【11】パーティにはドレスを
城では戦争での勝利を記念して、パーティが開かれるらしい。
「行きたくない。そういうの柄じゃないし、そんなパーティ行ったことないもの」
「今回の功労者であるお前が、出席拒否なんてできるわけないだろ。もうドレスも準備しておいたし、心配しなくてもオレがエスコートしてやる」
駄々をこねた私に、グエンがそんな事を言う。
「エスコートって、グエンが?」
「なんだその不満そうな顔は」
「いや、エスコートなんて柄じゃないよねって思っただけ」
素直にそういえば、グエンは不敵に笑った。
「エスコートくらいできる」
なにやら自信があるようすで、意外に思う。
「ふーんそれじゃあ、素敵なエスコートを楽しみにしてる」
「あぁ問題ない。それよりもお前の方はどうなんだ? ダンスは必須だが、踊れるんだろうな?」
げっと口に出せば、やっぱりというようにグエンは肩を竦めた。
「淑女らしくボロがでないように振舞えよ? じゃないと、エスコートする側のオレまで恥をかくことになるからな」
馬鹿にしたような口調。
そんな風に言われてしまうと、意地でも完璧に振舞ってやろうじゃないかという気になってくる。
「グエンに心配されなくても、最初から淑女だから。何の心配もいらないわよ」
「ははっ、本当リサは面白いな! オレの知ってる淑女って奴は、強面の騎士共相手に啖呵切ったり、ぶっ飛ばしたりしないんだけどな!」
強がった私に、グエンが爆笑しだしたので、脛を思いっきり蹴ってやった。
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その日の夜、グエンの選んだというドレスを試着させられた。
柔らかな生地のチャイナドレス。肩が丸出しのタイプで、かなり大胆なスリットが入っていて、足が見える。
加えて背中が大きく開いているデザインになっていて、見る分にはとてもセクシーで可愛い服だ。見る分には。
胸元にある番号をドレスがうまく隠してくれてはいたけれど、これはかなり恥ずかしい。
一体どこで手に入れたんだと問い詰めれば、ヤイチさん御用達の、王都近くにあるトキビトが経営する服屋で手に入れてきたようだった。
「これを私が着て行けるわけないでしょ!」
こういうのは美人でプロポーションのいい、大人の女性が着るものだ。
赤くなって怒鳴れば、グエンは黙ったまま私を見ていた。
「……」
近づいてきて、まじまじと色んな角度から私を見る。
その視線に、私は自分の体を抱きしめた。
「なっ、なによ。何か言いたいことあるなら言いなさいよ!」
「よく似合ってる」
きっと睨みながら言えば、グエンは満足気に微笑んで呟いた。
いつもの悪意ある微笑みじゃなかったせいもあって、一瞬意味が飲み込めなかった。
悔しいことに、その言葉が嬉しい自分がいた。
鏡の前に立たされた私の背中に、グエンが回りこむ。
私の丸出しの肩を掴み、アップに結われて丸出しになった私のうなじを、下から上になぞるように舐めてくる。
「んぁっ!」
ぞくっとして変な声が口から出る。
「お前背中綺麗だよな。足も少しむちっとしててオレ好み。なんでいつも隠してるんだ?」
私の体を自らの胸に押しつけるように、グエンの左手が回される。もう一方の手が、スリットから出た足をゆっくりと撫で上げていく。
「このドレス可愛いが、脱がせにくいのが難点だな」
グエンが耳元で艶っぽく囁く。
スリットの内側にグエンの手が入り、鏡の中の私は頬を高揚させていて。
「……っ!」
その姿が妙にいやらしくて、恥ずかしくなる。
グエンの手が、私の胸の方へ下がり。
「まぁやっぱり胸はもうちょっとあったほうが……」
その言葉で我に返って、思いっきり肘をグエンの腹に打ち込んでやる。
「っ、何しやがる」
あまり効いてはいないようだったけれど、グエンの手が緩んだのできっと睨みつけて振り返る。
魔術を発動させるポーズをして見せれば、オレが悪かったというようにグエンは両手を上げた。
「なんだよ。揉んで大きくしてやろうと思っただけだろ?」
「余計なお世話よ。本当にあんたって奴はっ!」
電撃の魔術を放てば、それを剣の腹で防がれる。
私が付与した対魔術師用の剣を、この一瞬でグエンは抜いていた。
「なんだ、やるなら相手になるぜ?」
「いい度胸ね?」
挑発されて、私はそれに乗って。
うっかりここがいつもの城ではなく、与えられた客室だってことを完璧に失念していた。
結局戦い疲れて一緒にベッドで眠っていた私たちを、朝になってヤイチ様が起こしにきた。
「あなたたちは一体何をしていたのですか?」
ボロボロの服を着た私達と、部屋の惨状を見て、ヤイチ様はそう言った。
すっと気配が鋭いものに変わって。
これは逆らっちゃいけないと、本能的に悟った。
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ヤイチ様に散々叱られて後、ボロボロになったドレスの代わりを手に入れるため、私は王都に繰り出した。
グエンは式典の前に色々と報告があるらしく、ヤイチ様の屋敷に住んでいる少年が、服屋まで案内してくれるという。
「ごめんね、迷惑かけて」
「別に気にすんなって。今日は休みだったし、友達と遊ぶ予定だったからさ」
謝ればヴィルトという彼は、そう言ってくれた。
ヴィルトは金髪で青い瞳。
人懐っこく、意志の強そうな顔だちをしている。
歳は私の見た目年齢とそう変わらない。現実の世界で言うと高校生くらいだろう。
なんでもヴィルトは王都近くにある有名な騎士育成学校の学生らしい。入るだけでも超難関なんだと、うちの騎士団のメンバーから聞いたことがあった。
ヴィルトは、ヤイチ様御用達の服屋に友人がいるらしく、私の案内はついでみたいだった。
一軒の店の前で彼が立ち止まり、ドアを開ける。
店に入ると、こちらに気づいた可愛らしい七歳くらいの女の子がこちらに走ってきた。
黒髪にくりくりとした黒い瞳。
私と同じトキビトだと一目でわかった。
ヤイチ様からこの服屋はトキビトが経営していると聞いていたけれど、まさか彼女が店の主なんだろうか。
こんなに若い見た目のトキビトは見たことがなくて、戸惑う。
「あれ、ヴィルト? 予定の時間より早くない?」
「ヤイチさんに頼まれて、お客さんを連れてきたんだ」
女の子の問いに答えて、ヴィルトが後ろにいた私を店の中へ通した。
そのまま私は女の子に奥の部屋まで連れて行かれた。
そこにはフリルのついた服を着た、二十代くらいの男の人がいた。
髪は栗色だったのだけど、顔立ちからして彼もニホン人に見えた。
きっとこの人が店の経営者であるトキビトなんだろう。
男の人に美人って言葉を使いたくなるのは初めてだ。
綺麗な人だなぁと思ってつい、眺めてしまう。
「あなたがリサね? ヤイチから話は聞いてるわ。さぁさぁ、こっちへいらっしゃい」
しかし、口から出た言葉はオネェ口調だった。
折角見た目が素敵なのに、残念だなとか思いながらも、彼はとても親切な人で。
代わりのドレスをすぐに提供してくれた。
結構な無茶を言ったのに、本当に頭が上がらない。
奥の工房っぽいところから店に戻ると、ヴィルトと女の子が待っていた。
「これからアカネと一緒にお昼食べに行くんだ。一緒に行こうぜ?」
帰りは一人で大丈夫と言ってあったのだけど、ヴィルトはどうやら私を待っていてくれたようだ。
ヴィルトの友達というのは、この小さなトキビトの女の子で、名前はアカネというらしい。
七歳のまま時が止まった彼女は、実際にはヴィルトとほぼ同じ歳のようだ。
最近できたという店に行き、三人でお昼を食べる。
どうやらここもトキビトが経営してるらしく、和食が売りのようで繁盛していた。
店内は混んでいたので、外にある席に座る。
二人から、今のこの国のことをいろいろ聞いた。
この王都には今、かなりの数のトキビトがいるようだ。
トキビトは元々数が少ない。
強制的に異世界から呼び出された『英霊』は別にして、レティシアでもそうそうトキビトに出会えることはなかった。
私が滞在していた時から、この国ウェザリオはトキビトを支援し、過ごし易い環境を整えるため力を尽くしていた。
異世界からの知識を取り入れて、国に役立てようという考えからだ。
それは今、実を結んでいて。
王都はこんなにも繁栄していた。
現実に未練はあるけれど、戻りたくない。
そんな人の前に、大抵あの帽子のお兄さんは現れて時計を渡し、異世界……この世界へと導く。
こんなに居心地のいい場所を与えられてしまえば、いつだって帰れるけど帰りたくないトキビトは、ここにいることを選んでしまうだろう。
うまいことやってるなぁ、ヤイチ様。
そんなことを思う。
ヤイチ様は、この国の軍事責任者であると同時に、トキビトの支援も中心となって行っていた。
自分もトキビトだから、トキビトの習性をわかっているんだろう。
「リサさんの本当の歳は、いくつなんですか?」
そんなことを考えながらうどんをすすっていたら、無邪気な顔でアカネが質問してくる。
……正直言ってその質問、物凄く答えづらい。
魔術兵器になって自我を取り戻して。
それからレティシアの研究所や神殿を破壊していた時間だけでも、何百年という時が経っていた。
こっちが壊しても、相手は国だからまた建てられてしまうのだ。
それに解放してあとの魔術兵器たちのフォローまでしてたから、こんなに時間が掛かってしまった。
加えて魔術兵器してるときの時間も足すと……もう行き遅れとか、ババアとかそういう次元を超えている。生きた化石だ。
見た目自分たちとそう歳が変わらないせいか、二人の態度は同世代に対するもの。
実はヤイチ様よりも私の方がずっと年上だと知ったら、態度を変えてしまうんじゃないかと思った。
「それは秘密。それよりも、デザート何にしようか。お姉さんが二人に奢っちゃうよ?」
お姉さんという部分を強調して笑いかければ、二人が目をキラキラと輝かせる。二人とも甘いものが好きらしい。
うまく誤魔化せたようで、ほっと息をついた。
ヴィルトは第1弾の「育てた騎士に求婚されています」の主人公の相手方。
アカネと服屋の主人は第2弾の「育ててくれたオネェな彼に恋をしています」の主人公カップルです。★3/16 誤字修正しました。