(7)母さまは家の中で最強のようです
どうしてこうなるんでしょうね。
予定と全く違うルートに入りまくってます。
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一体何が起こったんでしょう!?
屋敷の中に入った僕たちの前に、コック長のハンスさんがやってきた。
「おぅ、坊。すまねえが晩餐が始まる前にアレを仕上げといてくれや。出すのはこっちでやれるが、『あの隠し玉』はお前さんが作ることに意味があるからな」
「わかりました、彼女を送ってから行きますね」
そう言って僕の後ろに付いて来る姫様の方を向いて、厨房の親方にお客様がいる事を気が付いてもらう。
シャルちゃんは熊みたいな大人を前に緊張しちゃってるみたいだけど…
大丈夫、悪い人じゃないから。
「おっ、坊のコレかい? 若いのに隅に置けねえなぁ。 どこまで進んでるんだ?」
…前言撤回、意地が悪い人だったかもしれない。
ハンスさんは酔っ払いオヤジみたいな絡み方をしてきた。
実際に飲んでないだろうな、この大酒飲み。
「違いますよ、本日のゲストの一人ですよ」
シャルちゃんは目の前で言われたことを理解していないみたいだ。
この歳でこんな話を理解してたら、それはそれで問題だと思うけど…って僕もこんな歳だ……気にしたら負けだろう、いまさらだし…
「もぅ、あとでちゃんとやりますから、ハンスさんの方こそ今日の晩餐は手を抜かないでくださいよね。行こ、シャルちゃん」
そう言ってシャルちゃんの手を握って貴賓室の方へ走り出す。
後ろでハンスさんが坊も言うようになったなぁ、とか呟いてるけど知ったこっちゃない。からかってるというのが丸分かりなんだから、いちいち付き合っていられるか。
5歳児をからかうんじゃないよ、まったくもう…
貴賓室にやってきた僕たちを待っていたのは、ニヤニヤしてる大人たちの視線だった。
仲良く手をつないだ幼児の男女というのがツボに入ったらしい。
その気持ちはわからなくもないけど、そういう目で見られるのはかなり恥ずかしい。
というか、さっきの酔っぱらいオヤジと同じ顔だ。
「先に言っておきます。からかわないでくださいね」
「あら、残念ね。息子の彼女を紹介してもらおうと思ったのに」
母さま、貴女もか! この部屋に味方はいないのか!
とかバカなことに逃避しかけていたら、シャルちゃんが前に出てきた。
「えぇと、は、はじめまして。シャルナ=アム=ジルドです。このまえ4さいになりました」
シャルちゃんが僕を助けてくれるように黒髪紫眼の女性に自己紹介をした。 味方はシャルちゃんだけだよ…
「あらあら、ありがとうね。私はメイリア=ドゥナ=エスクランス。メイリアお姉さまって呼んでいいわよ」
母さま、『お姉さま』はない『お姉さま』は…… 続柄からすると『叔母さん』になるから、そう呼ばれるのをイヤがる女心というのも分かる、だけど…それはない!
声には出さないし、言わないけど…
「おいおい、お姉さまはないだろう。姪っ子なんだから普通はおばさ「ア・ナ・タ? 何か言いまして?」」
瞬間、辺りの気温が急激に下がった気がした……
父さま、わざわざ自分から地雷を踏みぬきに逝ってどうしますか!
あ、王さまと王子さまが硬直している。
この部屋にいる全員がヘビに睨まれたカエルみたいに殺気に呑まれている。
さすがは我が家の頂点に君臨するだけのことはある。
あ、母さまの手に風魔法が纏い始めてる。
これは久々に猛烈なお仕置きになるな。
ここにシャルちゃんを置いておくのはマズイかもしれない、主に教育上…
「そうだ、ちょっと僕、頼まれごとしていたのでちょっと行ってきます、行こ、シャルちゃん」
そう言ってシャルちゃんの手を引っ張って厨房の方へ移動する。
さすがに王さまと王子さまは被害に遭わないと思うけど…2人まで助けるには僕は弱すぎる。
チートでも母さまに勝てる気が一切しないんだよなぁ。
後ろの方で父さまの断末魔が聞こえた気がするが、気にしたら負けだ。
……あとで傷薬、差し入れておこう。
厨房準備室でアイスの材料が入った筒を塩を振った氷の中で回転させる。
こうすることでひんやり冷たく口溶けが良いアイスクリームが完成する。
手で回すのは冷たいので、念動力を使って回している。
オーブンではクッキーも透視能力で焼き加減を確認しながら焼いている。
Sr20を超えて並列思考の2つめの自動化も可能になったので、それを駆使して3つの作業を同時進行をする。
焼き加減のチェックとアイス回転は自動的にしていても大丈夫なので、クッキーが焦げないように見張らずに別の作業をしていても問題がない。
自動化を使わなければ6作業同時進行まで不可能じゃないんだけど、疲労感と集中力がものすごいんだよなぁ。
今は10分維持できたら上出来レベル……そろそろ調理用魔道具も考えないとなぁ。
「すごい、どうしてつつがかってにまわってるの?」
シャルちゃんは氷の中で回ってる筒に興味津々なようだ。
こっちの厨房準備室に誰もいなくてよかった。
見られていたら超能力がバレたかもしれない。
機会があったらアイス用の回転する魔道具を作っておこう。
「えぇとね、ふしぎな力が働いているから回ってるんだよ」
子供じゃなきゃ、こんな答えでごまかせないけど、超能力はなるべく秘密にしておきたいし…できるだけ早めに魔道具を用意しておこう。
「そうなんだ、これ、なかになにがはいっているの?」
「夕ご飯の時のお楽しみだよ、お、そろそろ、こっちはいいみたいだ」
頭の中に映像が浮かびアラームが鳴る、オーブンの中のクッキーが焼けたみたいだ。
オーブンを開けるといい匂いがした。
オーブンの中からミトンをはめた手で、クッキーをのせた鉄板をゆっくり取り出す。
割と重かったので重圧を3倍率まで減らす。最近、料理中は重圧を5倍率から3倍率に落とすことが多くなってきている。
やはり5歳児の体力並みに力を下げていると調理器具はちょっと重すぎる。
そういえば、なんで僕は重力かけていたんだっけ?
1枚味見してみたところ、サクサクの中に紅茶の香りがふんわり漂っていい感じだったので、焼きたてのクッキーをシャルちゃんにもおすそ分けした。
喜んで受け取ってくれたけど、かじった途端、笑顔がさらに倍になった。
「すごい! このクッキー、ディルくんがつくったの?」
「そうだよ、おいしい?」
「うん、すごくおいしい!」
良かった、好評みたいだ。これでデザートの準備は大丈夫だな。
あとは、ハンスさんに頼まれていた例のブツも最終段階に入れそうだ。
いよいよ父さまと母さまを含めた大人たちを驚かす時が来たみたいだ。
シャルちゃんが見てるけどあとでクッキーを使って口止めしておこう。
そうして、僕は蒸し器とオーブンに向かうのだった。
…それにしても、なぜ僕は料理作りに真剣になっているんだろう?
次回、新作、餌付け、サプライズ!