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中短編

人類滅亡から十年が経ちました。

作者: Z子

 


 ちょっと前に紙媒体に書いたもののリサイクル品です。

 傾向が他に書いているものとは少々異なる気がします。


 

 





 世界が終わる、その事実に理性と知性は崩壊した。






 ***






 宇宙へ逃げていく力をもったものは速やかに地球を離れ、残ったのは右往左往する悲しい大多数。取り敢えず、自死を選ぶものと殺人に走るもののお陰で人口が急激に減少した。血塗れになり欲塗れになり、人類は混迷を極めることとなる。


 誰かが作り出したカウントダウンが何処からともなく現れたのは何時の頃からだっただろうか。


 やりたいことをやりつくそうとするものもいたし、地下にシェルターもどきの穴を掘り逃れようとしたものもいた。時には気を変にして全く何もせずに笑い続けるものもいた。とにかくも、誰も彼もがカウントダウンをカレンダー代わりに何かを始めた。日常の生活を続けるものもすべてを壊そうとするものも全員がその何かに向かって、有り体にいえば死に向かって、全力で疾走し始めたと言える。




 そのカウントダウンが全く用をなさない不良品であると全員が気づくのはカウントダウンが残りちょうど三週間を示していた、とある全世界的に晴れている平穏で平常ならざる日の午後のことである。




 まず空の遠くの遠くに、取り残された精密な機械が影を見た。影はどんどん近付いてきてやがて誰もが微かであるが確かな黒い影を見るようになった。


 穏やかで平和な午後は様相を変える。誰もが足掻いた。覚悟も決まらぬうちから死は向こうから近付いてくる。ぼこぼこと地面が揺れ、体中にみるみる奇妙な圧力が掛る。それは明確な終焉の様相であった。


 掘りかけたシェルターもどきに誰もが這いずるように飛び込んだ。狂気めいて平常な気分で目をつむって神に祈った。保管していた薬瓶から錠剤を取り出し飲み込んだ。血走った眼で呪いを吐き散らしながら殺し合いが起こった。


 殴って蹴って刺して絞めて喚いて名を呼んで互いを抱きしめて微笑みあってキスを交わして泣いて怒って、そ して、  絶   叫 …… ―――。






 ***






 とある家族の話をしよう。


 その家族の父親はコツコツと穴を作っていた。あまりにもその父親はひそやかだったので誰一人父親が穴を掘っていた事実を知らなかった。


 影が見えるようになったとき、父親のシェルターもどきには辛うじて人が一人、入れるだけの大きさしかなかった。


 父親には娘と身重の妻がいた。父親は悩んだ。悩みに悩んだ末、彼は家で奇妙なまでに幸福に過ごしていた妻だけを呼び出してシェルターもどきに隠れるようにと早口で告げた。その妻のいたリビングでは幼い娘が未だ現実の意味を知らず、床のあちらこちらに広げられたアルバムを前に家の中で呑気に夏に取った朝顔の種を数えていた。


 妻は青ざめた。否定し絶望し苦悶し、泣いた。泣いて泣いて、その提案を厭がった。父親が、さもなくば娘がシェルターもどきに入ってほしいと泣いて縋った。しかし父親は血走った眼で力づくに、妻を引きずり穴に入れようとした。しばらく家の庭には悲鳴と怒声の応答だけが続いたが、その頃には辺りは狂乱騒ぎに塗れていて別段特別に珍しい騒音にはならなかった。


 なにが起こったのか詳しくは分からない。しかし妻が我にかえったときには父親は地面に倒れ込んで頭から血を流しぴくりとも動かなくなっていた。空には既に、全体を覆うようなまっ暗い影があった。じりじりと暑いほどのいような熱で父親と妻の肌はすでに火傷のようになっていた。身体が重く、臓器が悲鳴を上げる。周囲は段々と静けさを取り戻しつつあった。


 妻は無言で父親の頬に一つ口づけ涙を落したあと、家に取って返し娘を引きずりだした。娘は突然の母親の行動に泣いた。空気の熱さに泣いた。


 どこにそんな力があったのだろう、母親は先ほどの父親のように血走った眼で、青ざめた顔で娘のあまりにも軽い身体を抱え込み父親のシェルターもどきに放り込んだ。放り込み、鉄製の分厚く思い蓋をようようの思いで閉めると、妻は倒れ伏したままの父親の元に駆け寄った。そして父親を引きずって家に飛び込むと、用意していた薬をのみ込み、父親を抱きしめ、やがて訪れる熱と崩れてくる瓦礫の中でひっそりと眠りについた。


 娘はシェルターもどきに落ちた衝撃で気を失っていた。その掌から種がこぼれる。手慰みだった朝顔の種。中途半端な作りのシェルターは地面の衝撃を受けてぼろぼろと土が崩れおち娘の身体は冷たい土にあっという間に包まれた。娘は意識を失ったまま、二度と口を開くことはなかった。






 ***






 いびつに一回りも小さくなったその星で、最早聞こえるのは風の吹く音と砂が混ざる音、時折雨が地表を穿つ音だけだった。熱と衝撃に生物は死に絶え、すでにどれほどの時が過ぎただろうか。砂と土と岩石だけが地表を表面に晒す。触感で伝わるほどの乾いた空気が砂埃を巻き上げ、何処までも果てしない彼方へと運んでいく。


 さて、とある場所にポツンと一つだけ、緑色が見える。


 茶と灰、空の青さばかりが広がる世界でその緑は浮かびあがった幻のように、微かな風に大仰に身体を震わせる。

 ある朝にその埃塗れの緑色をした弱弱しい蔓は、ようやっと、近くにあった岩石の一つに縋りながら花を咲かせた。花は冷たい夜の湿気と朝の光にふるふると頭をもたげた。


 そしてあたりが白く照らされる頃、ラッパの深い青の花弁は朝露をぽつりと地面にこぼして泣いた。

 朝露は染みを作る前にやがてくる昼の熱気に乾いて蒸発し何事もなかったかのように姿を消す。


 そして。


『―――これは、一体……?』










 そうして今となればそれだけが。

 彼らの存在を知らしめる唯一の痕跡であった。





 

 


 個人的には一番すっきりしたまとめの、つもりでした。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観設定が設定なのに、静か、というしかなくて、違和感ありませんでした。 ***のあとの話がよかったです。
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