鰆木つばめ、転校生にて
6月30日、小鳥のさえずりと窓越しにはいる朝日で目が覚める。清々しい朝だ
パチパチと何度か瞬きをして体を起こす。いつもの無機質な目覚まし音でなく小鳥のさえずりで目が覚めたからだろうか、心なしか体が軽い。
いやあ、本当に、小鳥のさえずり、さえずり……?
バッと目覚まし時計を見る
短い針は8、長い針は4を刺していた
つまり今は……8時20分……‼
「ちっ……こくだあああぁぁぁああ‼」
天才露出狂さながらに寝間着を脱ぎ捨て、手慣れた舞台役者の如く一気に制服を着る
「うおおおぉぉおぉお‼」
そして階段を無意味に叫びながら一気に駆け下りる
リビングに入って最初に目に入ったのはテレビを見ながらパンをのんびりかじっている少女の姿
「あ、遥くん。おはよう」
棒読みで挨拶をする妹。こいつは妹の妹ちゃん。時間がないので本名と紹介は割愛
「無視? シクシク」
無視して玄関まで歩いていくと、しっかりと棒読みで泣き真似をする妹ちゃん。スルーすると後々めんどくさいのでしかたなく挨拶をする
「わりわり、まず学校行ってくるわ」
「逝ってらっしゃい」
漢字が違うような気がするぞ
縁起でもねえ
だが一々ツッコミを入れている時間も今の俺にはないので、急いで家を出て自転車に乗って発進
いやあ、なんとか間に合いそうだ
それにしても妹ちゃんがのんびり朝飯を食べていたような気がしたが、中学校ってたしか高校より始業時間早かったよな……まあ妹ちゃんの事だし、体は学校にいたりするんだろう、うん
……それにしても、昨日の少女……つばめちゃんだったか。また明日って会うつもりなのか。放課後教室に来ればまた会えるかもしれない
ガヂャン ギヂッ!
突然、耳障りな金属音と同時に自転車のペダルが空回りし始め、自転車の前進が止まる
何度かペダルを漕いでみるが、動かない
「……動かねえ。……くそっ‼ なんなんだよこんな時に‼」
くそー、まさかのアクシデントで遅刻決定……あーもう、なんで動かないんだよ!
「おい、何やってんだ?」
「うるせえ殺すぞ!……ってなんだよ、賢也か」
ついキレてしまった。驚いたような顔でこちらを見ている野郎、一ノ瀬賢也。
新しく出来た友人でクラス委員をやっている。まあクラス委員だからといってメガネでコッテリエリートみたいな優等生ではなくて割と親しみやすい奴だ
「殺すだのくそったれだのあんまり道端で叫ばない方がいいぜ。それよりどうしたんだよ」
「自転車が俺を陥れた」
「待て、自転車は陰謀を企まない。きっと孔明の罠だな。孔明の恨みを買った覚えはないか?」
「そういえばこのあいだレッドクリフの映画見ないでゲオに返したな」
「それだーッ‼……と、馬鹿丸出しな会話はここまでにして、これ、チェーン切れてるな。お前点検出出してなかったろ?」
勿論図星だ、中学から高校に上がって、本来なら点検をしなければいけないのだが、俺はめんどくさいのでやっていなかった
そんなことよりも、このままいけば俺は間違いなく遅刻だ
賢也はきっと俺を放置して自分は自転車で行ってしまうだろう
そうなる前に……やらざるをえん
自転車のチェーンを取り外したりだなんだしている賢也を傍目に、奴の自転車に近付く
一歩、二歩と確実に近付く
あと三歩、二歩、一歩……
「すまん賢也!」
そう叫んで賢也の自転車のストッパーを外し、車体にまたがる
そして足で地面を蹴り、一気に加速する
素晴らしい速度で俺から離れて行く賢也の姿
聞こえるぜ……お前の心の声!「俺に構わず先に行け!」お前の心がそう叫んでいるぜ!
「ぜえ……はあ……賢也……お前の遅刻率上昇……無駄にはしないぜ……!」
というわけで、友人の犠牲あって俺はSHR開始三分前に教室に着くことが出来た訳だ
因みにだが、後ろにある『つばめちゃんの席』はいつも通り空席のままだ
まあ、当然といえば当然だが、放課後人がいない時間ならいるだろうか。今日の放課後会いに来てみようかな
「席に着けー、HR始めるぞー」
と、相変わらずだらしない語尾の担任が入ってくると、皆がダラダラ席に着く
「んー? 一ノ瀬はまた遅刻かー? あいつそろそろ面談だなー」
賢也。ごめん
「さて、今日は重大なお知らせがあるー」
重大なお知らせか。やっと結婚出来たのかな、先生
「新戦力の紹介だー」
新戦力か、ついにうちのクラスにも一人一台ガトリングの時代が来たか
「それでは紹介するぞー、入って来いー、鰆木ー」
は?
少女、鰆木つばめは俺の目の前に予想外の形で現れた
転校生、鰆木つばめは青銀色の短い髪を小さく揺らしながら、教卓の前までゆっくりと歩いていった
一年四組の教室をざわめきが支配した
「……子供?」「髪の色が……」「ちっちゃ……」といった、彼女の身体に対する評価が所々から聞こえる
そんな中で、つばめちゃんはざわめきが収まるのを待ち、万を時して、初めて口を開いた
「始めまして、鰆木つばめだよ。仲良くしてね」
そう言い、ニコリと笑ったのだった
◆◆◆
「鰆木さんってなんで髪が青いの? ハーフとかなの?」
「ねーねー、前何処の高校だったの?」
「鰆木さんなんでそんなに可愛いの?俺と結婚してくおごぁ⁉」
SHRが終わると、転校生であるつばめちゃんの周りにはすぐに人が集り、つばめちゃんは転校生恒例の質問攻めを受けることになった
現在進行形で受けているのだが、つばめちゃんは慣れているのか、言葉巧みに質問に答えている。家族が転勤族だったのだろうか?(プロポーズした奴がいたが、周りの男子から即ボッコにされたのは言うまでもない)
で、俺はというと
「転校初日から凄い人気だな」
「ん、ああ、そうだな」
相も変わらず、賢也と自分の机で駄弁っていた。因みに余談だが、学校に(俺のせいで)遅刻した賢也はなんと、鉄の塊と化した俺の自転車を担いできてくれた。そして更に、イチゴミルクをおごる事で怒りを収めてくれた。なんていい奴なんだ、賢也
「それよりお前はいかなくていいのか? お前たしかロリごゔぁ⁉」
無言で殴られた。親父にもぶたれたことないのに
いい奴、そう、賢也はいい奴なんだが、風の噂によるとロリコンっ気があるらしい。因みにその根拠は、男子高校生の全てが詰まっていると言っても過言ではない『ケータイの画像フォルダ』の中にある。まあ深くは追求しないが、成人してから大きなお友達になってたりしなければいいが
「ん? おい、なんかこっちきたぞ」
「ああ、ほんとだ」
暫くすると、人の間をくぐり抜け、つばめちゃんがこっちに小走りで寄ってきた
「やあ、遥哉くん。おはよう」
「ん、つばめちゃん。おはよう。まさか転校生だったなんてな、只の不審者だと思ってたよ」
「不審者とは失礼な。まあ、厳密に言っちゃあ違うんだけどね」
「え、何、お前鰆木さんと知り合いだったの?」
「いや、昨日偶然会ってな」
と、軽く説明はしたが、賢也はイマイチ掴めてないらしい。そのうち詳しく説明しておこう
「で、昨日の話の続きだけどさ、遥哉君はあの楽譜暗記してたの? ほら、昨日やったゲームの」
「え? いや、楽譜どころかあの曲は聞いたこともないし」
「やっぱり、だよね……よし! というわけで遥哉くんはもれなくボクと一緒にミスタリア・オンラインをプレイすることに決まりましたー ぱちぱちー」
みすたりあおんらいんだってー
すげーすげー
わーわー ぱちぱちー
「ぱちぱちー……じゃねえよ。 なんでそうなったし」
「反射神経がいいから……」
「俺に複雑な機械は使えないから却下」
「やってくれたら友達になるから!」
「いいよ別に」
「僕と契約してネットゲーマーになってよ!」
「パクるな」
「俺は機械が苦手なんだ」と言って申し出を断ると、つばめちゃんはむーと言ってこちらを睨んだまま黙ってしまった
すると、いままでは話について行けないという感じにポカンとしていた賢也が口を開いた
「な、なあ、鰆木さんはやってるのか? ミスタリア・オンライン」
「ん? やってるよ」
「ああ、そういえば賢也もやってるんだったな。そうだよ、つばめちゃん、賢也と一緒にやればいいじゃん」
なんとしてでも避ける為に賢也にたらい回しにする
ゲームの中に入るんだろ?大昔の『ライトノベル』と言ったか、小説みたいに機械の不具合で出られなくなったりしたら嫌だからな。俺はやりたくない
「だって遥哉くんは凄い動体視力だったし……」
「俺の動体視力はゲームの為のものではない」
「beatmastだってゲームじゃん!」
「……あれは……あれはいいんだ、特別だから」
「そんなの理由になってないですー」
「とにかくリズムゲームはいいの!」
と、不毛な言い争いをしていると、またも賢也が口を開いた
「なあ、よくわからんけどなんで遥哉はそんなにやりたくないんだ?」
「そりゃあ、ゲームの中から出られなくなったら困るからな」
『…………』
何故かポカンと一瞬空気が静まる
居心地の悪い間が数秒続き
「……っぷ ぷぷ、くは、あっははははははぁははっ‼ ぐひっ、ひっちょっ、まっマンガじゃないんぐひっ‼ はっはっあありえないってぃひひぃひひっ はあっあっ」
つばめちゃんに笑われた。それも大爆笑
くそっ……だってあるかもしれないだろ!ゲームの中に閉じ込められるとか!
「あっあぐっ!ふへっ、くっ、くるしっ、うへっへあはっ‼」
「ぶっ……ぐあはっ‼ はっ腹いてぇ!ぐひっひーっ‼ ははは‼」
笑続けるつばめちゃんに触発され、大爆笑し始める賢也
そして、着実に溜まっいくイライラ
「んぐひっ‼ ひっひはあっあっかひっ‼ とじっ、とじこめられるって‼ぐひっひっひはっ‼ ひーっはは痛あ!」
ゴツン、ガツン
「あっ……」
思わずして殴ってしまい、同時に場の空気が凍りつく
そして同時に事の重大さに気付く
転校生に転校初日から暴力をふるってしまった
これが後にいかによくない結果を招くのかを