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十二話

 ――今日もめぼしい情報は無しか。春香が坂口の部屋に来てから、二週間が過ぎようとしていた。坂口はそばに居る彼女の目を盗みながら、毎日様々なサイトを巡っては、無数の書き込みを漁っていたが、近場の悪党の情報は、思うようには集まらなかった。

 ――ちょっとした噂程度の小物は居るようだが、ターゲットの特徴が曖昧だ。これでは特定が難しい。

 それに実際出向いて相手の悪事を確認しなければ、流石に襲うわけにはいかねえ。それじゃあ只の強盗と一緒になっちまう。出来るだけはっきりとした情報を探さねえと――。

 坂口は気を取り直して、再びモニターを注視する。隣に座っている春香は、テレビゲームに熱中していた。

「ねえ拓ちゃん、ここどうやればいいの? すぐやられちゃうんだけど」

「……ん? ああ、これか。ここはこいつを先に倒すんだよ。そうすればこっちから楽に進めるんだ」

「そっかぁ、なるほど。さすが拓ちゃんだね。あっ、株の邪魔してごめんね」

「いいよ。気にすんな」

 リアルなスパイのゲームに奮闘している春香を横目にしながら、坂口は情報集めを再開した。


 その後も日を追う毎に、彼女との仲はどんどんよくなっていったが、それに反するように、坂口の計画のほうは上手くいかなかった。

 だが、昔の彼女と別れてからずっと独りで居た坂口は、人なつっこくて明るい春香と過ごすこんな毎日も、悪くはないと思っていた。

「ねえ、拓ちゃん。今日株終わったら、バイクでどっか連れてってくれない?」

「ああ、いいぜ。じゃあ今日は天気もいいし、海でも見に行くか」

「ホントに!? やったぁ。あたし海行くの久しぶりだなぁ、楽しみ!」

 どうやらゲームに飽きたようで、退屈そうにしていた春香から誘われた坂口は、パソコンを閉じて出掛ける準備をした。時刻は午後三時を回っていた。

 すぐにライダースとジーパンに着替えた坂口は、ソファーで煙草に火をつけると、彼女の支度を待った。

 ほどなくしてバスルームで着替えていた春香が出てきた。彼女は初めて出逢った時に着ていた、ピンクのジップアップパーカーと、デニムのホットパンツを穿いている。

 その後鏡の前で軽いメイクを済ませた春香を連れて、坂口は部屋を出た。愛用のフルフェイスを被って、彼女と共にバイクに跨がる。

 そして走り出した坂口は、降り注ぐ太陽の温もりと、ぎゅっと身体にしがみついている春香を感じながら、昔の彼女とよく行っていた海を目指した。


 風を切って長い道のりを進み、やがて辺りの陽が暮れてきた頃、左手に海が見えてきた。坂口の肩をポンポンと叩いて、はしゃぐ春香を横目にしながら、海岸付近の道沿いにバイクを停める。

 まるで小さな子供のように喜んでいる彼女の後に続いて、砂浜を歩き出した坂口は、潮風が漂う夕暮れの海に近づいていった。


「すっごい綺麗な夕陽だね、なんかロマンチック。周りに誰も居ないし、あたしたちの貸し切りみたいだね」

「ああ、そうだな」

 春香と並んで浜辺に座った坂口は、目の前に広がる美しい景色をじっと眺めていた。辺りには波の音だけが、優しく響いている。

「……ねえ拓ちゃん、拓ちゃんって、彼女とか居るの?」

「ああ、今は居ねえよ。とっくの昔にフラれちまったしな。それにもし居たなら、お前をあの部屋には泊めてねえよ」

「そっか、そうだよね……よかった、拓ちゃんに彼女が居なくて。あたしあの部屋すごく気に入っちゃったから、ずっと居たいなって、思ってたの。だから――」

「まああんな部屋でいいなら、好きなだけ居ろよ。俺も独りで居るよりかは、話し相手が居たほうが楽しいしさ。この先のことは、ゆっくり考えればいいよ。人生焦ったって、ろくなことがねえからな」

 坂口は自分の人生経験を振り返りながら、春香に言った。今まで散々苦労をしている彼女には、なんとか幸せになってほしいという想いがあったからだった。

「……あのね、拓ちゃん。あたしは話し相手とかじゃなくてね、拓ちゃんのそばに、ずっと居たいんだ。あたし拓ちゃんのこと、好きになっちゃったんだ。だから、このままずっと拓ちゃんのそばに、居ちゃだめかな?」

「ちょっ、お前、いきなり何言ってんだよ……き、気持ちは嬉しいけどさ、お前にはその、なんつうか、俺なんかよりもっとまともで、ふさわしい相手がいるはずだよ。だから、もっと自分の幸せをよく考えろよ」

 春香から突然告白された坂口は、激しく戸惑った。しかし彼女は、真剣な顔で続ける。

「あたしは拓ちゃんがいいの。拓ちゃんじゃなきゃだめなの。初めて逢った時から、ずっと好きだったんだよ。あの日あたしは拓ちゃんに出逢って、あたしを守ってくれるのは、幸せにしてくれるのは、この人だって思ったの。だから、ついてきたんだよ」

「お、俺は……まともに働いてもいねえし、お前を幸せにしてやれるような自信がねえんだ。だ、だから、俺なんかより、もっとちゃんとした奴を探したほうがいいよ。お前ならきっとすぐに見つかるさ。だから――」

 春香の真剣な想いは、坂口の心にぐっと響いたが、彼女の気持ちに応えることが出来なかった。幾ら正義のためだとはいえ、他人を襲って金を奪っている犯罪者の自分には、純真な春香を受け入れる資格が無いと思ったからだった。

「……そっか、わかった。拓ちゃんは、あたしじゃだめなんだね。ごめんね、急に変なこと言って。迷惑だよね」

「べ、別に迷惑ではねえよ、たださ、ちょっとびっくりしたっつうか……ま、まあ気にすんなよ……なんか暗くなってきたし、そろそろ帰るか」

「……そうだね、帰ろっか」

 すっかり陽が沈み、真っ暗になった砂浜を、二人はゆっくりと歩いていった。やがてバイクまで戻った坂口は、なんとも言えない気まずさを感じながら、春香と共に帰路についた。


「ねえ拓ちゃん、ちょっとコンビニ寄ってもらってもいいかな?」

「ああ、わかった」

 夜の町を走り抜けて、アパートに近づいてきたところで、春香からそう頼まれた坂口は、付近にあったコンビニにバイクを停めた。

 ちょっと待っててねと言い残し、店内へ入った彼女は、無料の求人誌を手にしてすぐに出てきた。坂口は春香が後ろに跨がったのを確認すると、再びバイクを走らせて帰宅した。

「今日は遠出したから疲れただろ? 適当にシャワー浴びてゆっくり休めよ」

「うん……そうするね、ありがとう」

 返事をした春香には元気が無かったが、坂口は明日になれば、いつもの明るい彼女に戻るだろうと思っていた。


「おはよう拓ちゃん、あたし今日から頑張って仕事探すね。いつまでも拓ちゃんに迷惑掛けられないし」

 次の日の朝、春香はそう言うと、ベッドに座って昨日の求人誌を読み始めた。坂口はそんなに焦らなくてもいいと彼女に言ったが、春香は夢中で仕事を探し続けた。

 昨日の事を気にしている様子の彼女を横目にしながら、パソコンをたちあげた坂口は、日課の情報収集を始める。

 だが坂口は、ベッドに座ったままでいつまでも隣に来ない春香のことが気になって、作業に集中出来ずにいた。

 それから数時間が経った頃、求人誌を手にした彼女が、ようやく坂口に近寄ってきた。

「ねえ拓ちゃん、あたしこの工場で働いてみようと思うんだ。なんか未経験でも出来るみたいだし、寮もあるんだって。それでね、今度の水曜日に説明会があるらしいから、あたし行ってみるね」

 春香はそう言いながら、求人誌の募集広告を坂口に見せてくる。その家電の製造工場は、かなり離れた他県にあった。

「お前、仕事探すのはいいけど、工場って……そんなんでいいのかよ? お前は雑貨屋やりたいんだろ? だったら――」

「雑貨屋さんにはいつかなりたいよ。でもお金貯めなきゃ無理だもん。それに、今のあたしには住む所も無いんだから、寮がある会社で働くしかないかなって思ったの。だから、心配しないで」

 坂口は春香のことを気遣ったが、彼女の意志は固いようだった。その後求人誌に付いていた、履歴書の準備を始めた春香の姿を見た坂口は、彼女にそれ以上何も言うことが出来なかった。


 気まずい空気が漂う中で、春香と数日過ごした坂口は、一日でも早く部屋から出ていこうとしている彼女を見ながら、自分を責めていた――クソッ、俺がもっとまともな人間だったら、春香の気持ちを受け止めてやれるのに。春香を引き止めてやれるのに。

 そんな坂口の想いもむなしく、ついに彼女が出ていく水曜日がやってきた。


「……そろそろ時間だから、あたし行くね」

 出逢った日と同じ服装をして、茶色のショルダーバッグを肩に掛けた春香が、玄関のほうへと向かっていく。

「駅まで送ってやるから、ちょっと待てよ」

 いつものスエットを着ていた坂口は、普段着に着替えようとした。

「見送りはいいよ。辛くなっちゃうから、ここでお別れね。今まで面倒見てくれて、ホントにありがとう。じゃあ元気でね、拓ちゃん」

「そっか……お前も元気でな、春香」

 春香は僅かに微笑みながら、小さく手を振って部屋から出ていった。彼女を見送った坂口は、ソファーに腰を埋める。

 春香が居なくなった静かな部屋の中に、独りで残された坂口は、心にぽっかりと穴が開いたようだった。彼女と楽しく過ごした日々の思い出が、頭の中を駆け巡る。

 ――俺は、やっぱり春香のことが好きだ。あいつを失いたくない。俺は春香と、ずっと一緒に居たい。

 自分の気持ちに気付いた坂口は、急いでラフな普段着に着替えると、部屋を飛び出した。駅に向かっているはずの春香の後を、全速力で追っていく。

 激しく息を切らせながら、やがて彼女の背中を見つけた坂口は、大声で叫んだ。

「待てよ春香! 待ってくれ!」

「拓ちゃん……どうしたの?」

 春香は歩みを止めて、坂口のほうに振り返る。すぐに彼女の目の前まで駆け寄っていった坂口は、荒れた呼吸を整えながら、春香をじっと見つめた。

「行かないでくれ春香。俺もお前のことが好きだ。俺がお前のことを、ずっと守ってやるから、必ず幸せにしてやるから、ずっと俺のそばに居ろ」

「拓ちゃん……拓ちゃん!」

 涙を浮かべながら近寄ってきた春香のことを、ぎゅっと抱き締めた坂口は、彼女に熱いキスをした。


 その後部屋に戻った二人は、軋むベッドの上で何度も愛し合った。隣に寄り添う春香の身体を抱き寄せながら、悪党退治から足を洗おうと決めた坂口は、彼女に優しく囁いた。

「なあ春香、俺には一つだけやり残したことがあるんだ。それが済んで落ち着いたら、二人でこの町を出て、何処かで一緒に雑貨屋でも始めよう」

「ホントに!? 拓ちゃんと一緒に雑貨屋さんが出来るなんて、夢みたい。あたし頑張るから、二人で素敵なお店を作ろうね。約束だよ」

「ああ、約束な。春香」

 満面の笑みで喜ぶ春香と指切りをした坂口は、改めて決意を固める。

 ――兵藤の悪事を知ってしまった以上は、あいつだけは見逃せない。それに奴の金を奪えば、雑貨屋を始める資金の大きな足しにもなるはずだ。兵藤を倒して、きっぱりとケリをつけよう。それが済んだら全ての金を持って、春香と幸せに、暮らすんだ。

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