【12】嫉妬とダンスと
ヴィルトは王の騎士になりたいらしく、功績を上げるにはもってこいなラザフォード騎士団に興味を持っているようだった。
魔物に、敵国の侵略。
危険で命の保障もできないような場所だから、こういう若者がくるところじゃない。
そう説得したけれどその決意は固いようで。
学校を卒業したらラザフォード騎士団に入りたいと申請しているようだった。
聞けば、どうしても好きな人のために王の騎士になりたいらしい。
若いなぁ。青春だねと思う。
けど、こういう真っ直ぐで綺麗な子がくるような場所ではない。
血生臭い戦いをこの子は知らないから、こんなキラキラした目でラザフォード騎士団に入りたいなんて言えるのだ。
できることなら、彼のような子には純粋なまま、汚いものを見て傷つくこともなく生きて欲しいと思う。
トイレに行くとアカネが席を立って、ヴィルトと二人っきりになる。
「リサがいるなら心強いや。ラザフォード領に配属になった時は、よろしくな!」
にっとヴィルトが笑って手を差し出してきて、その手を取ろうとしたら、ドンとテーブルを叩く音で遮られた。
「……グエン?」
音のする方を見れば、アカネがいた場所にいつの間にかグエンが立っていた。
「人が急いで仕事切り上げてきてみれば、こんな場所で男と逢引か?」
グエンは相当に苛立った様子だ。
その人相がいつもの三倍は悪い。
「逢引ってあんたね。ただ一緒にご飯食べてただけでしょうが」
そもそも、なんでそんな浮気を問い詰めるような言い方なのか。
付き合ってすらいないというのに。
呆れた視線を送るけれど、グエンはそれを気にすることもなくアカネが座ってた席に座った。
「それでお前誰だ。何でオレのリサを呼び捨てにしてる?」
「いや、私あんたのじゃないから。ヴィルトがビックリしてるから、凄むのやめなさいよね」
ヴィルトに対して視線で威圧するグエンをたしなめる。
いつもなら悪戯っぽい笑みを浮かべ、からかいくらいは入れてきそうなものなのに、妙に余裕がないように見えた。
まるで嫉妬してるみたいだと一瞬思って、その考えを打ち消す。
――それだと、まるでグエンが本気で私のことを好きみたいじゃないか。
そんなことあるはずないのに。
互いに紹介してやれば、グエンがラザフォード騎士団の隊長と知ったヴィルトは緊張した面持ちになった。
いきなりその場で面接のような探りが始まる。
トイレから帰ってきたアカネが戸惑っていたので、私の隣に他のテーブルから椅子を持ってきて座ってもらった。
「話はわかった。オレからヤイチにも言っといてやる」
「ありがとうございます!」
どうやら話はまとまったらしい。
アカネと一緒に静かに傍観していたのだけど、ヴィルトの熱意は相当なもので、こちらにも伝わってきた。
「ただな」
一旦グエンが言葉を切って、私の後ろにまわる。
何をするのかと思えば、後ろから抱きしめられた。
「リサを呼び捨てにしていいのはオレだけだ。そこのところはちゃんとわきまえろよ?」
「はい、わかりました!」
グエンのたわごとに、ヴィルトがいい返事をして。
「あんたね、いい加減にしなさいよ! そういう事したら、ヴィルトが勘違いしちゃうでしょうが!」
とりあえずグエンの顎めがけて拳を放ってみたものの、避けられてしまう。
外だから派手に魔術を撃ちだすわけにもいかず。
手だけでグエンと応酬を繰り返していたら、折角仲良くなったヴィルトの私に対する態度が、うちの騎士団の奴らとそう変わらないものになってしまった。
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式典当日。
「さぁ、お手をどうぞお嬢様?」
「ありがとうグエン」
芝居がかった動作で手を差し出され、その上に手を重ねる。
きちんと髪を撫で付けて、身なりを整えたグエンは悔しいけれどかなり男前だった。
そういうちゃんとした格好も似合うじゃないかと思ったけど、口には出さない。
エスコートを買って出ただけあって、グエンは大分様になっていた。
言葉遣いだっていつもより品がある。
式典の挨拶も朗々とした声で、しっかりとこなしていた。色んな人に話しかけられては、それに対して愛想よく丁寧に返す。
これ誰なのと戸惑うほどだ。
「グエンって、そういう事器用にできる人だったのね」
「なんだそのやれば出来る子みたいな言い方は。素直に褒めろ」
少し休憩がてら食事を摘めば、グエンが不満そうに呟く。
「……まぁ、格好よかった」
小さく聞こえるか聞こえないか程度に、ぼそぼそと口にすれば、グエンが顔を覗き込んできた。
「もう少し大きな声で言ってくれ。聞こえなかった」
にやにやと笑いながら言ってくる。
この顔は絶対聞こえていたはずだ。
「っ……! 格好良かったって言ったのっ!」
「そっか」
自棄になってそういえば、思いのほか嬉しそうな顔をされる。
まるで、子供みたいに微笑まれて、とくとくと胸の奥が音を立てる。
雰囲気とか、服装がいつもと違うから、ギャップに惑わされてるのよ私。
そう言い聞かせるのに、胸の奥が騒がしい。
戸惑っていたら、ぐっと手袋をした手をつかまれた。
「ほら、ダンスがはじまるぜ?」
誘われるままに、グエンと踊る。
グエンはリードが上手かった。踊りなれているという感じがする。
「ダンスなんて踊れたのね」
「まぁな」
そういうのが得意なようには見えないけど、グエンはいつだって何もかもさらりとスマートにこなしてしまう。
グエンと一緒にいると、肩肘を張らないで自然体でいられる。
気遣ってくれてるようには見えないのに、必要なときに手を差し伸べてくれるから、安心していられる。
こうやってグエンの腕の中にいると、妙に落ち着く自分がいた。
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レティシアとの戦争に勝利して、しばらくは平和だった。
けれど、相変わらず神殿は見つからなかった。
カイルと一緒に、少し遠くにある森まで遊びに行って、一人と一匹で野宿してみたり。
騎士団のメンバーとお花見に行って、街の人たちに怖がれたこともあった。
グエンとは街によく買い物に行くようになって、相変わらずやりあいはするけれど、ベッドの仕切りはなくなった。
そんな風に、結構楽しくすごしていた、ラザフォード領での生活三年目。
ある日突然、レティシアが攻めてきた。
しかもいつものような少数ではなく、多勢で。
彼らは気性が荒く、人間に懐くことなんて無いはずの魔物『リザード』に騎乗していた。
大きさは馬くらい。しっかりした脚を持つ、二足歩行の巨大トカゲ。
その俊敏な動きに、騎士団は翻弄された。
足場が悪く、馬も馬車も役に立たないこの地だったけれど、リザードの鍛え抜かれた脚には関係ないようだった。
その背には騎士と魔術師がセットで乗っていて。
騎士がリザード操縦しながら詠唱中の魔術師を守り、魔術師はその間に術を完成させるというようなコンビネーションが成立していた。
彼らはリザードをつかって資材を運び込み、ラザフォード領内に拠点を構えたようだった。
そのおかげで、普段なら短期間で帰っていく魔術師たちが、ひっきりなしに襲ってくるようになった。
レティシアはわりと頻繁に攻めてくるものの、毎回規模は小さいことが多い。
だからラザフォード騎士団も、それに対応できる程度の少数精鋭だった。
後ろに控える領土から応援が来てくれたけれど、それでも足りなくて、結局城を明け渡すことになってしまった。
過去に使っていた、騎士達の駐屯所。
そこに移動したものの、レティシアの軍勢はどんどん勢いを増して行って。
王都から追加の騎士が派遣されてきた。
それでも戦争は長引いて。
どんどん顔見知りの騎士たちが怪我をしたり、命を落としたりしていく。
私は皆のご飯の他に、治療も手伝った。
とはいっても、魔術でやることは止血程度なのだけれど。
それよりも、いっそ自分が出て全て片付けてしまおうか。
何度もそう思った。
けど、そうすれば皆に元魔術兵器だということがばれてしまうかもしれない。
『戦うことは騎士の仕事であり、あなたの仕事は別にあるはずです』
この戦争が始まって劣勢になった際。
ヤイチ様から絶対に手は出さないようにと、私宛の手紙がニホン語で来ていた。
そんなことはわかっていたけれど、もどかしくてしかたなかった。
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レティシアとの戦争が始まって一年。
「ヴィルトは菜園から野菜取ってきて! クライス、卵を割り終えたら、ひつじ豚を捌いて!」
食事当番は、今では新入りの仕事と決まっていて、王都からやってきた二人の男の子が私の下に着いた。
一人は王都に行った時に知り合った、ヴィルト。
最年少の十八歳。
前に出会った時より、背が伸びて筋肉がついて。男らしい精悍な顔つきになっていたけれど、若いからか腰回りの筋肉がまだついてない。
明るくて、真っ直ぐなところは変わってないようだった。
もう一人はクライス。見た目の年齢はヴィルトとそう変わらなく見えるが、実は二十代中盤でかなりの童顔。
黒髪黒目で私と同じ異世界から来たニホン人に見えるけれど、そうではないらしい。
先祖にトキビトがいて先祖返りのため、こういう見た目をしているとのことだった。
こっちはヴィルトとは正反対で、真面目そうなタイプだった。
新入りは雑用が多い。
普段の戦闘プラス雑用。
とんでもない重労働なのに、二人はそれをちゃんとこなしていた。
疲れてはいる様子なのだけれど、互いにライバル心があるらしく、こいつには負けてられないという雰囲気がある。
二人は騎士学校で同期だったらしく、戦闘に参加するのも初めてだったようだ。
血生臭い現場に、最初は二人とも着いていけてないようだった。
特にクライス。
二週間くらい、ご飯も喉を通らない様子で吐いてばかりいた。
戦闘から外され、ずっと私の手伝いをしていたのだけれど、今ではふっきれたようで戦場でも活躍を見せているようだ。
王都から来た追加の騎士たちのほとんどは、強制的な義務による収集だ。
各隊からランダムに選ばれて、ここに来ている。
希望してきている奴もいるけれど、それはごく一部。
この二人は、そのごく一部の人間だった。
二人とも目的は一緒で、王の騎士になること。
そのために武勲をあげる為にここにいた。
この若さで、どうして死に急ぐんだろうという感想しか私には出てこない。
どちらも貴族の息子で、何もしなくてもそれなりの地位につけるし、時間をかければ王の騎士にだっていつかは成れるだろう。
それだけの素質もちゃんと持ち合わせている。
どこにも行き場がなくて、ここにたどり着いたラザフォード騎士団の連中とは違い、彼らは将来有望な若者だった。
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帰ってきた騎士団を出迎える。
魔物が増えるため、基本的に夜は休戦だ。
「おかえり、グエン」
「あぁただいま」
疲れた様子で、グエンがすれ違いざま私の頭をポンと叩いていく。
今日もちゃんと帰ってきてくれたとほっとしていたら、騒がしく口げんかをしながらヴィルトとクライスがやってきた。
「ヴィルト。何故作戦通りに動かなかった」
「あぁ? どこかの馬鹿が後ろ取られてたから助けに行ってやったんだろうが」
「あんなの一人でどうにかできた。余計なお世話だ」
二人はいつもこんな調子で、よく飽きないなぁと思う。
「ふたりともまた喧嘩?」
「別に喧嘩なんてしてないですよ、リサさん。ただこいつが役に立たないだけで」
「クライス、お前な。なんで毎回そう俺につっかかってくるんだ!」
尋ねれば、またにらみ合いが始まる。
一見ヴィルトの方が喧嘩っ早く見えるのだけれど、どちらかというとクライスの方がいつもヴィルトに絡んでる感じだった。
クライスは基本的に礼儀正しくて、手伝いもよくしてくれるし、とても気が利く良い青年だ。
なにより、ここにいる騎士たちの中で、唯一私のことをリサさんと呼んでくれる。
そんな彼なのだけれど、ヴィルトに対してだけは、どうしてか棘のある態度をとるのだ。
一度その理由を、クライス本人に聞いたことがある。
そしたら、気に入らない理由を長々と話してくれたけれど。
最終的にまとめると、妹がヴィルトに惚れてるのが気に入らないの一言に尽きるようだった。
つまりは、重度のシスコン。
女の子たちが放っておかないような、甘いマスクをしているのにもかかわらず、ヴィルトに聞けば、浮いた噂のひとつもないらしい。
騎士学校にいる時には、毎日妹に迎えにきてもらっていたのだとか。
ちなみに、クライスの妹は凄く美人らしい。
ヴィルトは全く興味なさそうに、そう教えてくれた。
そもそもヴィルトには結婚の約束をしている彼女がいる。その子が結婚するなら王の騎士がいいと言ったから、ここにいるのだ。
クライスの妹であるベアトリーチェなんて、はっきり言って眼中にない。
なのにクライスが毎回ヴィルトに食って掛かるのは、単にソリが合わないからなのかもしれなかった。