01-04
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その夜、空覇はブラックの缶珈琲を飲みながら資料の続きに目を通していた。粗方片付いた部屋には薄く紫煙が立ち昇り、備え付けのテレビから小さく流れるニュースキャスターの声が静かに空気を震わせている。
情報部が纏めた資料には、大まかに分けて四つの事柄が記されていた。
──まず最初に記載されているのは、八色学園内での生徒の死亡と失踪についてである。ここ十数年に渡る詳細な記録、とりわけその該当人数の多さが、明確にこの学園の異様さを物語っていた。
概ね平均するならば、毎年死亡者が二人程度、そして失踪者が一人。死亡者の死因はまちまちだが、大半は飛び降りか首吊りによる自殺、時折事故か自殺か判断のつきかねる者がいるといった具合だ。死亡の診断を下したのは学園勤務の医者であり、もし別の理由による死亡であっても誤魔化す事は容易に思われた。
失踪についても経緯は不明であり、また失踪した生徒は現在に至るまで一人たりとも見付かってはいない。これだけの事が継続して起きているにも関わらずおおごとになっていないのは、県警上層部に学園出身者が多数在籍しているのが原因ではないか、という情報部の見解が添えられていた。
「最新のデータによると……去年の失踪者は桐野恵理、当時二年か。死亡者は三年の男子と一年の女子、どちらも首吊りだな。これだけ自殺だ失踪だ物騒な事が続いてんのに、よく保護者は文句言わねェどころか通わせる気になるもんだな」
眉を顰める空覇の疑問に答えるかのように、二番目の情報は保護者に関係する内容だった。
──どうやらSNSのコミュニティや掲示板など、学園の情報を親同士が交換しているログを拾い集めたもののようだ。アカウントを取得しコミュニティに参加しないと読めない内容や学園名を具体的に記載していない遣り取りなど、少し検索した程度ではお目に掛かれない本音の書き込みがずらり並んでいる。
しかしそれを読み進めるにつれ、空覇の眉間の皺はますます深まることとなった。
「『子棄て学園』とはまた酷ェ名だな! 確かに家庭の事情が複雑ならば、子供を何年間か親元から離しておきたいって事もあるかもだけどよ……運が良ければ問題児がまともに矯正されてイイ子になって戻って来るとか、大当たりなら学園が『処分』してくれるとか、何なんだコイツら……本当に人の親なのかよ?」
そう、並ぶ本音はとても当の生徒達には見せられないような酷い内容ばかりであった。親自身が自らの子を『手を焼く問題児』『悪魔』『手の施しようが無い』などと表現し、学園に子供を預ける事を『子棄て』と称している。
また、規律の厳しい寮生活によってその性格が矯正されたならばラッキー、更に毎年起こる死亡・失踪事件で子供がいなくなれば『大当たり』──そう親達は冗談混じりで述べ、子供を入れようか迷っている親へとアドバイスまでしているのだ。
真面目に勉学に集中出来ると信じて入学を決めた生徒からしたら堪ったもんじゃねェな──そう空覇は吐き捨て、煙草を乱暴に揉み消した。
そして、その項目に最後に書かれた内容──『補導歴があったり問題行動が多くて内申書が悪くても、勉強が出来てテストの点さえ良ければ受かるから』という、掲示板ログの抜粋に目が留まる。
もしかすると、学園側が率先して密かにこういう噂を流している可能性に思い至り、更に空覇は苦虫を噛むような心地に至るのだった。
「勉強だけ出来りゃイイってもんじゃないだろうに……。いやむしろ、勉強だけ出来てりゃ多少の事には目を瞑るとかいう教育方針の賜物なのか? 何にせよ胸糞悪い話には違い無ェな」
気を取り直し新たな煙草と共に読み始めたのは三つ目の項目だ。それは、この八色学園が建っている土地の謂れ、学園が買い取った土地に関する調査内容であった。
昭和の初期まで、此処には一つの集落が存在していたのだという。しかしある夏の日、台風の直撃により起こった土砂崩れで集落は一夜にして滅びた。その集落跡を整備し学園を此処に建てたのが、今の理事長の先祖である八色一族なのだそうだ。
八色の一族は元々、この集落の出身であったらしい。それが何故集落を出たのか、どうして学校を経営するに至ったのか、──そもそもどうやって財を成したのかすら不明なのだと記されている。
「集落を捨てた筈の一族が、集落が滅びた因縁のある土地に、何でわざわざ学校を建てようなんて思ったのか……その辺り、かなり謎だな。これは、探れば何か出て来るかも知れねェな」
そして書類を捲った次のページ、最後に纏められた項目は、学園内にはびこる虐めの話であった。
この学園は進学校という事で、元々頭の良い生徒達ばかりが集められている。彼らのやり口は巧妙でなかなか大人に尻尾を掴ませない。しかし、それだけならば偏差値の高い学校によくある傾向として片付けられる。
──問題は、この学園の生徒達が虐めに使うのが『呪法』であるという点だった。
『呪法』。それは符や力ある言葉、動物、強い思いや儀式、道具などを用い、呪いや祟り、或いは念で人を害する術の総称である。生徒達は長年に渡り先輩から後輩へ代々その術や道具、手法などを受け継ぎ、脈々とそれを使用してきたというのだ。
情報部が在校生や卒業生のネットでのコミュニティ、或いは直接元職員や卒業生などに接触し集めた情報によると、その強さや種類は幅広く多岐に渡るという。また、卒業生の中には学園で培った呪法の知識を用い、大学生や社会人となってからも自分の利益の為に呪いで人を害し続けている者も少なくないようだ。
しかし呪法はその効力が強ければ強い程、その反動も激しくなる。素人が安易に手を出すなど危険極まる行為なのだ。手軽に虐めなどに一般の高校生が使用して良い物では決して無いのである。
呪法が使われ始めた経緯、そして相次ぐ死亡や失踪。それらが何か大きな陰謀、隠された学園の闇に関係しているのではないか──空覇の直感がそう警鐘を鳴らすのであった。
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以上が情報部が独自に収集した情報であり、そしてファイルの末尾には、八色学園に現在属するスタッフ全員のデータが細かく纏められていた。
──資料を読み終わり、空覇はただただ大きく溜息を零す。缶の底に残った珈琲を一気に飲み干すと、新たな煙草に火を点け盛大に紫煙を吐いた。奥歯をギリリと噛み、凝った目許と寄った皺を解すように眉間を指で揉む。
「こりゃ……一筋縄って訳にはいかなそうだ」
空覇は今回、何故自分がこの任務に選ばれたのかが疑問だった。確かに空覇は院卒の学歴を有し、正式に教員免許も所持している。『組織』内ではその経歴から任務の合間に、組織が保護し育てている中高生に勉強を教えたりする事もあった。しかし教員免許だけで言えば、術士以外に情報部や構成員などにも保持している者はいる筈だ。
それが何故、強力な術士である空覇が選ばれたのか。またもう一人の調査員についても、この学園に入学出来る程度の頭脳の持ち主ならば他にも候補がいた筈だ。しかし任務を任されたのはこれまた強い力を持つ術士の少女であり──どうやらその理由は、この情報群に集約されているに違い無い。
「それだけ危険に晒される可能性があるってこったろうな。確かに外部との連絡は取り辛いし、おいそれと応援も呼べない。もう一人との連携も取れるかどうか分かんねェから、何かあっても一人で対処しなきゃいけねえもんなあ」
空覇が紫煙を吐きながら呟いた、──その時である。
……ガサリ。
寮監室の扉の向こうに、禍々しい気配を感じたのは──。
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