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六話

 それから一週間が経ち、連日トレーニングを続けていた坂口の身体のキレは、全盛期の頃のそれと比べても、遜色ない程度まできていた。

 そして西島の監視のほうも、毎日続けていた坂口は、すでに大体の行動パターンを把握していた。

 西島は郊外の高級マンションで、水商売風の派手な女と一緒に暮らしている。深夜そこに帰る時、西島はいつも決まってマンション付近の路地でタクシーを降りるのだ。

 その後西島は、道端に設置されている自販機で煙草を購入し、そこから徒歩でマンションへと帰る。どうやらこれは、西島の日課のようなものなのだろう。

 その数分間だけは、奴が人気の無い路地で一人になる。襲うとすればそこしかないと、坂口は考えていた。あとはいつこの計画を実行するのかを、決めるだけだった。


 その日の夜から、坂口は尾行時の服装を、三本ラインの黒いジャージに変えた。そして背負ったリュックサックにバイク用の革手袋や、荷物を固定するための紐、エル・パラダイスのマスク等を詰め込んでおく。チャンスがやって来たら、いつでも決行出来るようにするためだった。

 それから数日後、ついにその時がやってきた。深夜アジトから出てきた西島が、銀色のジュラルミンケースを持っていたのである。

 ――あの中には、きっと大金が入っているはずだ。間違いない。そう思った坂口は、今夜決行することに決めた。


 黒い革手袋を両手にはめた坂口は、バイクで西島が乗り込んだタクシーを追跡する。

 やがて西島が降りるマンション付近の路地に差しかかったところで、道端にバイクを停めた坂口は、リュックから取り出したマスクを被った。

 そしていつものように自販機で煙草を買う西島を、物陰からじっと監視する。

 その後坂口は、薄暗い路地を歩いていく西島に、忍び寄っていった。辺りには、二人以外の人影はなかった。

 まばらな街灯で、僅かに照らされているだけの、夜道を進む西島の、背後を取った坂口は、素早い動きで襲いかかった。

 後ろから左腕をすっと伸ばして、西島の首元へと滑り込ませた坂口は、それをそのまま右腕でロックした。

「ぐっ!? があっ……!」

 坂口にがっちりとチョークスリーパーを極められた西島は、呻き声をあげながら、手に持っていたケースを地面に落とした。

 首にかかった腕をなんとか振りほどこうと、必死でもがく西島を、坂口は渾身の力で締めあげる。

 やがて力無くうなだれた西島を見た坂口は、静かに技を解いた。

「……ざまあみろ。バカ野郎」

 口から泡を吹いて、情けなく地面に倒れている西島の姿を見下ろしながら、坂口はそう呟いた。その後地面に落ちていたジュラルミンケースを手に取って、すぐにその場から逃走する。

 走りながら、手早くマスクを脱いだ坂口は、バイクまで戻ると、リュックから取り出した紐を使って、車体の後方にケースを固定した。続けてバイクに跨がって、キックスタートを決める。

 ――上手くいった。大成功だ。坂口はなんとも言えない達成感と、高鳴る鼓動を感じながら、闇夜を走り去っていった。


 大仕事を終えて、アパートに帰りついた坂口は、マスクを棚の上のマネキンに戻すと、早速ケースの中身を確認した。

「ま、マジかよ……」

 そこには札束がぎっしりと詰まっていた。軽く一千万円以上はあるだろう。思わぬ額に面喰らった坂口は、それと同時に湧き上がってくる喜びを感じた。

 だが坂口は、激しい憤りも感じていた――こんな大金……あいつ、想像以上に悪どいことをしてたんだな。しかし警察は、なんであんな悪党を捕まえねえんだ。

 おそらくは西島が、なんらかの方法を上手く使って、犯した罪を隠しているってことかも知れない。

 ――あんな悪どい奴等は、一度痛い目みなけりゃわかんねえんだ。誰もやらねえんなら、俺がやってやる。俺が奴等に、天罰を喰らわせてやる。

 善良な市民を騙して、違法な手口で絞り取ったのであろう大金を目にした坂口は、闇のヒーロー気取りでそう心に決めると、棚の上のマスクをじっと見つめながら、静かに闘志をたぎらせていた。

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