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八話

 金原を倒した翌朝、いつものように早朝トレーニングを終えた坂口は、部屋のソファーで一服していた。

 くわえ煙草で、昨夜の戦利品を確かめる。禿頭から奪った紙袋の中には、三百万円ほど入っていた――西島の時より遥かに少ないが、悪党退治のファイトマネーとしては上等か。

 その後吸っていた煙草を灰皿に押し付けた坂口は、紙袋から取り出した札束をリュックにしまった。

 ――またあとで出かける時にでも駅に寄って、この金もコインロッカーのバッグに移そう。部屋に置いているよりかは、そのほうがきっと安全だ。


 正午頃部屋から出た坂口は、バイクで駅まで行き用件を済ませると、付近にあった中華屋に寄って、昼食をとることにした。

 客がまばらで、こぢんまりとした店内のカウンター席に座り、ラーメンセットを注文する。

 やがて厨房の店主から差し出されてきた、熱々のラーメンと炒飯を軽く平らげた坂口は、そばに置いてあった今日の朝刊を手に取った。

 コップに注がれた冷水をちびちびと飲みながら、全ての記事に目を通す。坂口が起こした昨夜の一件は、どこにも載っていなかった。

 食後の一服を終えた坂口は、勘定を済ませて店を出ると、付近に停めてあったバイクに跨がり、アパートを目指していった。

 ――どうやら金原も、昨夜俺に襲われたことを、警察には通報していないようだ。そう判断した坂口は、道中にあったガソリンスタンドに寄り、バイクに給油をして帰宅した。


 部屋に戻った坂口は、口の端に煙草をくわえながら、ノートパソコンをたちあげる。続けて使い捨てのライターで煙草に火をつけると、まもなく起動したパソコンのモニターに目をやった。

 様々なサイトを巡って、坂口はさらなる悪党たちの情報を漁る――近場の情報は、あんまりないな……次やるとしたら、めぼしい大物は、隣県に居るらしいこいつか。

 一通りのサイトをしばらく見ていた坂口は、無数の書き込みの中から、隣県で高利貸しをやっている、兵藤ひょうどうという男の情報に目をつけた。

 被害者と思われる者たちからの書き込みによると、兵藤は今時珍しいパンチパーマで、いかにもヤクザが好みそうなブランドのトレーナーを着た、小太りの大男らしい。

 これならすぐにターゲットを見つけられそうだと、坂口は思った。兵藤の根城は、地元のパチンコ店や闇スロ等だという。その周辺に居る客らを物色しては、ユーモアを交えた関西弁で上手く近づき、暴利を貪っているらしい。

 こいつの手口は、西島とよく似ている。だが決定的に違うのは、兵藤が自ら運転する高級セダンを使って、金貸しをしているということだった。

 兵藤はいつも車で客の所まで一人で出向いて、全てのやりとりをするという。そうして取り立てた金の一部を、車のトランクに保管しているらしい。

 ネットの噂によれば、その額は数千万円にのぼるという。これが真実ならば、かなりの美味しい獲物だ。

 そう思う一方で坂口は、それほどの大金を持って動いている奴を、何故誰も襲わないのかという疑問をもった――おそらく兵藤を恨んでいる奴は、沢山いるはずだ。

 しかしその疑問は、さらなる書き込みによって、すぐに晴らされた。兵藤には何人もの危険な奴等で編成された、お抱えの武闘派組織があるらしい。

 兵藤自身が持つ狂暴さと相まって、地元のヤクザも一目置くというその危ない集団が、大きな抑止力になっているのだ。

 そしてネットには、兵藤が何故自ら出向き、仕事をしているのかという疑問に対する答えもあった。奴は用心深い男で、警察等の取り締まり情報にも詳しいらしい。刑事風の人間を見かけると、客とのやりとりを即座に中止するという。

 よほどのことがない限りは、手下のヘマを恐れて、安易に仕事を任せないらしい。そのうえ金貸しに関しても、取り立てに関しても、決して証拠は残さない。そのため被害にあった客たちは、泣き寝入りするしかないのだ。

 ――こんな酷い野郎を、いつまでものさばらせておくわけにはいかない。俺がこの手で、天罰を喰らわせてやる。拳を固く握り締めて、そう決意した坂口は、兵藤襲撃の準備を開始した。


 その日の夜、近所のコンビニで購入した道路地図をじっくりと眺めながら、隣県へのルートを頭に叩き込んだ坂口は、部屋のベッドに身体を預けた。

 ――まずは明日、隣県に出向いて情報を集めよう。そう考えた坂口は、しばしの眠りについた。


 翌朝、八時にセットした携帯のアラームで目覚めた坂口は、手早く身支度を整えた。続けて地図など必要な物をリュックに詰め込み部屋を出る。

 坂口は現場周辺の土地勘をつけることも兼ねて、この日は一日隣県で過ごすつもりであった。そのため朝早くから出掛けることにしたのだ。

 用意したリュックを背負い、手に持っていたフルフェイスを頭に被った坂口は、バイクに跨がり、キックスタートを決める。

 高速道路を利用して、隣県を目指そうと考えていた坂口はこの日、黒いライダースジャケットを着ていた。

 晴天の太陽を浴びながら、風を切って国道をしばらく走り、やがて現れた高速道路に入っていく。

 高速道路の入口で、機械から吐き出された通行券を受け取った坂口は、それをライダースのポケットに納めたあとで、再び走り出した。徐々にアクセルを大きく開けて、バイクのマフラーを唸らせながら加速していく。

 久々に乗った高速道路は、平日のせいか交通量が少なめだった。坂口は様々な他車を追い越しながら、長い直線を飛ばしていった。


 前方から吹きつけてくる、強い風圧を感じつつ、ひたすら高速を走っていた坂口は、目的の出口の標識を視認した。出口に近づくにつれて徐々に減速し、高速道路を降りていく。

 まもなく現れた料金所で、バイクを停めた坂口は、職員に通行券を手渡して支払いを済ませると、再び走り出した。

 そのまま隣県の国道に出た坂口は、少し走ったところにあった、コンビニに寄った。そこで軽く一服したあと、リュックから取り出した地図を確認して、兵藤が頻繁に出没するという、大型パチンコ店へと向かっていった。

 再びバイクを飛ばし、目的地であるパチンコ店の広い駐車場まで辿り着くと、そこには平日と言えども、沢山の車が停まっていた。

 ――どうやらここは、かなりの人気店らしい。そう思った坂口は、店の前にあった駐輪場にバイクを停めて、店内へと入っていった。

 まだ午前中であるにもかかわらず、多くの客たちがごった返す、賑やかな広いホールを歩き回りながら、パンチパーマの大男を探す。

 もしも奴の姿が見つからなければ、しばらくここに張り込むしかないと思っていた坂口は、通路の角から突然現れた、ヤクザ風の大男を見て面喰らう。

 なんとか平静を装いながら、派手なデザインのトレーナーを着た、兵藤と思われるパンチパーマとすれ違った坂口は、離れた場所から様子を窺うことにした。

 ――あいつは用心深いらしい。絶対に気付かれないようにしないと。


 それから数時間のあいだ、物陰を利用して慎重に兵藤のマークを続けていた坂口は、座席に大きな身体を預け、パチンコに熱中している様子を確認すると、その場から離れた。

 そろそろ昼だし、今のうちに空腹を満たしておこうと考えたからだった。

 坂口は店内にあった食堂で軽く腹ごしらえをしたあと、再び兵藤の監視に戻る。すると奴の打っている台が、ちょうど大当たり中であった。

 のしのしと通路を歩いている時は、どう見てもイカツイ顔のヤクザにしか見えないが、隣の客と笑って話す兵藤の表情は、まるで純真な子供のように、とてもにこやかだった。

 大口を開けてガハハと笑う兵藤と、隣の中年女性が楽しげに談笑している。あのギャップに、みんな騙されてしまうのだろう――だが俺だけは、絶対に騙せないぞと思いながら、坂口は兵藤の監視を続けた。

 確変がしばらく続き、最後の大当たりを終えた兵藤は、若い男性店員を呼びつけて出玉を交換した。店員からレシートを受け取った兵藤が、大きな身体を揺すりながら、景品カウンターへと向かっていく。

 坂口は後を追いながら、携帯で時間を確認した。時刻は午後三時になろうとしていた――まだ閉店までには、かなりの時間がある。あいつが打っていた台の調子も良さそうだったし、何故やめるんだ。

 坂口はそう思った直後にハッとした――もしかすると、これから客と会うのかも知れない。そうだとすると、奴の手口を知るチャンスだ。

 そう考えた坂口は、よりいっそう気を引き締めると、兵藤の尾行を続けた。

 カウンターの女性店員から特殊景品を受け取って、ホールから出た兵藤は、店の裏手にある換金所に向かった。白いスラックスの尻ポケットから取り出した長財布に、換金した紙幣をしまい、のしのしと歩き出す。

 携帯電話によくある、スタンダードな着信音が聞こえた直後、兵藤がポケットから携帯を取り出した。

「おう、あんさんか。ほんで、今どこにおんのや……ほうか。わかった。ほなすぐ行くわ」

 電話に出た兵藤は、駐車場のほうへと歩きながら、よく通る高めの声で話していた。聞こえた話の内容から察すると、先ほど坂口が想像した通り、これから客と会うようだ。

 その後、兵藤が駐車場に停まっていた白い高級セダンのドアロックを、リモコンで解除するのを見た坂口は、ダッシュでバイクのほうまで戻る。

 急いでバイクに跨がった坂口は、手早くヘルメットを被ってキックスタートを決めると、走り出した兵藤のセダンの後を追った。

 ――奴のアジトがまだわからない以上、絶対に見失うわけにはいかない。


 坂口は兵藤に気付かれないであろう程度の車間距離を保ちながら、慎重にセダンの尾行を続けた。

 兵藤の車はしばらく走ったあとで、大通りの道沿いにあった、大きなレンタルショップに入っていった。

 そして兵藤のセダンは、広い駐車場の奥のほうで停まった。その直後に、そばに停めてあった銀色のワゴンから、ラフな服装をした、茶髪の若い男が降りてきた。

 その男は、そのまま兵藤のセダンに近づいていった。車に乗ったままで、ウィンドウを開けた兵藤に、男がペコペコと頭を下げている。

 数分のあいだ何やら話し込んだあと、兵藤がセダンから降りた。のしのしと車の後方に移動した兵藤が、ついてくる男に向かってしっしと手で払う仕草をする。

 セダンから男が離れていくのを確認した兵藤は、車のトランクを開け、中から札束らしき物を取り出した。トランクを閉めた兵藤が、駐車場の隅に突っ立っていた男に手招きをする。

 兵藤から札束らしき物を受け取ったその男は、再びペコペコしながら、自分の車に戻っていった。駐車場から出ていくワゴンを見送ったあと、兵藤もセダンに乗り込んだ。

 ――どうやらさっきの若い奴が、今日の兵藤の客らしい。きっとあの若い奴は、これから自分に起こる悲劇に、まだ気付いてはいないのだろう。あいつは以前の俺と同じだ。

 離れた場所から様子を窺っていた坂口は、そんなことを考えながら、走り出した兵藤のセダンを再び尾行した。


 追跡を続けて、辺りの陽が暮れ始めた頃、兵藤の車は両脇に柵がない、細めの堤防道路に差し掛かった。

 その道をしばらく走り、左手に高層マンションが見えてきた時、兵藤のセダンが左にウインカーを出した。

 堤防道路から降りる下り坂を左折した兵藤の車は、降りた先のほうに建っていた、地下駐車場付きの高級マンションに入っていった。

 その様子を確認した坂口は、マンションを通り過ぎた道端にバイクを停めると、早足でマンションのほうに戻っていった。

 物陰に身を隠しながら、兵藤のセダンがあるはずの地下駐車場へと入った坂口は、幾つかの柱の陰を上手く使って、ゆっくりと移動しながら、慎重に辺りを探る。

「舐めたことゆうとったらあかんど! このアホンダラが! ワレ金返せんのんやったら、いてまうどコラァ!」

 静かな駐車場内に、突然怒声が響き渡った。びくついた坂口は、慌てて近くの柱に身を隠した。そして、声がするほうを慎重に覗き込んだ。

 視線の先に見える駐車スペースには、兵藤のセダンが停まっていた。すぐ脇に立っている兵藤が、耳に当てた携帯に向かって、酷い罵声を浴びせている。どうやら借金の返済に困った客を、電話で恫喝しているようだ。

 大きな身体を激しく揺すりながら、怒鳴る兵藤の高圧的な態度を目の当たりにした坂口は、やっぱりこいつは、噂通りの悪党だと確信した。

 ――弱者を脅して苦しめる、こんな酷い野郎は、絶対に許せない。

 激しい怒りを覚えながら、拳を固く握り締めた坂口は、今すぐにでも兵藤をぶちのめしたいと思ったが、今日は様子見の予定であったため、襲撃に必要なマスクを持ってきていないことに気付いた。

 坂口は沸き上がってくる怒りをこらえながら、地下駐車場の奥にあった、エレベーターに乗り込む兵藤の姿を見届けると、その場をあとにした。

 ――必ず俺がぶっ倒してやるから、それまで首を洗って待っていろ。兵藤のアジトを突き止めた坂口は、心の中でそう呟くと、バイクに戻り、夕暮れの町を走り去っていった。

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