閑話1 兵棋を指しながら
とりあえず、一区切り。
閑話です。
「ところで兄さん、今回は何を悩んでいるんだい?」
「わかるのか?」
兵棋を用意してお互いに陣形を組みながら公爵は兄に話しかける。
公爵は鶴翼の陣、兄は雁行の陣をかなりの速度で用意していく。
「指手に出てる、とか言えれば格好いいんだろうけど、食事中なんかに俺達が子供の頃に作った暗号を使う時って、大抵兄さんが何か悩みで煮詰まってる時だからね」
「そんなにあからさまだったか?」
「まぁ無意識なのかもしれないけどね。子供の頃に戻りたいって願望の表れかもしれないし…まぁ俺で良かったら相談くらいなら乗れると思うよ」
陣形を組み終わったところで交互に駒を指していく。
「実は貴族の領主たちから、同じような許可申請をまとめて受けてな、内容がかぶりすぎてるのが多すぎて処理が進まんのだよ」
「全部に許可を出すわけには…いかないだろうね」
「うむ、それぞれが領地問題…民の暮らしに関わる部分もあるので、なるべくなら許可をしたいが、それも限度もある。特に大貴族からの申請は規模が大きくてな。なんとか丸く収める方法はないものか」
「波を立てずに優先順位を決める方法が見つからないのが問題、というわけだね」
互いに一進一退の攻防を繰り返しながら駒を進めていく。
「爵位や領地の広さだけで決めてしまうのはそれはそれで問題が出るしな……実際問題、今の情勢で小貴族たちのやる気を削ぐのは危険すぎる」
「かといって、大貴族を無視するのはそれはそれで問題、というわけか」
「うむ、そういうことだ。国力を高めるのなら小貴族を贔屓にすべきなのだろうが…」
「国外などへの交渉は、大貴族が主力だものね。なるほど、国内の大半を占める小貴族たちを優先するか、国外の交渉まで担当する大貴族を贔屓にするか、確かに難しいね」
「国力を高めるならば小貴族を選ぶ方が良いのだが、大貴族に納得させる理由もなしに我慢しろ、というのは無理がある。ここで仕事を放り投げられてはどうにもならん」
「周辺の属国のトラブル対策やラザネイ王国との国交はどうしても良好に保っておかないと平穏が崩れるかも知れないからねぇ」
「属国の方は特に問題はないが、あの狸達は敵にも味方にもなるからな…」
「メザリアやサルトロンディのように友好や中立を公言するようなら狸とは言わないさ」
右翼と左翼で同時に駒の激突が起こる。
歩兵駒、騎兵駒が膠着状態で睨み合う事になる。
「まぁ少し悩んでいるだけだ、実家に帰ってきてまで煮詰まっていたくない。話題を変えよう。そういえば、お前の息子、アレはなかなかの大器だな」
「話題を変えすぎだって、でも、まぁ自慢じゃないけど俺の息子だからね」
「アレならうちの娘を任せても良いな。将来どこぞのバカ息子やらヒヒ爺などに言い寄られるよりはよっぽどましだ。それにココなら安心できるしな」
「おいおい、まだ4~5歳で将来を決めてしまうのかい?」
「あぁ、その価値はあると思うぞ、シャルもあの子と一緒の時は別人のようだったしな」
駒が左右に集中し始めて乱戦になったとき、互いの魔法兵が弓兵の駒に撃破される。
「兄さんなら自分の娘でも外交カードにしそうな気もしたんだけどね」
「人でなしみたいに言うな。あの子には護ってやれなかった負い目もあるからな」
その隙に兄は本陣の騎兵駒3つを公爵の本陣に突進させる。
「それって…やっぱり…」
「あぁ…エルザの血だ。あの子はそれが色濃く出てしまった」
その前に伏せていた工兵の駒が軍師の駒の影響範囲内にあるため罠を発動!
工兵の駒1つを犠牲に騎兵の駒3つを撃破する。
「そうじゃないかとは思っていたけどやっぱりか。 それは……表に出すわけにはいかないね」
「あぁ…自分のせいではないのにエルザも後悔しているからな。かといって人の目のある所でそれを表沙汰にするわけにもいかん。12年前や10年前の繰り返しになる!」
「イーサン帝国の干渉は避けたい…か」
公爵の右翼が相手の左翼を突破して本陣に迫る。
「あぁ発覚すればイーサンのあいつらが活動を始める。あそこの亜人嫌いは異常だからな」
「国ごと滅ぼすためにラザネイ王国の取り込み工作までするかもしれないね。いや、むしろラザネイが有利な方に自分を売り込むか…」
兄は本陣に待機させていた歩兵でそれを食い止め、残していた分の魔法兵で相手の駒を取り除いていく。
「あぁ、最悪の場合、他の5大国もすべて巻き込む大戦争になるだろう。そんな事になれば、あいつやあの人の犠牲が無駄になってしまう。それだけは避けるべく行動してきたつもりだ。それが結果的にはあの子と一緒にいられない事情に繋がってな、あの子が寂しくてもそれに構ってやれる時間を取ることもできず、あの噂をどうにかすることも、俺たちにはできなかった」
「仕方ない…とは言えないね。4歳の子が親から構ってもらえないっていうのは寂しすぎるものだと思うよ」
「わかっている! だからこそあの子には幸せになって欲しい!」
左翼に気を取られていた兄は迂回してくるように接近していた騎兵に気がつくのが遅れた。
「しかし、そのお相手がウチの息子でいいのかい?」
「あぁ、俺の『眼』のことは知ってるだろう?」
「もしかして…観たのかい!?」
「あぁ、観た! あの子なら俺たちのシャルを幸せにできる! そう確信できるだけの価値を持っている!」
慌てて立て直すものの騎兵の駒が本陣の将軍に迫る。
「買いかぶられたものだね。ディルの奴も」
迎撃に進めた駒が、左翼を突破してきていた弓兵に邪魔され1手遅れる。
その結果、兄の将軍は撃破されてしまった。
「ふむ、そうだ。話していたらひとついい手を思いついたぞ」
とりあえず1回目の勝負がついたので、脇に用意していた酒で互いに喉を潤す。
「なんだい?」
「料理大会を開く!」
「料理大会?」
「あぁ、料理大会の優勝者を貴族に当ててもらい、その順位の上のものから順に申請を許可する。これなら申請が通らなかった事を、自分の『他人を見る目』が有る/無しのせいにできる」
2回目の兵棋に入る前に兄の話を聞く態勢になる公爵。
「…だとしたら、大人の参加者はやめたほうがいいかもね」
「ん? あぁ、大貴族に本職を買収して送り込まれるのか」
「買収、裏工作、プロの出場、色々あるけど、小貴族も平等に争える状況を整えないと意味がないからね」
「だとすると出場は基本平民の子供限定にして…………」
互いに大会のアイディアを出し合い、ルールの修正、改良を進めていく。
「いや、ここはこうして個別面接にすれば…………」
大方の方針が決定し、ルールや大会の流れをすり合わせる。
「あとは、貴族と平民を触れ合わせて庶民の実生活への理解を深めるために、貴族には入賞者の願いを叶えてもらう。こうすれば大貴族が勝ったとしても意識の改善に繋がるかもしれん」
「そして貴族の願いは国が叶える、か。申請や願いが上位陣と被る可能性を考えたなら第3希望まで聞いたほうがいいだろう。ようやくできたかな」
完成したルールに穴がないか、確認をしていく2人
「こんなところか、しかしこれだと最後に賭けに負けた貴族が子供を害する可能性があるな」
「そう動く貴族がいるならそれはそれでわかりやすいと思うけどね」
「…どういうことだ?」
「以前の案件で平民を軽く見る馬鹿貴族の話があったろう、どうにかして取り締まれないかって」
「まさか……囮か?」
確認が終わり、再び第2局目の準備に取り掛かっていた手を止めてしまう兄。
「そちらにも使えるって話だよ、それにこの試合なら『貴族の目利きと交渉術』を見るにもいい機会だと思うからね、大貴族の代わりに国外交渉に抜擢できる人材も見つかるかもしれないよ」
お互いのグラスに酒を注ぎながら続きを話す公爵。
「…なるほどな、しかし民の安全はどうするのだ?」
「そこは兵士と暗部に動いてもらうしかないかな。なんならウチの隠密も手を貸すよ。こんな事で民を逆恨みをするような短絡思考な馬鹿な奴らならこれで十分だと思うけどね。不履行対策の方には民の目が届くように手配していれば大丈夫だろう」
酒を一口飲み、左腕の腕輪をさすりながら少し思案をする兄。
「ふむ、面白い、あとは…俺らも賭けをしないか」
「え?何を賭けるんだい?」
兵棋の準備を再開し、自分の陣地に駒を並べる用意をする2人。
「ディレットが参加するとしたら、そこらの子供相手にはまず間違いなく勝つだろう?」
「まぁ、それは…親の贔屓目がないとは言わないが、多分負けないだろうね」
「入賞の願い事の件だが、ディレットには教えないでおこうと思う」
「ほう?」
公爵は面白そうな顔をして、いったん手を止める。
「シャルに聞きに行かせてシャルが聞き出せたなら、その願いを国で叶えてやろう、代わりにシャルの願いをディレットに叶えてもらう。聞き出せなかったら俺の負けだ、好きにするといい」
「2人の関係を2人の運に決めさせるのか。賭けとしては面白いね。ところで兄さんが負けたなら、俺のお願いをひとつ聞いて貰うって事でいいのかな」
「お手柔らかに頼むぞ」
そうして第2局目を開始し始める兄弟であった。
次回も閑話です。あのキャラ再登場なるか?
閑話なので書き方を変えてみましたが、どうなんでしょう?
アノ伏線、あとで誤字報告されそうです……いとうの差ですけど^^;




