プロローグ:出会いと始まり
『Military Animal』彼女、鰆木つばめは仮想現実世界『ミスタリア・オンライン』においてそう呼ばれていた
『Military Animal』つまり『軍事の獣』というその二つ名は、少々過敏なものがあるのかもしれない。しかし彼女の軍才、戦闘に於ける素質は正にその二つ名に相応しいのだろう
軍事の獣(Military Animal)鰆木つばめは明朗な少女だ
鰆木つばめ、かつて孤児だったと語るその少女は、今となっては俺たち一年四組のクラスメイトとして暮らしている。孤児だった筈の彼女が何故凄腕のゲームプレイヤーなのか、僕は知らない。そして彼女はその一切を語らない
鰆木つばめは戦場で獰猛にその鋼鉄の牙を剥く
彼女の現実とは正反対とも言えるアバターは、一度戦場に出れば電子(1と0)の獣に姿を変え、その二つ名の通り、相手を狩り取る
俺は少女と少々奇抜な出会いをした
少し長くなるが聞いてくれるだろうか
懐かしい記憶。これは俺と鰆木つばめの出会い、学園生活――――そして始まった『ミスタリア・オンライン』での戦いの話である
◆◆◆
終業のチャイムが鳴り、起立、礼、着席の掛け声で三時間目の授業が終わる
今の時間は理科の授業で視聴覚室だった。確か次の時間も日本史で視聴覚室だったはずだ
移動教室は無し。だから焦らなくてもいいと安心して、高校に入学して新しく出来た友達に話しかけようと席を立ったところで、理科の資料集を忘れた事に気付き俺は渋々教室に向かった
体育が終わった生徒だろうか。体操着の生徒がちらほらと歩いている
階段を小走りにかけあがり、四階の廊下に出た瞬間――――いつもの廊下に何か違和感を感じた
違和感の正体を探すために辺りを見回す。天井、異常なし。壁、異常なし
そして次に目を向けた床――――違和感の正体はそこにあった
そこにあるのは校舎には不似合いな黒や黄色のコードの束。それが壁沿いに走っていたのだった
コード伝いに暫く歩いて行くと、そのコードの束は、あらんことに俺の所属するクラスの中につながっていた
教室の前まで辿りつき足をとめ、ドアに取り付けられたガラス越しに覗いてみる
すると、そのコードの束が繋がっている先には――周りよりも一回り大きい机の上に、三台もの『デスクトップ型のパソコン』と同じ数だけあるモニター。教室の一番後ろの席にあるそれは、異様なまでの威圧感を放ち、その机の周り空間だけは別次元のようにさえ見える。
向こう側に人は……居るのだろうか? 三台の大きなパソコンと、同じ数のモニターに視界を遮られて見ることが出来ない
教室の後ろのドアに回って反対側から覗くと――――見えた
機械の山の向こうには、しっかりと人が居た
胸元に付けられた空色のリボン、青と白が基調の制服、確かにこの『霞窓高校』の女子制服を着ている生徒だ
だが、その容姿には、異様というか……明らかに映える物があった。一目見て分かる。それは『髪』だ
髪は、肩の辺りまでの長さしかないセミショート。その髪質の良さから、よく手入れされているのが一目で分かる。だが、その髪の異常なところは『色』にあった
アニメや漫画などで度々使われる『青色』
それも、自然には存在し得ないであろう『青銀色』と呼ばれる類の、光沢のある人工的な青だった
そして、俺はその少女の名前を知らない。いや、それどころか見たこともない
青髪の少女の存在によって、更異様な雰囲気を醸し出す教室
いや、制服を着ているということは同世代か年上なのだから少女という表現は正しくないのかも知れないが、椅子に座っている後ろ姿は、高校一年生女子の身長としては『余りにも小さ』かった
そして、その矮躯から伸びる2本の細い腕は、3つのキーボードを同時に、それも凄い速度で叩いている
言うまでもなく、それを知って教室の異様な雰囲気は更に増す
さて、俺はどうするべきだろうか。
異様な雰囲気を醸し出す教室
コードの大量に継った三台のモニターとPC
キーボードを高速打する青髪の少女
さて、この状況で教室に入るというのは正しい選択ではない。というのは小学生でも分かるだろう
教室に入らずに、世界史の資料集の回収は諦めて視聴覚室に戻るのが正しい選択だ、とそれくらいは考えれば分かっただろう
――――だが、俺は気付けば、ドアの取っ手に指をかけていた
不安要素をかき消そうとしたのか、或いは、日常的すぎる現実にうんざりして異常と関わりを持ちたかったのかもしれない
と、そんなことを考えているうちに自然と手に力が入り――--
ガラガラッ。ガタン
勢い良くドアを開けてしまった
ダダダダダダと永続的に続いていたキーボードを叩く音が止まる
青髪の少女はモニター越しに、此方を驚いたような表情で此方を見ていた。その後、きょとんとした表情を浮かべた
教室を、沈黙が支配していて----お察しのとおり死ぬほど気まずい
そんな状況で俺は動くことも出来ず、数秒間無言で『青髪の少女』と見つめ合う形になった
そして気まずい空気の中最初に口を開き、沈黙を破ったのは青髪の少女だった
「……誰?」
緊張感の全くない、語尾に『小さい母音』が付きそうなくらいに柔らかい声。所謂「誰ぇ?」いや、「誰~?」という感じのニュアンスだ
誰と問われても、正直こちらが聞きたいところなのだが、状況が打開された事に代わりはない
「ええと……君は?」
「名前は自分から名乗るのがマナーだよね」
……ぶっちゃけ『さっき名前聞いてたじゃねぇか』と思うのだが、そんなことで反論した所で話は進まない
「園部春哉。このクラスの生徒で世界史の資料集を取りに来た」
なんか、自己紹介に失敗した気がしたが、気にしたら負けな気がする
「『そのべ はるや』ねー、初めまして」
「で? 君は?」
「名乗る程大した名じゃないよー」
「かっこよさげなセリフでごまかすな」
少女と話して気付いた事
さっきの「誰?」だけでなく、全ての台詞の語尾に『小さい母音』が付いている様だ
とまあそんな小さな発見はいいとして、少女は少しの間「んー」と唸った後
「……伊藤花子だよー」
明らかな偽名を述べたのだった
伊藤花子って……戦前か
「はあ、で、本名は?」
「……殺し屋は気軽に本名は名乗らないのさっ」
またもや安っぽいセリフで逃げようとする伊藤花子ちゃん
だが俺はそう何度もツッコミを入れるほど優しくないので、無言でため息をついてみる
「……もう、分かったよ! 鰆木つばめ! 鰆木つばめだよ!」
少女は態々意識して出している『ガッカリしたぜオーラ』に気付いてくれたのか、『鰆木つばめ』と本名らしき名前を教えてくれた。それにしても……『つばめ』ちゃんか、最近流行りのDQNネームという奴だろうか。いや、『葎音羽』とかいう名前もあるそうだから、『つばめ』はそれ程でもないのだろうか
「お、本名っぽいねー。で、本名は?」
「本名だよ!」
確認のため追撃を加えてみたが、どうやら本当に本名だったらしい
「『鰆木つばめ』つばめちゃんねー 宜しく」
「所見なのに『ちゃん付け』なの?」
しっかりとツッコミを受けてしまった
「まあいいや、で、つばめちゃんは教室で何やってたの? そんなハイスペックそうなコンピュータ三台も教室に持ち込んで」
「『ちゃん付け』は直さないんだねー。まあいいや、ボクはねー、左から順に」
そう言ってつばめちゃんはふー、と一度大きく息を吸い込み
「左のPCは『ミリタリア・オンライン』のコミュニティ更新真ん中のPCは『RMTの管理』右のPCは『ゼルのレート確認』だよ」
「ソレ ナニゴ デスカ? ワタシ、ワカリーマセーン」
「その外人喋り微妙にウザイよ」
おお……初対面の女の子にウザイと言われるとは。心にぐっさりと刺さるものがあるぜ
「ま、まあ冗談はさておきRMTってのはあれだろ、あの、魔法少女の必殺技かプロレス技の事! 『R・M・T』的な!」
「魔法少女の必殺技とかプロレス技を管理してるって色々おかしくない?」
しっかり指摘されてしまった
「まあまあ、戯れはこのくらいにして」
「別に戯れてないよ」
此方をジト目で見てくるつばめちゃん
あれ?なんかさっきまでのツッコミとボケと立場逆転してね?
「こほん、それはさておきRMTはさっぱりだけどミリタリア・オンラインってのはちょっと聞いた事はあるな。たしかクラスのダチがやり混んでるー……ほら、あのVT……じゃなくてほら……あのVTRPGみたいな……」
「VRMMORPGね」
「そう、それだ。 なんかゲームの中に入れるみたいな奴だろ?」
「まあそうだね」
詳しくは知らないが、どうやらVRMMORPGというのは、脳の感覚をすり替えたりせき止めたりして仮想空間にいることを錯覚……知ったかぶりは辞めよう
「ゲームの中に入れるなんて現代科学は進化したな。俺はゲームは全然できないからな……あ、でもbeatmastとかリズムゲームなら出来るか」
「えっ……? beatmastってあのリズムゲー?」
「あのって言われてもな2006年に発売したアーケードゲームだよ」
『beatmast』2006年発売の筐体型リズムゲーム。正方形の画面を縦4横4の合計16に分割したようなボタンのついた筐体が特徴的だ
音楽に合わせてボタンが点滅し、それをタイミング良く押していく、というゲーム方式をとっている
発売当時から中々の人気を拍して、改良なども行われながら、未だに多くのゲームセンターに筺体が置かれ、今に至る
「……あれって覚えゲーじゃなかったんだ……できるとしたら……反射神経……」
つばめちゃんがなにやらぶつぶつ言っていたがよく分からなかったので割愛
再び沈黙が俺たちを包むが、このまま黙っていても仕方がないな
「なあ」
「ねえっ!」
タイミングが悪かったのか、切り出しが被ってしまった
「あのさ、ちょっとこれやってみてくれない?」
「爆発すると悪いからやだ」
「なんで触っただけで爆発するんだよう、頼むって、ね?」
「まあ……いいけど複雑なのは無理だぞ」
つばめちゃん曰く、どうやら最近の機械は俺が触っても爆発しないらしい。現代科学は進化したな
つばめちゃんは「これ」といって的な物と縦横20センチくらいの液晶のついた携帯端末を俺に差し出した
「上にあるボタンを押して」
言われた通り上にあったボタンを押すと、黒縁でレタリングされた『hygather』という文字が、水の中といった雰囲気の背景に表示された。文字の下には『START』『OPTION』と表示されている
「なんだこれ、ゲームか?」
「いや、まあbeatmastみたいなもんだよ」
成る程、リズムゲームか。これなら得意なハズだ
と、そんなことを考えながら机の上に携帯端末を置く
「スタートボタンを押して」
「分かった」
STARTの表示を押すと、ターンという軽快な効果音が鳴って画面が切り替わり25分割された暗い画面が表示された
間もなく、レディという電子音声がが流れゲームが始まった。
音楽が流れ始め、それに合わせるように25分割された画面が点滅していく
流れる音楽は俺の全く知らない音楽だったが、無論リズムに乗ることは簡単だ
軽快に、楽しくボタンを叩く。それを俺はリズムゲームをプレイする時に心がけている。いわば俺なりの流儀的なものだ
園部流、ちょっとかっこいいな
と、頭では別のことを考えながら腕では次々に光る画面を叩いていると、フェードアウトしながら曲が終わり、同時に光も止まった
「あ、終わりか」
数秒たち、スコアが表示される
スコア:86223点 ランク:S
ランクSか……これってSSSランクある中のSランクなのかな
「なあ、これってSSSランクのうちのSランクとかなのか?なあ、」
つばめちゃんは何故かプルプル小刻みに震えている。俺なんか悪いことしたかな?
「なあ、つばめちゃん、俺なんか悪いことした」
「凄いっ!」
「ごめんっ!」
……ハッ、反射的に謝ってしまった
だが謝罪(?)を無視して、ガトリングのように僕に話しかけるつばめちゃん
「ねえっ君昔このゲームやったことあるの?今の曲聞いたことあるの?ていうか今の反射でやってたの?凄いね!凄いよ!ねえ、ああっ!もうなんていうか凄いよ!ねえ、君、君、名前なんだっけ?いいよ、言わないで思い出すから!えーと井ノ部春君!いや、違うか……そう!たしか園部春……春哉君!そうだよね!そっか、そっかあ、うん!今日はもういいよ!じゃあ話はまた明日ねっ!」
ガラガラッ、バタン!
出て行ってしまった。俺とPC三台を教室に残して。それと、新しく静寂が生まれた
あ、12時25分か4時間目さぼっちまったな。しょうがないし保健室行って寝るか
鰆木つばめ。軍事の獣(military animal)と俺の出会いは、まあざっとこんなもんだった