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五話

 翌日早朝に目を覚ました坂口は、三本ラインの黒いジャージを着て、近所の堤防道路を走っていた。プロレスに熱をあげていた大学時代を思い出し、ペースを上げてなまった身体に鞭を入れていく。

 体力の衰えは確かにあるが、こうして身体を動かしていると、坂口は自身の眠っていた力が、ふつふつと湧き上がってくるのを感じた。

 ランニングを終えて、荒れた呼吸を整えた坂口は、川原のほうへと降りていく。手前の整地された広場に立ち止まると、持ち前の身体能力で様々なアクロバットを繰り出した。

 全盛期ほどのキレはないが、慣れ親しんだルチャリブレの動きを、身体が覚えていることを確認した坂口は、額の汗を拭いながら、川の上に昇る朝日を眺めていた。


 その後真っ直ぐ部屋へと戻った坂口は、バスルームでシャワーを浴び終えると、念入りに柔軟体操をして、疲労した身体を癒した。続けてTシャツとジーパンというラフな服装に着替える。

 そして軽く身支度を整えたあとで、買い置きの食パンと、インスタントコーヒーを貪った坂口は、愛用のフルフェイスを手に取り部屋を出た。

 先ほど目にした部屋の時計は、八時三十分を指していた。坂口はアパートの階段を降りながらヘルメットを被ると、近くに停めてあったバイクに跨がった。

 キックスタートを決めて、アクセルを軽く吹かす。その後勢いよく走り出した坂口は、国道を飛ばして、隣町のパチンコ店へと向かった。

 その店は、本日新台入れ替えのイベントだった――きっと西島も、今頃並んでいるはずだ。


 目的の大型パチンコ店の付近まで来た坂口は、少し手前にあったコンビニにバイクを停めて歩き出した。おそらく開店待ちをしているであろう西島に、気付かれないようにするためだった。

 やがてパチンコ店の目前に着いた坂口は、物陰の死角を上手く利用して店に近づき、並んでいる客たちの姿を遠目に確認した。

 ――やっぱり居た、あいつだ。昨日と同じ黒いスーツを着た西島が、並んでいる若い男と談笑している。その様子を見た坂口は、まるで昨日の自分を見ているようだと思った。

 ――もしかしたら、今日のあいつのカモは、あの若い男なのかも知れない。ふとそう感じた坂口は、西島が店内に入っていくのを見届けたあとで、来た道を戻った。

 コンビニに停めてあったバイクに跨がり、アパートへと帰宅する。


 西島のこの日の居場所を突き止めて、部屋に戻った坂口はソファーに座ると、昨晩思いついた計画を、頭の中で練り始めた。

 ――さっきの様子を見る限り、西島はおそらくもぐりの金貸しだ。ああやってパチンコ店にいるカモに上手く近づいては、タイミングを見計らって金を貸し、暴利を貪っているのだろう。

 そんなことを考えながら、西島と知り合った頃の自分を思い出した坂口は、怒りで固く握り締めた拳を、床に叩きつけた――あいつ……極悪人のくせに、いい人ぶりやがって、許せない。いや、絶対に許さない。

 西島への恨みを改めて募らせた坂口は、これから自分がするべきことを模索した。

 ――まずはあいつの行動をしばらく監視して、色々と探ることから始めよう。そして奴が、一人になった所で襲うんだ。あのマスクを使って。坂口はエル・パラダイスのマスクをじっと見つめながら、西島への復讐を心に誓った。

 ――あれはレアなマスクだから、一般人では誰のマスクなのかもわからないはずだ。俺にとっては貴重な物だが、秘密の犯行に使うには、ちょうどいいだろう。

 あんな奴を襲って、警察なんかに捕まりたくはないからな。なるべく誰にも知られずに、誰にも見られずに、上手くやらなければ――。


 その日の夜、パチンコ店が閉店する頃に合わせてアパートを出た坂口は、再びバイクで西島の居場所へと向かった。坂口は西島が普段閉店時間まで、ずっとパチンコ店にいることが多いということを知っていたからだった。

 パチンコ店の駐車場まで辿り着いた坂口は、目に付きにくい場所にバイクを停めると、物陰に隠れて閉店時間を待った。ほどなくして坂口の思惑通りに、入口から西島が姿を見せた。

 換金所のほうへと歩いていく西島を見た坂口は、物陰から出て慎重に後を追った。

 やがて換金を終えた西島が、近くにいた中年女性に声を掛ける。そのまま様子を窺っていると、西島はそのオバサンから、この間の自分と同じように、紙幣を奪い取った――やっぱりこいつは、極悪人だ。

 取り乱すオバサンには目もくれず、西島は呼びつけたのであろうタクシーに向かって歩いていく。坂口は急いでバイクのほうへと戻って跨がると、西島が乗ったタクシーを尾行した。

 西島に気付かれない程度の車間距離を保ちながら、坂口はタクシーを追跡する。国道を抜けてしばらく走ったあと、西島を乗せたタクシーは駅前辺りで停まった。

 車から降りる西島を見た坂口は、バイクを道端に停めて後を追った。様々な人たちがごった返す、夜のネオン街を少し歩いたところで、西島は通り沿いにあった居酒屋へと入っていった。

 坂口は西島が入った店の入口が見える場所に立ち、しばらく張り込むことにした。数十分が経過した頃、ガラが悪そうなチンピラ風の若い三人組が、その居酒屋に入っていくのが見えた。

 それからさらに一時間が過ぎようとした時、店の近くに一台のタクシーが停まった。そのすぐ後に、西島が先ほどのチンピラたちを引き連れて店から出てきた。

 タクシーに乗り込んだ西島に対して、チンピラたちがお疲れさまです! と声を揃える。おそらく彼等は、西島の子分なのだろう。

 ――どうやら西島は個人ではなく、ちょっとした組織ぐるみで、金貸しをやっているらしい。そう判断した坂口は、走り去るタクシーではなく、西島の手下たちを追うことにした。

 手下たちは西島が乗ったタクシーを見送ったあと、ネオン街を抜けて裏道へと歩いていく。そして彼等は、暗めの細道を少し進んだところで、道沿いにあったビルへと入っていった。

 ――おそらくこのビルの一室が、奴等のアジトなのだろう。そう思った坂口は、この日の追跡を終えると、バイクに戻って帰宅した。


 部屋に戻った坂口は、ソファーに深く腰掛けながら、西島襲撃の計画を実行に移すタイミングを考えていた。

 ――西島のアジトを特定した今、俺の計画に必要なのは、奴が一人になるタイミングだけだ。それにどうせ襲うのならば、あいつが出来るだけ大金を持っている時にやったほうがいい。

 そう判断した坂口は、引き続き西島をマークすることに決めた。

 ――近隣のパチンコ店のイベント情報は、大体把握済みだ。それにあのアジトの周辺を張れば、西島を見失うことはないだろう。数日じっくりと監視して、最高のタイミングを待とう。

 改めてそう決意を固めた坂口は、何も置いていない広めのスペースに移動すると、その場で筋力トレーニングを始めた――身体がなまっていては、始まらない。最高の状態で、奴をぶっ倒すんだ。

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