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十七話

 西島は地面を転がる坂口に、容赦のない蹴りを放ち続けた。

 激しい痛みに耐えながら、口内に流れる血を吐き出した坂口は、目の前に立つ西島に訊ねる。

「ぐっ……あんたこんなに人を殺して、只で済むとでも、思ってるのかよ」

 坂口の声を聞いた西島は、蹴りを止めると、こちらに拳銃を向けながら答えた。

「ああ、思ってるさ。ここは廃れた工場だからな。派手に銃をぶっぱなしたって、誰も来ることはねえ。死体はそこらに積んである廃車と一緒に、プレスしちまうだけだ。ここがあいつらの、墓場になるんだよ」

 不敵な笑みを浮かべている西島を睨みながら、坂口は再び疑問をぶつける。

「か、金原はともかくとして、あの二人は、あんたの仲間だろ。何で殺したんだ?」

「この程度で逃げ出すような奴等は、なんかあったら、すぐに口を割りやがるからな。始末しとくにこしたことはねえんだよ。ただそれだけのことだ」

 ――なんて野郎だ。こいつには血も涙もねえ。そう思った坂口は、言葉を失った。

「しかしお前が、俺や兵藤を襲うとはな。正直驚いたぜ。まさかこれほどのバカだったとはな。闇の金貸しってもんは、自分に逆らえねえような獲物を、上手く選ばなきゃいけねえんだが、俺はお前のバカさ加減を見抜けなかった。その誤算が、以前の俺の敗因だ」

 倒れた坂口に銃口を向けたまま、左手で煙草を取り出した西島が、話を続ける。

「だが俺は、お前のやり方を否定するつもりはねえ。所詮この世は弱肉強食だ。強いもんが弱いもんを食う。大なり小なり、みんなそうやって生きてるんだ。お前は自分の力で、俺や金原や、兵藤を食った。それだけのことだからな」

 西島はそう言いながら、口の端にくわえた煙草に火をつけた。そして大きく吸い込んだ紫煙を吐き出す。

「でもな、俺はやられたら、必ずやり返す主義なんだ。今までそうやって、のしあがってきたんだよ。だから俺は今日この場で、再びお前を食い殺す。まああの女だけは、生かしておいてやってもいいぜ。薬漬けにでもして売り飛ばせば、そこそこの金にはなるからな」

 そう言って笑った西島は、再び坂口を蹴り飛ばした――こいつは根っからの腐れ外道だ。絶対に許せない。坂口は痛みに耐えながら、拳を固く握り締めていた。

「もうやめて! これ以上酷いことしないで!」

「ちっ、うるせえ女だな。てめえから殺してやろうか!」

 春香の叫び声を聞いた西島は、すぐさま振り返ると、彼女のほうに銃を向けた。

 ――春香だけは、死んでも守る! その瞬間、全身の力を振り絞って立ち上がった坂口は、捨て身で西島に襲いかかった。

 素早い側転からのバク転で、西島のサイドに回った坂口は、着地の反動を利用して高く飛び上がると、驚く西島の首を両足で挟んだ。

「なにっ!?」

 そして坂口は、高速で全身を後ろに反りながら、捻りを加えて投げを放った。坂口のハリケーンラナで投げ飛ばされた西島が、もんどりうって倒れ込む。

「があっ……! こ、小僧が、殺してやる……!」

 拳銃を落として、背中から地面に倒れた西島は、右膝を立てて起き上がろうとしていた。

「うおおおおおお!」

 直後に体勢を整えた坂口は、叫びながら全力で走り出した。西島は方膝を立てたまま、そばに落ちていた拳銃に手を伸ばす。

 その手が銃に触れると同時に、西島の右膝を踏み台にした坂口は、渾身の飛び膝蹴りを繰り出した。

 坂口のシャイニングウィザードが、西島の顎に突き刺さる。

「ぐがあっ……!」

 強烈な右膝を喰らった西島は、大の字になって倒れた。

 痛む身体に鞭を打って、なんとか西島を倒した坂口は、息を切らせながら立ち上がった。そばに落ちていた拳銃を拾い、倒れたままで動けない様子の西島に近づいていく。

「レスラーの回復力を、舐めんじゃねえよ、バカ野郎」

 仰向けでぐったりとしている西島の姿を見下ろしながら、そう呟いた坂口は、奪われたコインロッカーの鍵を取り戻した。

「き、今日は俺の負けだが……か、必ず、復讐してやるからな……何処へ逃げても無駄だぞ……地獄の底まで追い詰めて、二人共、殺してやる……!」

 西島が吐いた言葉に凄まじい執念を感じた坂口は、春香を守るためには、こいつを殺すしかないと思った。

 ――これはあの時西島に復讐をした、自分が撒いた種だ。復讐は復讐を生む。最初に仕掛けた俺が、終わらせるしかないんだ。これ以上春香を、危険な目に遭わすわけにはいかない。

 そう考えた坂口は、手下が持っていたナイフを拾うと、春香のほうに歩み寄っていった。


「大丈夫か、春香。今ほどいてやるからな」

 坂口はナイフを使って縄を切り、彼女を解放した。

「拓ちゃん……拓ちゃん」

 春香は坂口に抱きつきながら、泣きじゃくっている。

「なあ春香、俺にはどうしてもやらなきゃならないことが出来ちまったんだ。アパートの近くの駅のコインロッカーに、大金が置いてある。これがその鍵だ。お前はこれを持って部屋に帰れ。そしてすぐに荷物をまとめて、この町を出ろ。俺のことは忘れて、自分の夢を叶えてくれ。幸せになれよ、春香」

「なんでそんなこと言うの? そんなのやだよ! だって拓ちゃん約束してくれたじゃん……ずっとあたしのそばに居てくれるって言ったじゃん! あたしは拓ちゃんと一緒じゃなきゃやだ!」

 彼女は涙声でそう言った。だが坂口は、この決意を変えるわけにはいかなかった。

「俺は自分のしでかしたことに、ケリをつけなきゃいけねえんだ。お前が俺の全てを知った今でも、まだ俺のことを想っていてくれるのなら、お願いだから行ってくれ。俺はせめてお前にとっての、ヒーローでいたいんだ」

 坂口の言葉を聞いた春香が、大粒の涙をぽろぽろと溢しながら呟く。

「……わかった。あたしは何があっても、拓ちゃんのことが大好きだから、拓ちゃんの言う通りにするね……その代わりに、あのマスク貰ってもいいかな? あれがあれば、拓ちゃんのこと、いつでも思い出せるから」

 彼女は地面に落ちていたエル・パラダイスのマスクを指差してそう言った。

「ああ、持ってけよ……じゃあ元気でな、春香。約束守ってやれなくて、ごめんな」

「……拓ちゃんも、元気でね。何度も助けてくれて、本当にありがとう」


 マスクを拾って泣きながら走り去る春香を見送った坂口は、ゆっくりと西島に歩み寄っていった。

 大きく深呼吸をしたあとで、倒れたままの西島に拳銃を向ける。

「ほう、小僧が……俺を殺す気なのか……てめえに撃てんのかよ? 殺れるもんなら、やってみろ! 俺は命乞いなんかは、絶対にしねえぞ!」

「うおおおおおお!」

 西島の叫び声をかき消すように、大声で唸った坂口は、何度も引き金をひいた。

 轟音と共に発射された三発の弾丸が、次々と西島の身体にめり込んでいく。

 人としての一線を越えた坂口は、まもなく絶命した西島を見下ろしながら、「ざまあみろ、バカ野郎」と呟いた。

 その言葉は、死んだ西島に言ったと同時に、殺人犯となってしまった自分自身に、投げかけた言葉でもあった。

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