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十九話

「ちょっと拓ちゃん、それはそこじゃないよ! あっちの棚に並べてって言ったでしょ? もう、ちゃんとやってよね!」

「ん? ああ、そうだったか。悪い悪い」

 雑貨屋パラダイスの専務兼、店員見習いとなった坂口は、社長である春香にどやされながら、この日も新商品の陳列に精を出していた。

「ママー、あのお兄ちゃんまた怒られてるよー」

 幼稚園ぐらいの小さな女の子が、そんな坂口を指差して言った。

「こら、マリちゃん! お仕事の邪魔しちゃダメでしょ! ごめんなさいね」

 近くに居た母親は、申し訳なさそうな顔をしてそう言ったあと、無邪気な子供を連れてその場から離れていく。

 周囲に居た数人の女性客がクスクスと笑い声をあげる中で、坂口は少々気恥ずかしさを感じつつも、早く仕事に慣れなければと、与えられた業務に集中した。


 それから一週間が過ぎたある日の夜、閉店間際の店内に、ガラが悪そうな男たちがぞろぞろと入ってきた。

 ――なんだ? あいつら。店の奥で閉店作業をしていた坂口は、その様子に異変を感じると、作業をやめて彼等のほうへと向かっていった。

「あの、お客様。すみませんけど、今日はもう閉店なんです。また明日お越しくださ――きゃっ!? 何するんですか!? やめてくださいっ!」

 店の入口付近で応対した春香の身体を、乱暴に掴んだ一人の男が叫ぶ。

「この店に坂口って野郎が居るはずだ! そいつを出せ!」

「なんだお前ら! 春香を離せ、バカ野郎!」

 すぐにその場に駆け付けた坂口は、拳を固く握り締めながら、春香を捕らえた四人の男たちと対峙した。

「お前が坂口か。ウチのカシラがお前を呼んでる。この女をやられたくなかったら、マスクを持って俺らと一緒に来い」

 四人組のリーダーらしき男が、一歩前に出てそう言った。残りの三人は、怯える春香の周囲をガッチリと固めている。

 ――どうやらこいつらは、俺に恨みを持っているらしい。マスクのことも知っているとなると、おそらくは西島の組織の残党か、兵藤の手下たちだろう。

 まとめてぶちのめしてやりたいが、春香が押さえられているこの状況では、奴等の指示に従うしかない――。

 そう判断した坂口は、沸きあがる怒りをこらえながら口を開いた。

「……ちっ、わかったから、春香には絶対に手を出すな。すぐにマスクを取ってくるから、ちょっと待ってろ」

「いいだろう。だが、妙な真似はするんじゃねえぞ」

 リーダー格の返事を聞いた坂口は、急いで二階の部屋に向かうと、棚のマネキンに被せてあったエル・パラダイスのマスクを手に取った。

 そして店内に戻った坂口は、春香を捕らえた男たちと共に外へ出る。店の前には、黒いワンボックスカーが停まっていた。

 男たちは彼女をワンボックスの後部座席に押し込んだ。慌てて店を閉めた坂口も、空いていた助手席に乗り込む。

 その後勢いよく走り出した車は、闇夜を走り抜けていった。


 坂口たちを乗せたワンボックスは、高速道路をひた走り、やがて兵藤が住んでいる県に入った。

 ――どうやらこいつらは、兵藤の手下らしい。おそらくは俺の正体が、奴にもバレてしまったのだろう。かなりまずい状況だが、春香を助けるためにも、なんとかしなければ……。

 助手席に座っていた坂口は、後部座席で二人の男に両側を固められている春香のほうを見ながら、どうにか逃げ出す方法はないかと考えていた。

 しかし男たちが隙を見せることはなかった――チクショウ、なにかチャンスがあれば……!


 その後ワンボックスは、郊外の長い下り坂を降りた先にあった、大きな建物の前で停まった。

「カシラはここの地下に居る。おとなしくついて来い」

 リーダーの男に指示をされた坂口は、車から降りた。そして春香を連れた男たちと共に、コンクリート造りの怪しい建物へと近づいていく。

 見張り番がつけられた狭い入口を通り抜けて、地下への階段を降りた坂口は、男たちに促されながら、薄暗い通路を進んでいった。

 先頭を歩くリーダーの男が、視線の先に現れた扉を開く。あとに続いてその扉を通り抜けた坂口は、思わぬ光景を目にした。

 ――なんだここは。地下格闘場か!? 扉の向こうには、無数の観客で埋め尽くされている広いホールがあった。その中心に、ライトアップされた四角いリングが設置されている。

 リング上では、屈強そうな二人の男が、激しく殴り合っていた。それを見つめる様々な観客たちも、大きな歓声をあげて、エキサイトしている。

「おい、何してんだ! 早く来い!」

 リーダーの男に急かされた坂口は、春香を連れた男たちと共に観客席の外周をしばらく歩き、奥にあった部屋へと連れていかれた。


「カシラを呼んでくるから、ちょっと待ってろ」

 リーダーの男はそう言うと、春香を囲んだ三人の手下を残して部屋から出ていった。

 そして数分後、パンチパーマの大男が姿を見せた。のしのしと巨体を揺らしながら、坂口の前までやって来た兵藤が口を開く。

「おう、久しぶりやのう、兄ちゃん。やっと会えたなあ、えらい探したんやで」

 兵藤は不気味な笑顔でそう言った。

「あんたは俺たちをこんな所に連れてきて、いったいどうするつもりなんだ?」

 坂口はそんな兵藤を睨み付けながら訊ねる。

「流石にあの西島を殺っただけのことはあって、気合い入っとるのう、兄ちゃん。まあそんな怖い顔せんと、ワシの話を聞けや」

「なんだよ話って。もったいぶらずにさっさと言いやがれ」

 坂口はそう毒づいたが、兵藤は笑顔を崩さず語り出した。長々とした関西弁をしばらく聞かされた坂口は、頭の中で話の内容を整理する。

 ――どうやらここは兵藤が経営する闇の格闘技場らしい。奴の本業は実は金貸しではなく、こっちのようだ。

 強い男を好む兵藤は、三千万を餌にして、金貸しをやりつつ必死な奴等を釣っては、見込みがある者たちを闇の格闘技に引き込んでいた。

 そうして出来上がったのが、兵神会という武闘派集団らしい。どうやらネットの情報は、少々間違っていたようだ。所詮噂は、噂でしかないということだろう。

 兵藤はあの日自分を倒した坂口を欲しがっていた。そのため色々手を尽くして調べたという。

 西島の事件で坂口の名前を知った兵藤は、もしやと思い坂口の出所後の居所を突き止めた。そして雑貨屋の名称等から、マスクの種類が判明して、自分を襲ったのは坂口で間違いないと判断したのだ。

 兵藤は苦労して探し出した坂口を、闇の格闘技に引き込もうと考えていた。

 しかし自分を襲った上に、外道で名高い西島を殺すような男が、只で言うことを聞くはずがないと思ったため、春香を盾にしたというわけだった。

「――ワシの話は、今言うた通りや。兄ちゃんがワシの所で働くなら、三千万の件はチャラにしたる。どや?」

「そいつは無理な相談だ。俺には大事な店がある。俺はあの店で春香と一緒に、ずっと生きていくと決めたんだ」

 坂口がはっきりとそう言い放つと、兵藤から笑顔が消えた。

「ほうか。そこまで言うなら自分の力で、自由を勝ち取ってみいや。兄ちゃんがウチの最強のチャンピオンに勝ったら、全部チャラにしたるわ。その代わりに負けたら、兄ちゃんはワシのもんや。一生ワシの下で働いて貰うで。そんでええな?」

「ああ、それでいいぜ。やってやるよ、バカ野郎!」

 坂口は拳を固く握り締めながら叫んだ。

「ほんなら、選手の控え室に案内させるわ。マスク以外の必要なもんは揃ってるから、適当に使ってや。ええ試合せえよ、期待してるでぇ」

 兵藤は不敵な笑みを浮かべてそう言うと、手下に指示をして部屋から出ていった。


 その後観客席に連れていかれた春香と別れ、控え室へと案内された坂口は、上半身裸になった。

 続けてロッカーにあった黒いロングタイツやリングブーツ。オープンフィンガーグローブ等を身に付けた坂口は、そばにあったベンチに腰掛けて、マスクを被ろうとする。

 その時、黄色いロングタイツを穿いた筋骨隆々のマスクマンが、控え室に入ってきた。額に稲妻があしらわれている黄色のマスクを被ったその大男は、ゆっくりと坂口に近づいてくる。

「久しぶりだな、拓」

「そ、その声は、まさか、お前――」

 黄色いマスクマンが発したその低めの声は、坂口にとって、とても懐かしいものであった。

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