十四話
兵藤を倒した翌日から、坂口は春香と共に、新生活を送るための準備を始めていた。
部屋のソファーに座ってパソコンをたちあけた坂口は、隣に寄り添う彼女と相談しながら、物件探し等に精を出す。
「ここはいい感じだな。でもちょっと高いか……税金とかも考えなきゃいけねえしな。春香はどんな所がいいんだ?」
「あたしは税金のこととかよくわかんないし、お店選びとかは拓ちゃんに任せるよ。その代わりにお店のデザインとか置く商品とかは、あたしが頑張って考えるから任せてね!」
春香はそう言って胸を張った。
「そっか、わかった。じゃあ失敗しないように、じっくりと探すか。時間はたっぷりあるしな」
「そうだね、ゆっくり決めればいいよ。あたしは拓ちゃんが探してくれてる間に色んな雑貨屋さん巡って、どんな商品が売れてるのか勉強してくるね!」
「それはいいけど、お前一人で大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ! じゃあ今からちょっと行ってくるね!」
笑顔でそう言い、立ち上がった春香は出掛ける準備を始めた。
「もしなんかあったら、すぐに電話しろよ」
「うん、わかった!」
支度を終えて、部屋から出ていく彼女を見送った坂口は、再びパソコンでの作業に戻った。
坂口は目についた物件を幾つもピックアップする。やがて春香が雑貨屋から帰ってくると、彼女が手帳に書き留めてきた、沢山の売れ筋商品をパソコンで調べた。
そうして集まっていく様々な情報を、春香は新しく用意したノートに書き写していった。
そんな生活が、それから何日も続いていた。だが坂口は、毎日部屋にこもって地道な作業を繰り返しながらも、それを苦にはしていなかった。
愛しい彼女と二人で、自分たちの雑貨屋を作るということが、この上なく楽しかったからだった――俺は春香の夢を、絶対に成功させてやるんだ。
西島はこの日の仕事場である、パチンコ屋の閉店後、アジトのビルの一室に立ち寄った。ソファーと机が幾つか置いてあるだけの殺風景な部屋には、強面の子分たちが集まっている。
「西島のアニキ、お疲れさんです!」
彼等は西島に気付くと、一斉に頭を下げた。
「おう、ご苦労さん」
奥のほうにある黒革のソファーに、どっしりと腰をおろした西島は、黒いスーツのジャケットから煙草を取り出した。そして幹部のタカシを呼びつける。
「ようタカシ、今日のアガリはどうだったんだ?」
「例の隣町のババアから、百万ほど踏んだくってやりましたんで、バッチリですよ」
「ほう、なかなかやるじゃねえか。だがサツにつけ回されるような、ヘマはしてねえだろうな?」
口の端に煙草をくわえた西島に、ライターを持った幹部のタカシが近寄ってくる。短髪でイカツイ顔をしたタカシは、西島の煙草に火をつけたあとで返事をした。
「ええ、大丈夫です。上手くやりましたから」
「そうか、それならいい。よくやったな」
西島は吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、タカシを誉めた。
「ところでアニキ、数日前に兵神会の兵藤が襲われた件、ご存知ですか?」
「なに!? 兵藤が襲われただと? あの野郎を襲うなんて、いったい何処のバカだ?」
タカシの言葉に目を見開いた西島は、慌てて訊ね返した。兵神会の兵藤と言えば、裏の世界でも名が轟く、危険な男だったからだ。
「それが妙なマスクを被ってて、黒いジャージを着た、ガタイのいい変な野郎らしいんです。そいつに三千万ほどかっさらわれたらしくて、兵神会の奴等も、血眼になって探してるらしいんですが、何処の誰だかわかんなくて、探しようがないとか」
「三千万だと!? なんか他にそのバカに関する情報はねえのか?」
思わぬ額にますます興味が湧いてきた西島は、タカシに詰め寄った。
「はあ、あるにはあるんですけど、役に立つかどうか」
「構わねえから言ってみろ」
「事情通から聞いた話によると、そいつはSRって単車で逃げてったらしいんです。追っかけてった若いもんが単車好きで、音で車種がわかったらしいんですが、なにしろ人気の単車らしくて、それだけじゃあなんとも――」
タカシの話を聞いた西島はハッとした――ガタイがよくて、SRに乗っている男……まさか、あのガキか!?
そう言えば俺を襲った野郎も、黒いジャージのようなやつを着てやがった。もしかするとあいつが、俺と兵藤をやりやがったのかも知れねえ。
だとすれば、これはチャンスだ。現時点であいつに目を付けているのは、俺だけのはずだ。俺が全ての金を、奪い取ってやる――そう考えた西島は、目の前に立っているタカシに手招きをした。
「使える若いもんを二人用意して、坂口って野郎を探させろ。この町に居るはずだ。見つけたらすぐに俺に知らせろ」
「わかりました、すぐに手配します」
指示を受けたタカシは、アジトから出ていった。
それから数日後の昼過ぎ、パチンコ店に居た西島の携帯が鳴る。
「おう、俺だ」
『に、西島さんですか? 坂口って野郎のアパートを見つけました! バイクもあります! そ、それで、これからどうすればいいっすか?』
「そうか、よくやった。じゃあ俺が行くまで、何もせずに近くで見張ってろ。いいな?」
『は、はい、わかりました!』
タカシが用意した新入りの若者からの連絡を受けた西島は、その後電話で呼びつけたタクシーに乗り込んだ。
そして坂口が住んでいるアパートが見えてきたところで、タクシーを待たせて降りた西島は、付近に居た二人組の茶髪の新入りと合流する。
「お、お疲れさんです!」
「おう、ご苦労だったな。お前らに引き続き頼みがあるんだが、車を用意するから、しばらくここで張り込んでろ。ことが上手くいったら、褒美は弾んでやる。なんか変わったことがあったら、すぐに俺に知らせるんだ」
「は、はい、わかりました!」
二人組に指示をした西島は、再びタクシーに乗り込んでその場を去った。
――あんなボロアパートに住んでいるってことは、奪った大金はまだ使ってねえはずだ。おそらく何処かに隠してやがるんだろう。だとすれば、今部屋に踏み込んでも無駄だ。
それにあのガキがやったという確証もねえ。なにかあいつの弱味を握って、カマをかけるしかねえだろう。それで仮に俺の勘が間違っていたとしても、何も損することはねえ。
その時は適当に、ごまかせばいいだけだ――車窓に流れる景色を眺めながら、そう考えた西島は、新入りからの連絡をじっと待った。
『お、お疲れさんです! なんか野郎には、女がいるみたいです! さっきその女が、野郎の部屋に入っていきました!』
「そうか、わかった。じゃあお前らはそのままそこに張り込んで、女が一人で出てきたら、さらってこい。上手くいったら、俺に連絡しろ」
『わ、わかりました!』
夕方アジトで電話を受けた西島は、ソファーにもたれかかりながら、煙草をふかしていた――お前が俺を襲いやがったのなら、たっぷりと後悔させてやるからな。待っていろ、小僧。