【10】久々の王都
王都で式典があり、グエンが呼び出されることになった。
別にそれはいいのだけど、何故か私も一緒に王都へ行く事になってしまった。
どうやら式典は先のレティシアとの戦争での功績を評価して、執り行われたもののようだった。
ラザフォード領に突如現れたレティシアの騎士団は、魔術師の軍団を引き連れていた。
あまりにも多勢できたため、誰もがその戦闘が長引き、被害が大きくなることを予想していた。
けれどそれを覆し。
王都からの応援がくる前に、ラザフォード騎士団は彼らを撃退したのだ。
被害をほとんど出す事なく、短期間で。
しかもレティシアの第三王子を討ち取った。
別に私からすれば、驚くような事でもない。
むしろ当然の結果だ。
なぜなら、攻めてくるレティシアの魔術師対策として、どうすればいいかをこの私が直々にその体に叩き込んであげたのだから。
魔術は万能じゃない。
私ほどになれば、詠唱しなくても魔術が使えたけれど、大抵の魔術師は術を完成させるまでに時間がかかる。
その弱点を補うために色々工夫はしているけれど、それを崩してしまえば容易いものだった。
さらに、魔術を喰らってもその影響を軽減する魔術陣を鎧に入れてみたり、剣に魔術効果を付加したり。
ここまで私がして、あっさり負けたりでもしたら、ふがいなさに泣けてくるところだ。
私はかつてレティシアの魔術師だったけれど、あの国が大嫌いだったので、騎士団に協力することに何も抵抗がなかった。
むしろもっとやれくらいの勢いだ。
けど別に功績が欲しかったわけじゃないし、趣味の延長みたいなものだったので、式典に行くのは避けたかった。
「なんだ、外に行けるのに喜ばないのか? お前の功績を王は喜んでたみたいだから、さらに恩赦が与えられるかもしれないぜ?」
グエンは不思議そうにしていた。
――私は式典で褒められるような、価値のある人間じゃない。
グエンたちを手伝ったのも、自分のほの暗い復讐のついでだ。
「おい。おい、リサ!」
「……あっ、ごめん。ぼーっとしてた」
気づけばグエンが私の顔を覗き込んでいた。
「お前、ここのところそうやって馬鹿面さらす時間が多くねぇか?」
「あんたって、本当失礼ね。ちょっと疲れてるだけ」
「それならいいけどな」
軽口を叩きながらも、グエンの目には私を心配するような色があった。
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式典なんて行きたくなかったけれど、私に拒否権なんてそもそもなかった。
連れて行かれた先の王都は、華やかで。
私が知っていた時代よりも、文明が進んでいた。
ウェザリアの地を踏めば、懐かしい記憶が蘇る。
私が面倒を見ていた、戦争で親を亡くした子供達。
大人になったあの子たちは、もう今はいない。
街並みは変わって、私だけが取り残されたような気分になる。
遠くにある王城だけが、あまり変わらない。
あの先端部分を、昔魔術で吹っ飛ばしたような、ノイズ交じりの記憶が頭を過ぎる。
息が苦しい。
耳元で、不規則な秒針が軋む音がする。
――あぁ、やっぱり来るべきじゃなかった。
そんな事を思った。
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「グエン。待っていましたよ」
「よぉ、ヤイチ!」
私達が王都で過ごす間、お世話になるのはヤイチ様の屋敷だった。
あまりここは変わっていない。
ウェザリオにいた時、私はここに住んでいた。
「おい、行くぞ」
懐かしい気持ちと、帰ってきてしまったんだという哀愁にも似た気持ち。
つい思いにふけっていたらグエンに呼ばれて、急いで後を着けていく。
グエンに案内された部屋は、元私が使っていた部屋だった。
とっかかりに手をかけ、横にスライドさせる。
「……」
「どうしたの、グエン。入らないの?」
グエンは無言で立ち止まる。
「入っていいのか?」
「いいに決まってるでしょ?」
グエンの部屋でもあるのに、何故改めてそんな事を聞くのか。
「お前さ、よくそれがドアだって分かったな」
部屋の中に入って、グエンがそんな事を呟いた。
しまったと思う。
このドアは、一見ドアに見えない。
ドアと同じ大きさをした、変わった額縁に入った絵画に見える。
しかも、開け方もこの世界では珍しい、横にスライドさせる形式で。
初めて見た人は、開け方どころかそこに部屋があると気づくのも難しい代物だ。
別に隠し部屋というわけではない。ヤイチ様が『フスマ』を作りたいといったら、なぜかこうなってしまったという、残念な部屋なのだ。
他の部屋は諦めたのか普通のドアだったけれど、ここだけ特殊だった。
それでグエンは不審に思って、黙り込んでいたんだろう。
「ニホンでは一般的なのよ、コレ」
「そうなのか。オレはそれがドアだとは知ってたんだが、開け方がいつもわからなかった」
慌ててごまかせば、うまく乗り切れたらしい。
とりあえず中に入る。
内装は私が出て行った時と同じだった。
綺麗に保っていてくれたんだなとわかる。
そっと机に触れる。
引き出しを開ければそこには、私が面倒をみた子供達からの贈り物があった。
私を描いた似顔絵。
感謝祭の時に貰った手紙。
皆でお金を出して買ってくれたネックレス。
どれもこれも懐かしかった。
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「痛っ!」
額にチョップされて、我に返る。
気づけばグエンが私の上に覆いかぶさっていた。
グエンの後ろには、細かい文様が施された天井。
沈むこの体の感触からしてここは、ベットの上のようだ。
「えっと?」
グエンは上半身裸で、私の服も少しはだけている。
なんでこんな事になっているのか思い出せない。
完全に記憶が飛んでいた。
グエンはいつもの人を小馬鹿にしたような笑みではなくて、どこか不機嫌に眉を寄せていた。
「やめた。つまらねぇ」
そう言ってグエンが私の上から退き、ベッドのふちに座る。
一体何があったんだ。
さっぱり覚えていない。
どうやらここはヤイチさんのお屋敷にある、私の部屋のようだ。
あれから、それほど時は経ってないんだろうか。
「えっとグエン?」
「何だ」
「私何してた?」
上半身を起こして尋ねれば、グエンが肩越しに振り返る。
その目には苛立ちがあった。
「オレが何しようと抵抗すらしないで、人形みたいだったな。リサ、お前最近おかしくなる時間が長くなってきてるよな」
疑問系じゃなくて、確信を持って問い詰めるような口調。
グエンの言う通り、最近私は気づいたら記憶が飛ぶ事が多くなった。
「慣れない馬車のたびで疲れただけだから。もう眠いし、寝ようか」
適当にごまかすように言って気づく。
このベットは、私とグエンが寝るには小さすぎた。
「今日はオレとお前の部屋は別だってヤイチが言ってただろ。てっきり誘われてるんだと思ったんだが、聞いてなかったみたいだな」
苛立ったようなグエンの声から、なんとなく直前の状況が見えてきた。
グエンと一緒の部屋に慣れすぎて、何の疑いも無く同じ部屋だとばかり私は思っていた。
多分グエンはそれをネタに、私をからかおうとしたんだろう。それでいて全く反応がなかったから、面白くなくなったに違いない。
溜息をひとつ付いてから、グエンが私を押しやるようにしてベッドにもぐりこんでくる。
「ちょっと、グエン!」
「あぁ? なんだ」
ギロリと睨まれる。
「疲れたからここで寝る。文句があるのか」
「……わかったわよ。私が別の部屋で寝るわ」
起き上がろうとした私の手首を引き寄せ、頭をぐいっとグエンの胸に引き寄せられた。
「捕虜が勝手にどこか行くな。ここで寝ろ」
グエンの厚い胸板が目の前にあった。
その体温が私にまで伝わってくる。
トクトクと規則正しい音。
真っ直ぐで迷い無くて、力強い。
こんな風にグエンとくっついて寝るなんて、ありえない。
そう思うのにこの温かさと音が心地よくて、安心する自分がいて。
気づけば眠りに落ちていた。