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十三話

 翌朝いつものトレーニングを終えたあと、愛しの春香と共に部屋でゆったり過ごしていた坂口は、待ち望んだ夕方が迫ってくると、三本ラインの黒いジャージに着替えた。大きめのリュックを用意して、エル・パラダイスのマスクを中に詰め込む。

 その後坂口は、棚にしまってあった予備のプリペイド式の携帯電話を手に取ると、それを春香に渡した。彼女はアキラからの電話を恐れて、自分の携帯をずっと使っていなかったからだった。

「じゃあ今からちょっと出掛けてくるから、なんかあったらこれで電話しろよ。そしたらすぐに、戻ってくるから」

「うん、わかった! 気を付けて行ってきてね、拓ちゃん」

 用意したリュックを背負い、フルフェイスと革手袋を手にした坂口は、玄関先で見送る春香を残して部屋を出た。それらを身に付けたあと、バイクに跨がり、慣れた手順でキックスタートを決める。

 ――兵藤はかなりの危険な相手らしいが、俺は必ず奴を仕留めてみせる。そして俺は春香と、新しい生活を始めるんだ。坂口はそう気合いを入れ直して、一路兵藤のマンションを目指していった。


 風を切ってバイクを飛ばし、やがて辺りの陽が暮れ始めた頃、春香と出逢った堤防道路に差し掛かる。その道をひたすら進み、左手に兵藤が住む高層マンションが見えてくると、坂口はそれに近づくにつれて減速した。

 ほどなく兵藤のマンション付近に辿り着いた坂口は、堤防道路を降りることなくUターンした。そのまま道の端にバイクを寄せて停車する。

 坂口はここからは徒歩で行動しようと思っていた。ことが済んだらこの場所まで戻り、バイクで逃走するという算段だ。そのほうが人目につきにくいだろうと考えたからだった。

 堤防道路の端に立ち、フルフェイスを脱いだ坂口は、それをバイクに残して歩き出した。左右を確認しながら、小走りで車道を横切ったあと、あまり急じゃない土の斜面を下っていく。

 そのまま視線の先に建っている、兵藤のマンションへと向かった坂口は、少し離れたところにあった、電柱の陰に潜んだ。リュックから取り出した煙草に火をつけて、標的の帰宅をじっと待つ。


 やがて辺りが暗くなってきた頃、兵藤のセダンがやってきた。車は左にウインカーを出して、地下駐車場へと入っていく。

 それを見届けた坂口は、早足で地下駐車場に忍び込んだ。辺りには人の気配は無かった。

 所々に立っている、コンクリートの柱の陰に身を隠しながら、リュックから取り出したマスクを被る。襲撃の準備を整えた坂口は、少し離れた壁際にある、兵藤の駐車スペースへと慎重に近づいていった。

 車から降りた兵藤が、駐車場の奥にある、エレベーターのほうにのしのしと歩いていく。タイミングを計って柱の陰から出た坂口は、前方を歩く兵藤に、背後から忍び寄った。

 続けて西島を襲った時と同様に、素早い動きでチョークスリーパーを仕掛ける。

「ぐっ!? ごおっ……!」

 突然坂口に背後から首を極められた兵藤は、呻き声をあげながら暴れた。だが坂口は、容赦なく締めあげていく――このまま絞め落として、さっさと終わらせてやる。

 坂口がそう思った直後、兵藤に襟首を掴まれた。チョークスリーパーを極めたまま、兵藤の猛烈なパワーで背負い投げされた坂口は、慌てて技を解きながら身をひるがえした。

 そしてなんとか両足をつき着地する。視線の先に立つ兵藤は、喉元を押さえて苦しそうに咳をしたあと、鋭い目付きで坂口を睨んできた。

「ワシを襲うとはええ度胸しとるやんけ、何もんじゃワレ!」

「正義の味方だよ、バカ野郎!」

「ほう、おもろいやんけ兄ちゃん。ワシを殺れるもんなら、やってみい!」

 そう叫ぶやいなや、兵藤は両手を高くあげて構えた。鬼の形相をして、凄まじい殺気を発している兵藤の姿を見た坂口は、間合いを計りながら警戒を強める。

「かかってこんのやったら、こっちからいくどコラァ!」

 直後に動き出した兵藤は、素早いハンドスピードで、何度も坂口に掴みかかろうとする。坂口はそれを左右にかわした。

 ――どうやらこいつは、かなりの柔道使いらしい。ちょっとでも隙を見せたら、間違いなく投げられるだろう。地面は硬いコンクリートだ。掴まれたらヤバい。なんとか細かい打撃で、ダメージを与えるしかない。

 そう考えた坂口は、フットワークを使いながら、素早いジャブやローキックを連続で放っていく。だが兵藤は、それらを軽く捌いた。

 そしてジリジリと間合いをつめてくる兵藤の圧力に押され、坂口は徐々に後退りする。

 右後方にある壁と、左後方に停められているセダンが作り出したコーナーに追いつめられた坂口は、こいつを倒すには、意表をつくしかないと考えていた。

「もう逃げられへんど! 覚悟せいや、兄ちゃん!」

 壁と車のコーナーに追いやられたままで、逆転のチャンスを窺っていた坂口に、兵藤が襲いかかってくる。

 ――一か八かだ、賭けるしかない! それに合わせて素早く振り返った坂口は、セダンのトランクに飛び移ると、そのまま高くバク宙し、肩車のように兵藤の両肩に乗っかった。

「なっ!?」

 間髪入れずに兵藤の首を、両足でがっちりと挟んだ坂口は、高速で身体を後ろに反りながら、捻りを加えて投げ飛ばした。

 坂口のハリケーンラナで、巨体を硬いコンクリートに叩き付けられた兵藤は、呻きながらのたうち回った。

 なんとか身体を起こそうとするうつ伏せの兵藤に、上から覆いかぶさった坂口は、再びチョークスリーパーを極めた。続けて両足を兵藤の身体に回し、胴も同時に締めあげる。

 がっちりと胴締めスリーパーを極めたまま、相手ごとぐるりと仰向けになった坂口は、苦しみもがく兵藤を、渾身の力で締め落とした。

 その後技を解いて立ち上がった坂口は、気絶した兵藤を見下ろしながら、ざまあみろ、バカ野郎と呟いた。

 ――あとはこいつの金の回収だけだ。そう考えた坂口は、倒れている兵藤のポケットをまさぐって、セダンのキーを探す。

 その時兵藤の右手から、妙な機械が落ちた。よく見てみると、それは発信機のようだった――なんだこれ……まさかこいつ、仲間を呼びやがったのか!? だとすると、急がなきゃまずい!

 焦った坂口は、慌ててセダンのキーを手に入れると、ロックを解除してトランクを開けた。中にはネットの噂通りに、大量の札束が並べられていた。

 おそらく数千万円はあるだろう。坂口は生唾をごくりと飲みながら、背負っていたリュックを手に取ると、それに次々と札束を詰め込んでいった。


 あと少しで全て詰め終わるというところで、視線の先のエレベーターから、危なそうな男たちが、ぞろぞろと降りてきた。

「兵藤のカシラァ、大丈夫っスカァ!」

 倒れている兵藤の姿に気付いた様子の男たちが、叫びながらセダンのほうへと駆け寄ってくる。なんとか金を詰め終えた坂口は、リュックを背負ってその場から逃げ出した。

「待てやコラァ!」

 だが男たちは猛然と追ってきた。全速力で地下駐車場から出た坂口は、そのまま堤防道路に向かって走る。

「止まれコラァ!」

 土の斜面を登っている途中で、一人の男に追い付かれた坂口は、振り向きざまにそいつを蹴り飛ばした。男は後続を巻き込みながら、転がり落ちていった。

 その隙に堤防道路へ上がった坂口は、バイクのほうへと急いで駆け寄り跨がった。そしてマスクの上からフルフェイスを被り、素早くキックスタートを決めて、フルスロットルで走り去った。


 ――かなりヤバかったが、なんとか成功だ。ほとぼりが覚めたら、春香と一緒に町を出よう。高速のインター手前でバイクを停めた坂口は、マスクを脱いだ。

 その後高まる興奮を抑えながら、再び走り出した坂口は、ノンストップで隣県を出ると、金が隠してある駅のコインロッカーを目指していった。今夜手に入れた大金も、リュックごとそこに隠すつもりであったからだった。


 全ての用件を済ませた坂口は、ロッカーの鍵をポケットにしまい、マスクを手にしてアパートに帰宅した。

 明かりがついた部屋に帰ってくるのは、久しぶりだと思いながら、ドアを開ける。

「お帰り拓ちゃん、晩御飯出来てるよ。一緒に食べよ!」

「ただいま春香。遅くなってごめんな」

 食欲をそそる、いい匂いが漂う部屋に帰りついた坂口は、笑顔の春香に出迎えられた。マスクを棚のマネキンに戻して、ソファーへと移動する。

「これお前が全部作ったのか? すげえな」

「でしょ。拓ちゃんのために頑張ったんだから、いっぱい食べてね!」

 大仕事を終えた坂口は、テーブルの上に所狭しと並べられた春香の豪勢な手料理を、二人で仲良く楽しんだ。

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