(12)母という名の女性は無敵みたいみたいです
軌道修正が難しく、新たに書き直したほうが早かった。
次の日の朝早く、シャルちゃんは帰っていった。
昨日は母さまのところで夜までお話していたみたいだったが、眠くないんだろうか?
ちなみに僕は朝は眠かったりする、またあとで昼寝しよう。
なんかやたらと嬉しそうな感じで帰っていったんだけど、母さま何を話したんだろう?
変なことじゃなければ良いんだけど…
そしてさらに次の日、シャルちゃんは戻ってきた。
いや、確かに今日はウチに集まる約束をしていたけど、何も早朝の寝ている時間から来なくてもいいのにともちょっと思う、もっと寝ていたかった…
おかげで朝……いや、これは言えない…言えば僕は死ぬかも知れない…社会的に…
いや、6歳だからセーフ…か?
なんとか、ギリギリ食い止めたけど、あのままだったらヤバかった。
とにかく、今朝の目覚めは波乱を予感させる始まりだったと言えるだろう。
今日が幸せに終わるといいな、と祈るのは自由だと思う、無駄かもしれないけど。
自己テレパスで催眠調整をしてなんとか動揺を鎮めてから広間に行く。
そういえば、シャルちゃんは先に一人で来たんだよな……やっぱり…
広間ではシャルちゃんと母さまがすごく嬉しそうに会話していたみたいだ。
仲良くなってるのはいいけど、あんまり変な影響は与えて欲しくはないなぁ…
「おはよう、母さま。 あ…あと、シャルちゃんも起こしてくれて…ありがとうね」
あんなのの後だとさすがに相手が子供とはいえ意識してしまう。
本気でそっちの属性に目覚めそうだった、アレはヤバイ。
「おはよう、ディル。ねえ、どうだった? 嬉しかったりした?」
「…もしかして…シャルちゃんを唆してアレやらせたの、母さまですか!?」
もしかして…手遅れだったか…?
「そうよ~、父様もたまに寝ぼすけでね、アレだとすぐに起きるのよ♪」
「仮にもお姫様ですよ!シャルちゃんは…!一国の姫に何をやらせてるんですか!…あと、聞きたくなかったですよ、その情報」
父さま、ごめんなさい。
今まで父さまのことを誤解していたかもしれません。
今の僕には貴方がとても偉大に見えます…
あんなのを実際に受けてたら1日を平静に過ごすなんて僕にはできそうにありません。
「なによ、ディルったら婚約者ならその位大丈夫でしょ。それとも責任取らない気なの? そんな子に育てた覚えはないわよ!」
「よ…5歳の子供にやらせる事じゃないって言ってるんですよ」
……とにかく落ち着こう、相手のペースに呑まれてたら深みにはまるだけだ。
「ところで、今日の支度ってあと何が残っているんです?」
「あら、からかい甲斐がなくなってきたわねぇ。 確か、大体の準備は終わっているから、あとはシャルナちゃんのお着替えが済めば完了かしら」
「…まさか、それがしたくてシャルちゃんを朝早くウチに来るように呼びつけたんですか?」
「あら、失礼ね。 ちゃあんと合意の上よ。 それに代わりのご褒美はシャルナちゃんも満足してくれたみたいだしね♪」
「うん、たのしかったの♪」
まさか、息子を餌にして来れるようにしたのか!
でも、この人ならありえる…訊きだしてみるか?
いや、この話をもう一度つつくのは危険すぎる。
押さえ込んだ僕の動揺が顔を出すかも知れない。
それに、母さまの考えてること自体はわからないではない。
ただ、僕を使ってやり過ぎるのに対してはどうかと思うけど…
そこに文句を……言うだけ無駄か…
「まぁ、それはいいです。それで、父様はもう迎えに行かれたんですか?」
「えぇ、父様ならもう出発したわよ」
「じゃあ、早めに仕上げちゃいましょう。 行こうか、シャルちゃん」
「あ、待ちなさい」
行こうとしたところで母さまに呼び止められた。
なんだろう、まだ何か……
「その前に朝食、食べに行きなさい」
「あ……」
忘れてた……
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無事に今日の主役を迎える準備が整ってあとは待つだけとなった。
あれ?シャルちゃんの馬車の横にエレナさんが…あ、リッド副長に弁当を渡してるんだ。
見たらいけないものを見てしまったかも…気がつかれないうちに離れよう…
母さま、シャルちゃんと一緒に屋敷の前でお出迎えの準備をする。
なのに、メイドさんがいつもより少ない気がする、気のせいかな?
そういえば、今日はじめてシャルちゃんのお母さんに会うんだよなぁ。
去年は体調を崩していたみたいだし、体が弱い人なのかな?
色々と想像するイメージはあるけど、実際どんな人なんだろう。
そうこうしているうちに、お客様が来たみたいだ。
蛇行してる道から屋敷に向かってゆっくり進んできている馬車が見える。
そして走ってる馬車から飛び降りて真っ直ぐ飛んでくる金髪のお姉さん。
……え! 飛んできたよ、今! しかも最短コースを直進で…
「あっはっは、懐かしいわね。この家も変わってないわね」
「ちょっと、エリザ。はしゃぎ過ぎじゃない、もういい年なんだから」
「年のことはお互い様でしょ。それにアタシはまだまだ若いわよ」
え? ちょ、まさか、この無駄に元気でやたらパワフルな、どこぞの商店街で買い物カゴぶら下げていても違和感がなさそうな性格のこの人が……シャルちゃんのお母さん!?
え? うそ? マジで!?
確かにシャルちゃんによく似た顔立ちだし、その紫色の眼も同じだけどさ、それにしたってイメージが……
名前:エリザ (エルザ=アム=ジルド)
性別:女
種族:ヒューマン/エルフ (人間容姿)
年齢:Age37 (23換算)
所属:ジルド皇国
職業:皇国王妃
レベル:Lv39(正常)
補正値(元値)
HP/生命力:630/630(630)
MP/精神力:630/630(630)
攻撃力/力:59/59(52)
防御/体力:61/61(54)
命中/器用:58/58(53)
魔力/賢さ:69/69(52)
回避/敏捷:62/62(57)
SKILL:武芸/格闘術/拳撃Sr38:素手で相手を殴る技に精通。力・体力Sr÷5
武芸/格闘術/組打Sr25:相手を投げ飛ばす技に精通。器用・敏捷Sr÷5
魔法/精霊魔法/月:Sr33 火・土・月の精霊魔法が使用可。賢さSr÷5
魔法/治癒術/回復:Sr36 HPを回復させる治療魔法。賢さSr÷5
魔法/治癒術/状態治療:Sr21 状態異常を回復させる治療魔法。賢さSr÷5
会話/宮廷/パーティー:Sr28 公式の場での会話術。交渉ボーナス
芸術/舞台/演技:Sr54 演技派の女優として活躍できる。交渉ボーナス
態度/宮廷/礼儀作法:Sr41 礼儀正しく動くことができる。交渉にボーナス
態度/宮廷/舞踏:Sr39 ダンスなどを踊る技能。交渉にボーナス
『皇国王妃!』 マジだった。
しかも格闘術って…どんだけ力が余っているんだか…
仮にも一国の王妃がこんなんんで良いのか!?
イメージとか色々とぶち壊しだよ!
意気投合してる母さまも問題だけど……
というか、シャルちゃんまでビックリしてるのはなんでだろう?
なんか見たことないような顔になってる……なんで?
「もう少し周りの目を意識しなさいって言ってるのよ、もう、相変わらずなんだから」
「城の方ではちゃんとうまくやってるわよ、この家に来た時でもなければ、こんな姿は見せないわよ。 それに、アナタの方こそ相変わらずみたいね。この前のお仕置きの話は聞いたわよぉ、変わってなくて安心したわ」
「私の方も色々聞いてるわよ。 今日の主役じゃなかったら一言でも二言でも言いたい事は山ほどあるけど、今日だけはやめておきましょう」
「あらら、それは助かったわ。 それで、そっちの坊やがうちの子の将来の旦那さんかしら?」
ぐはっ、矛先がこっちに向いた!
しかも、なんていう目をしてるんだ…
からかう気満々なときの母さまの表情とそっくりだ。
……もしかしなくても、同類か……
平穏な1日はもう死んでいる…抵抗はするだけ無意味だ…
…とりあえず、挨拶するか。
「はじめまして、王妃様。僕はディレット=ドゥ=エスクランスです。ディルと呼んでください」
「ふふっ、はじめまして、ディル。アタシはエリザ=アム=ジルドよ。ママって呼んでくれてもいいわよ~」
そう言って徐々に笑顔を近づけていく王妃様。
というか、その言い方、ウチの母さまそっくりです!
「えっ、あの、いや、その」
くっ、からかわれてるのはわかっているはずなのに、何だこの対応に困る迫り方は…
「ママ…? ディルをとっちゃヤダ!」
「あらら、娘に叱られちゃったわ、残念♪」
困った顔で泣きそうなシャルちゃんがエリザ様を止めに入ってくれた。
助かった……こういう場面ではいつもシャルちゃんにはお世話になっている気がする。
でもシャルちゃんの様子が何か変だな?
予想していた反応とずいぶん違う。
なんか、…言葉に出来ない違和感が…
やっぱりエリザ様に問題があるのかな?
それも気になるけど、5歳になる子に助けられる『精神年齢20過ぎ』ってのも、どうなのかな~…
この辺も成長すれば解消するのかな~、するといいな~、じゃなくて、してみせる!
新たな決意を抱えていると、いつの間にか到着していた馬車の中から伯父上とセリオン達と一緒に父さまが出てきたので、みんなを屋敷の中に案内することになった。
ところで皆さんは、エリザ様の破天荒っぷりに何か一言ないのでしょうか…
もしかして、メイドさんが少なかった理由って…目撃者を減らすため?
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「まぁ、これって!」
「ほぅ、これは見事な誕生日プレゼントだな」
「素敵でしょう、シャルナちゃんが頑張ったのよ」
そう、今日はシャルちゃんの5歳の誕生日だ。
そして、主役はエリザ様。
この世界の誕生日は生まれてきた子供を祝う、のではなく、生まれてきた子供が産んでくれた母親に感謝する日なのだ。
普通は感謝状とかプレゼントを贈るだけなのだが、前世知識のある僕はそこにパーティーの要素を提案したのだ。
ここにあるのは、堅苦しくないように立食形式に並べた料理の数々、そして…
「みて、このけーき! ママ のためにいっしょーけんめーつくったんだよ」
シャルちゃんが緊張しながらもエリザ様に見せたものは、彼女お手製のショートケーキだ。
僕の用意したミルク1:薄力粉2:砂糖2:卵4の材料を、卵白だけを泡立てたり、薄力粉を篩にかけて少しずつ混ぜたりという作業をシャルちゃんが全部やった、はじめてのスポンジケーキだ!
スポンジを焼いたり、火を使うところはさすがにシャルちゃん一人に任せたりはしなかったけど、ケーキのデコレーションまで全てがシャルちゃんの頑張りの証だ。
ちょっと不格好でクリームがデコボコだけど、彼女の全力を尽くした一品を笑うものはここにはいない。
エリザ様もまさかシャルちゃんがこんなパーティーを用意してるとは思っていなかっただろう。
僕? 僕もやりましたよ。
5歳の時はホットケーキをいくつも重ねた山盛りパンケーキタワーを、また6歳の時はゼリーに果物を閉じ込めた、バケツサイズのコンポートゼリーマウンテンを、母さまのために作りましたとも。
シャルちゃん、大丈夫かな…
そしてエリザ様はちゃんと見てくれるのかな?
ふと見ると、シャルちゃんを全力で抱きしめてるエリザ様がいた。
目にはうっすらと涙が滲んでるようだった。
最初、シャルちゃんは自分がどうなっているのかわかっていないようだった。
でもお母さんに抱きしめられてるのだということがわかると顔を崩した。
「こんなに嬉しいことはないわ! シャル…産まれて来てくれてありがとう!」
その言葉は、間違いなく心の奥底から娘のために贈られた感謝の紡ぎだった。
それはこの場の全員に響き、当然シャルちゃんにも伝わった。
「マ…ママ?のほうこそ、わたしをうんでくれてありがとう」
笑顔を浮かべながら涙を流す2人はとても大切な宝物に見えた。
この親子の為に、今回の企画を提案できてよかった、心からそう思えた。
でも、問題の原因が何なのか僕にはわからなくなっていた。
次回、想い、願い、プレイヤー!
次回はちょっと重いです、今までの伏線の回収がこんな事に…




