宰相に。
自分の中に誰かが違和感無く入ってきて。
優しくて包み込まれるような温かさを感じた。
あの時のことを思い出しながら、目を閉じてグエンの音を聞く。
リラックスしてグエンに全てを包み込むように。グエン自体が体の一部であるように想像しながら、魔力を二人の間で循環させる。
それは、思いのほか容易くできた。
まるで最初からグエンと私が一つだったかのように、その魔力がこちらへと流れ込んでくる。
何の抵抗もなく。
成功したということは、グエンが私に心を許しきってるということに他ならなくて。
信頼されていると思えば心が満たされていくのを感じた。
しばらくしてから、薄っすらと目をあければ、そこには安らかな寝息を立てるグエンの姿があって。
獣化していた半身も、人間のそれに戻っていた。
「よかった……」
嬉しくてぎゅっとグエンに縋りつく。
グエンの容態は落ち着いていたけれど、元々の怪我が酷かったので引き続き注意が必要とのことだった。
それに過剰な魔力が取り除けても、グエンにかけられた術は残ったままの可能性が高い。
けれど、これでちょっとは安心だ。
だからといって。
――グエンをこんな目にあわせた奴らを、許せるはずがないのだけれど。
頭は冷静なのに、どこか熱を持っていて。
私を怒らせたことを、後悔させてやると思った。
2015/1/14 ヴィルトやクライスが来て半年という表記を消して、曖昧に濁しました。