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十五話

 この日も二人は、アパートで地道な作業を続けていた。昼食を終えてしばらく経った頃、春香はピンクのジップアップパーカーと、デニムのホットパンツに着替える。

 その後軽いメイクを済ませて、バッグに大事な手帳と携帯を詰めた春香は、ソファーでパソコンを弄っている坂口に声を掛けた。

「じゃあ拓ちゃん、あたしそろそろ出掛けてくるね」

「ああ、わかった。気を付けてな」

 くわえ煙草で作業を続ける彼を残して、春香は部屋を出た。

 ――今日はあそこの雑貨屋さんに行って、勉強させてもらおっと。心地よい日光を浴びながら、行き先を決めた春香は、最寄りのバス停を目指していった。


 平日のせいか、人通りがまばらな道を、ゆっくりと歩き続ける。細めの路地に入ったところで、後ろから近づいてきた白い車に気付いた春香は、道路の端に寄った。

 その車をやり過ごそうとした直後、何者かに背後から抱きつかれる。突然襲われ悲鳴をあげた春香は、激しく抵抗しながら後ろに顔を向けた。

「おい騒ぐんじゃねえ! おとなしくしろコラ!」

 茶髪の若い男が、春香を背後からがっちりと抱き締めたまま怒鳴った。

「いやっ、やめてっ、離してっ!」

 春香は恐怖を感じながらも、なんとか逃げようとした――そうだ、拓ちゃんに教えてもらった、あの技で!

 そう考えた春香は頭を前に振り、勢いをつけて後ろの男に頭突きを放つ。

 後頭部に鈍い衝撃を感じると共に、男は呻いて身体を離した。すぐに振り返った春香は、えいっ! と気合いを込めて、男の股間を思いっきり蹴りあげる。

「ぐおおっ……!」

 春香の渾身の金蹴りを喰らった男は、股間を両手で押さえながらうずくまっていた――今のうちに、逃げなきゃ。

 そう思い踵を返した春香の前に、もう一人の若い男が立ち塞がった。

「逃がさねえぞコラ!」

「いやっ、離してっ!」

 先ほどの男よりも体格がいい茶髪に、春香は捕まえられてしまう。そしてライトバンの後部座席へと強引に押し込まれた。

 あとに続いて隣に座ったその男は、春香の肩を抱きながら、首筋にナイフを突き付けてきた。

「おとなしくしてねえと、殺すぞ!」

 ナイフに怯える春香を押さえつけたままで、男が外に向かって叫ぶ。

「何やってんだヤス! 早く車出せやコラ!」

「あ、ああ、わ、わかった!」

 車のそばでうずくまっていた男はすぐに返事をすると、おぼつかない足取りで運転席に乗り込んだ。

 その後勢いよく走り出したライトバンの車内で、春香は震え上がっていた――お願い拓ちゃん、助けて……。



 西島はアジトのソファーでくつろぎながら、新入りからの連絡をじっと待っていた。

 やがて鳴り響いた携帯を手に取った西島は、電話に出た。

「おう、俺だ」

『お、お疲れさんです、女を捕まえました!』

「そうか、よくやった。だが、誰にも見られてねえだろうな?」

『は、はい! 大丈夫です!』

「よし、じゃあ今すぐ俺を迎えに来い」

『わ、わかりました!』

 電話を切った西島はニヤリと笑いながら、煙草に火をつけた。

 そのまま時間を潰していた西島に、幹部のタカシが近寄ってくる。

「お疲れさんですアニキ。こないだ話した兵藤の件なんですけど、なにやら関係がありそうな情報を耳にしたんですが」

「ほう。そいつは何だ、言ってみろ」

「どうやらあの金原も、少し前にマスクを被った野郎に襲われたらしいんです。事情通の話によると、おそらく同じ奴じゃねえかと」

「なに!? あのハゲもやられたのか、ざまあねえな。だが、面白くなってきやがった。あいつの連絡先はわかるか?」

「はい、わかります」

 タカシはそう言うと、金原の携帯番号を西島に伝えた。

「ところでアニキ、こないだの坂口って野郎は、兵藤の件に何か関係あるんですか? もしあるなら、自分も手伝いますが」

「いや、あの野郎は別件だ。お前の手を借りる必要はねえ。その代わりと言っちゃあなんだが、あの新入り共は、しばらく使わせてもらうぞ」

「そうですか、わかりました。あいつらなら、どうぞご自由にこき使ってやってください。では失礼します」

 自分の仕事に戻るタカシの背中を見送った西島は、煙草をふかしながら考えていた。

 ――秘密を知っている者は、出来るだけ少ねえほうがいい。あとで分け前をねだられても面倒だからな。

 それよりおもしれえのは金原の野郎だ。あのハゲを呼びつけて、坂口が持っているはずのマスクを確認させれば、流石に言い逃れは出来ねえだろう。

 新入りが迎えにきたら、全ての準備を整えて、あの小僧を迎えうってやる――計画を固めた西島は、ソファーにもたれかかりながら、ライトバンの到着を待った。


「お、お待たせしました!」

 やがてアジトの付近にライトバンが到着した。助手席へ乗り込んだ西島は、後部座席で震えている若い女に目をやったあと、運転席の新入りに指図する。

「おう、ご苦労だったな。今から俺が道案内するから、車を出せ」

「わ、わかりました!」

 走り出したライトバンは、郊外にあるスクラップ工場を目指していった。

 その廃工場は以前に西島が借金のカタに客から奪い取ったもので、周囲に民家も無い。そのためこういったヤバい仕事をするには、もってこいの建物だった。

 工場に向かう道中で、西島は金原に電話を掛けた。

「おう金原、久しぶりだな」

『あん? 誰だよアンタ』

「俺だよ、西島だ」

『なんだ西島さんか。それで、俺に何の用だ?』

「お前が変なマスクの野郎に襲われたって聞いたもんでな、電話してやったんだよ」

『な、なんでアンタがそのことを知ってやがんだ!? 誰に聞いた?』

「そんなことより、お前を襲った野郎の目星がついたんだよ。だから、今から確認しに来ねえか?」

『マジかよ、そいつはありがてえ! すぐに行くから、場所を教えてくれ!』

 興奮気味の金原に、工場の場所を伝えた西島は電話を切った。


 その後しばらく走り続けた車は、人気が無い廃工場に到着した。

 運転席の新入りが外周のゲートを開けたあと、再び車に乗り込んだ。

 所々にスクラップが山積みにされている、広めの敷地内の奥へと進んでいった車は、大きな建物の手前で停まった。

 助手席から降りた西島は、鉄製の扉の鍵を開けて、無人の暗い工場内に入っていった。新入りたちが女を連れて、あとに続いてくる。

 すぐに電気のスイッチを入れた西島は、新入りたちに身体を掴まれ、怯えている若い女に声を掛けた。

「よう姉ちゃん、おとなしくしてれば殺したりはしねえから、彼氏に電話をするんだ。早く助けに来てってな」

 女はキッと西島を睨み付けたあと、バッグから携帯を取り出した。そして電話を掛けた女は、悲痛な声をあげた。



 静かな部屋の中に、携帯の着信音が鳴り響いた。久々の電話に驚いた坂口は、何事かと思ってすぐに出る。

『拓ちゃん、助けて! 変な奴等にさらわれたの! お願いだから早く来て、拓ちゃん――』

「な、なんだって!? おい春香! い、今何処にいるんだ? 俺に教えてくれ!」

 春香の異変に気付いた坂口は、動揺しながら必死で叫んだ。しかし、彼女からの返答は無かった。

『よう坂口、久しぶりだな。この女は春香っていうのか。なかなかいい女じゃねえか』

「そ、その声は、まさか西島か!? な、なんでお前が……は、春香に何をした!?」

 聞き覚えがあるしゃがれた声に驚愕しながら、坂口は訊ねる。

『おいおい、まあ落ち着けよ。まだ何もしちゃいねえ。お前が俺の言うことを聞きさえすれば、女は返してやる。俺はお前に、用があるんだ』

「ど、どういうことだ!? いったい何が目的だ!?」

『とぼけるんじゃねえよ、お前にはわかっているはずだ。俺がお前に電話を掛けた理由がな』

 西島の返答を聞いた坂口は、もしかしたら、事件のことがバレてしまったのかもしれないと思った。

 だが、そんな確証はあるはずが無い――そう考えた坂口は、再びはぐらかすことにした。

「な、なんのことだ? い、言ってることがさっぱりわからねえよ。お前は何がしたいんだ? 春香を今すぐ返せ!」

『ほう、あくまでもとぼける気か。それならこっちにも考えがある。女を助けたかったら、金貸しを襲って貯め込んだ、全ての金とマスクを持って、俺が指定する場所に来い。来なければ女を殺す』

 どうやら西島には、全部バレているようだ――そう判断した坂口は、春香の命を救うために、覚悟を決めた。

「わ、わかった。必ず行くから、春香には絶対に手を出すな! 彼女は一切関係無いんだ!」

『いいだろう。だが、サツにたれ込むような真似しやがったら、女の命はねえからな。場所は――』


 西島からスクラップ工場の住所を聞いた坂口は、急いで三本ラインの黒いジャージに着替えた。続けて小さめのリュックにマスクとコインロッカーの鍵を詰め込み、革手袋とフルフェイスを手にして部屋を飛び出す。

 それらを装着してバイクに跨がり、キックスタートを決めた坂口は、勢いよく走り出した――すぐに助けに行くから、無事でいてくれよ、春香。

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