仮想現実とリアリティ
「Welcome!」
視界の中心にWelcomeの文字が表示され、同時に機械のような音声が読み上げる。妹ちゃんを彷彿とさせたのは秘密だ
態々挨拶をするとは、最近は自動販売機といいCrownといい、機械も礼儀正しくなったと思う。いいことだ
「内部にアバター用データがあります。使用しますか?」
音声と同時に文章として表示される。そして、その文章の下には『Yes/No』の表示がある
そういえばつばめちゃんが身体測定のデータを流用して入れてくれたデータがあったな。賢也後でシメる
選択肢のYesの方に手を伸ばすと、見えたのは半透明の影のような腕だった。これが俺の体から生えているかと思うと……ちょっと気持ち悪い
Yesの部分にタッチをすると、『構成中です』という文字が現れた。そして数秒後、『身体データの構成が完了しました』という文章が現れたのと同時に、半透明だった俺の腕は、いつもの肌色の人間の肌になっていた。これが機械の中……半ば信じられない。現実との差異はほとんど無い。凄いの再現率だ
「……で、今からどうすればいんだろ、この後」
そういえば公開モードにしてくれとか言われたけど、やり方とかさっぱり聞いてなかったな
暫く何をしていいかわからず軽く腕を回したり屈伸をしたりと、試しに体のを動かしていると、ピピッという電子音が鳴り、視界に新しい文章とYes/Noの選択肢が表示された
「『ステア』さんから共有フィールドの申請があります。 承諾しますか?」
ステア? 誰だかは分からないが、男の名前じゃないから、恐らくつばめちゃんか妹ちゃんだろう
Yesの方を指でタッチする
「『ステア』主催の共有フィールドへ移動します」
機械音声がそう告げた次の瞬間、俺の前に広がったのはさっきと同じ何もない風景。しかし俺の目の前には、白の背景にも映える青銀色の髪、白いワンピースを着たつばめちゃんが立っていた
「ふぅん、やっぱりつばめちゃんも現実そっくりだな。ほっぺ触ってもいい?」
「Crownの再現率は凄いからねー。あとそれ非現実とは言えセクハラだよ」
それもそうか、と、つばめちゃんのアバターも現実と殆ど違いはなく、髪の青銀の微妙な感じまで見事に再現されていた
「で、賢也と妹ちゃんは?」
「え? ああ、まだ交流許可申請してないんだね。 ちょっとまってて」
わかった、と頷くと、つばめちゃんは虚空に向かって「遥哉くんに交流申請送ってー。名前? 名前は『はるやん』だからー。事前に内部データに登録しごゔぁ⁉」などと話していた。
最後の『ごゔぁ』ついては言うまでもなく俺の拳が頬に命中した音だ。 ふむ、成る程殴った感触からすると肌の感触まで見事に再現されているようだ
「殴ったね⁉ 親爺さんにもぶたれたことないのに!」などと、某名パイロットの格言を叫んでいるつばめちゃんをスルーしていると、ピピッという電子音が立て続けに二回鳴り、二つの似たような文章が表示され、機会音声がそれを順に読み上げる
「『ケンヤ』さんから交流許可申請が来ています」
「『オルテシア』さんから交流許可申請が来ています」
『ケンヤ』は間違いなく賢也だろう
『オルテシア』は……妹ちゃんだろうか。とりあえず,Yesの方を二回タッチする。すると、真っ先に聞こえたのは聞き覚えのある笑い声だった
「うあははははは‼ うーいっひひひひっ、おっ、はるやん……ハロー! あはははは‼ はるやん‼ はるやんだって‼ ははははぐっ⁉」
勿論粛清。無礼者の賢也とは違って妹ちゃんは何時もの無表情でこちらを見ていた。こんな名前でも笑わないでいてくれるなんて、我ながら出来た妹だ
「はるやん兄さん……」
「妹ちゃん何か言い残したことは」
反射的に口から出てしまった。できた妹……のはずなんだけどなあ……。
睨みを効かせると、妹ちゃんは「冗談だよ、怖いよ遥くん」と、相変わらずの無感情に声で言った
「お前ら……ふざけんなよ、後で名前変えられるんだろうな?」
半ばげんなりしながらそう聞くと、つばめちゃんは暫く考えた後
「うーん……無理かな」
おおおおぉ……と頭を抱えて唸る俺を見事にスルーしたつばめちゃんが指を上下に振った。すると、つばめちゃんの手元にモニターのような物が現れる
「まあ、ゲームのキャラネームは別途で設定出来るから安心してよ」
などと、つばめちゃんがそのモニターを慣れた手つきで操作しながら片手間に言い、そしてこちらを見てこう言った
「さて、お待ちかねのキャラメイクと洒落込もうか」
ピピッと電子音が鳴り、目の前に文章と選択肢が現れ、更に音声が読み上げる
「ルームマスターの『ステア』さんが『ミスタリア・オンライン・キャラメイカー』の起動をルーム全体に要請しています。このアプリは、既に『HaruyanのCrown』にインストールされています。 起動を許可しますか?』
文章から一度目を離し、周りを見回すと、つばめちゃん、妹ちゃん、賢也と目が合う。そして、三人はそれぞれ頷いた。
俺は再び文章に目を戻し、そしてYesの選択肢に指を伸ばし----そして触れた
「ルームメンバー全員の『ミスタリア・オンライン・キャラメイカー』の起動の許可を確認しました。アプリを起動。後アバターを移動します」
音声がそう言い切ると、次の瞬間、目の前にレタリングされた『Vinde』の文字が表示された
そしていよいよ、俺の『ミスタリア・オンライン』内における『俺』の制作が始まった