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三話

 次々に飛び出していく銀玉が、幾度となくスタートチャッカーに吸い込まれていく。パチンコ台の中央付近に設置された液晶デジタルが、絶え間なく変動している。

 坂口は少しでも無駄玉を抑えるために、ハンドルの微調整に全神経を注いでいた。時間の経過と共に、何度となく大当たりのリーチがかかる。だがそれらは全て期待度の高いものではなかった。

 ――クソッ、またノーマルリーチかよ。早く当たりやがれ。受け皿の玉が段々と消費されていくにつれて、坂口の焦りも募っていく。

 そうして玉を打ち尽くす度に、補充ボタンを押す坂口の指先は、力強さを増していった。台の回転数は、すでに軽く千回を超えている――そろそろ当たってくれてもいいだろう。頼むから、当たってくれ。

 坂口がそう願った直後に、眩い光と共に台からけたたましい音が鳴り響いた。途端に両隣の中年女性客らも目を見開いて、熱い視線をぶつけてくる。

「お兄ちゃん、これ、当たりだよ。よかったねえ。やっと来たねえ」

 右隣に座っていたオバサンから、肩をポンっと叩かれ声を掛けられた坂口は、知ってるよと心の中で呟きながらも、愛想笑いを返した――ようやく来たぜ。こっからだ!

 待望の初当たりを手にした坂口は、次々と吐き出される銀玉をドル箱に流し込みながら、闘志を燃え上がらせた。パチンコ台のハンドルを駆使してタイミングを計り、持ち前の止め打ちテクニックで出玉を増やしていく。

 一回目の大当たりが終了した直後、再び台がけたたましく鳴いた。甲高く鳴り響いたその音は、次の当たりが必ず保証されるという、確率変動を知らせる合図だった。

 運よく確変をゲットした坂口は、よっしゃと叫びながら、パチンコ台の上部にあった、店員の呼び出しボタンを押した。

 すぐに小走りでやってきた若い男性店員が、新たなドル箱を坂口に手渡す。その店員の手によって後ろに置かれた満杯のドル箱を、ちらりと確認した坂口は、再び台と対峙した。

 その後も確変が途切れることはなく、あれよあれよと大当たりは続き、気付けば連チャン数が十を超えていた。両隣のオバサンたちから何度も祝福された坂口は、気分が良くなり笑顔を返す。

 そうしているうちに、数時間前パチンコ台を叩いて驚かせてしまったことを思い出した坂口は、償いとばかりに出玉で両隣の二人にドリンクを奢った。

 時間が経過していくと共に、大当たりの回数も、止まることなく増えていく。昼前までのパチンコ台とは、まるで別物のような勢いだった。

 坂口は続々と席の後ろに積まれていく、大量のドル箱たちを眺めながら、この日の勝利をすでに確信していた。が、それでもやめることなくひたすらハンドルを握り続けた。

 ――ここらでやめるという選択肢もあるにはあるが、俺はこのまま閉店まで、ぶっ通しでやってやる。今まで貯まっているはずの当たりを、全部取りきってやるんだ。そう心に決めていた坂口は、そのまま勝負に没頭した。


「お客様、この大当たりが終了したら、閉店になります」

 数時間後、若い男性店員からそう告げられた坂口は、黙って頷いた。最後の出玉を取りきって、それをドル箱へと移していく。

 作業を終えた坂口は、閉店のミュージックが流れる中で、パチンコ台の上部に備え付けられているボタンを押して店員を呼んだ。

 若い男性店員の手によって運ばれた沢山のドル箱が、次々と計数機に流される。徹底した出玉増やしの効果もあってか、最終的に弾き出された玉数は、五万発を超えていた。

 ――ここは等価交換だから、二十万オーバーか。やったぜ。大勝ちだ。坂口は心の中で笑いながら、店員が差し出してきた出玉のレシートを受け取った。そして意気揚々と歩き出し、客の行列が出来ている景品カウンターの前へと並ぶ。

 行列の最後尾に並んだ坂口は、辺りをざっと見渡した。先ほど金を貸してくれた西島が、何処かに並んでいるかもしれないと思ったからだった。しかし、西島の姿は見当たらなかった。

 ――まあ、換金してから探せばいいか。そう判断した坂口は、そのまましばらく順番を待ち、出玉のレシートをツーカートンのセブンスターと、大量の特殊景品に引き換えた。

 その後ホールを出た坂口は、近くにある換金所へと向かった。換金所の外壁に取り付けられている小窓から、中にいる職員のオバサンに特殊景品を差し出して、現金と交換する。

 大量の万札を手にした坂口は、その場から少し離れた所に立って、紙幣を数えていた。換金額が間違いないことを確認した直後に、「よう、お疲れさん」と声を掛けられる。札束から視線を移すと、そこには西島の姿があった。

「すげえじゃねえか。やっぱりお前、パチンコうめえよな」

「ハハハ、たまたまっすよ。一時はどうなることかと」

 笑顔の西島から、そう誉められた坂口は、札束を手に持ったまま答えた。

「幾ら勝ったんだ? ちょっと見せてみろよ」

 言うが早いか、坂口は持っていた札束を、サッと西島に奪われてしまう。

「ちょっ、何すんですか! 返して下さいよ!」

 大事な金を突然奪われて、焦った坂口は西島を睨み付けた。だが西島は、手に持った紙幣をゆっくり数えながら、涼しい顔で答える。

「返せだ? 返すのはてめえのほうだろうが。舐めたこと言ってんじゃねえぞ。小僧が」

「借りた五万なら、ちゃんと返しますよ。だからその金、早く返してくださいよ!」

 西島の汚い罵声に腹を立てた坂口は、強い口調でそう言った。直後に西島の目付きが鋭く変化した。

「五万だぁ? あのなあ、借りたもんには、利息がつくんだよ。そんなこともわかんねえのか、クソガキが!」

「り、利息って、そんな話してなかったでしょ? ど、どういうことっすか?」

 突然豹変した西島の迫力を見て、その凄みに怯んだ坂口は、冷や汗をかきながら訊ねる。利息のことなど、先ほど金を借りる時には、考えてもいなかったからだった。

「どうもこうもねえよ。貸した金の利息は、貸したほうが決めるんだ。当たり前だろうが。ほらよ、これがお前の取り分だ。あと、ボロバイクのキーな」

 西島は冷たくそう言うと、坂口に数枚の万札と、バイクのキーを押し付けてきた。受け取った坂口は、その金額の少なさに驚愕した。

「ちょ、三万って、これはないでしょ! 借りたのは五万っすよ! い、いくらなんでも酷すぎる!」

「うるせえ! てめえは誰に口聞いてんだよ! 俺は文無しのてめえを救ってやった恩人だぞ! 大体俺が金貸してやんなかったら、てめえは今頃その金さえも手にしてねえんだ! 三万残っただけでも、ありがたく思えや、アホンダラが!」

 坂口は西島の只者じゃない迫力に押されるが、せっかく手に入れた大金を、どうにも諦めきれなかった。そのため再び、西島に食い下がる。

「で、でも……こんなめちゃくちゃな利息、絶対おかしいでしょ?」

「おかしいもクソもねえよ。とにかく、この話はこれで終わりだ。金が欲しいんだったら、またパチンコやるか、働けや。てめえは若くてガタイもいいんだし、幾らでも仕事あんだろ。じゃあな小僧」

「そ、そんな、ちょっと待ってくださいよ。西島さん!」

「大体いい若いもんが、パチンコばっかりやってっからこうなるんだよ。まあそのおかげで、俺みたいなのが儲かるんだがな。ハハハ」

 必死で追いすがる坂口の制止を、荒々しく振り払った西島は最後にそう言い残すと、待たせてあったタクシーに乗り込み去っていった。

 すでに辺りの電源が落ちて、真っ暗であったパチンコ店の駐車場に、たった一人で取り残された坂口は、やりきれない虚無感に打ちのめされながら、その場に立ち尽くしていた。

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