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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
一章:不穏の種と、新学期
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01-01


  *


 ──私立八色やいろ学園。


 四国の山奥に建てられたその高校は、完全全寮制の進学校である。外界から隔絶された環境の中で、生徒達は寮での共同生活を送りながら勉学に励んでいる。理系學部、とりわけ医学部への進学率は高く、県内でも一、二を争う合格率を誇る高校としてその名が知られている。


 八色学園の歴史は戦後に設立された女学校から始まっており、昭和中期には時代のニーズに合わせ共学制の高等学校へと方向を転換。平成初期に今の場所へと学園を移設し、全寮制の高校としての運営を開始、──そして現在に至る、という流れである。


 特筆すべきは、全ての生活が学園の敷地内で完結するという点である。


 食事の調理、清掃、制服やシーツなどのクリーニングなどの業務は学園に属する専門のスタッフが担い、また医師や看護師、カウンセラーなども職員として常駐。購買所には筆記具はもとより生活雑貨や下着、軽食や菓子類など多種多様な商品が棚に並び、美容室と理容室までもが併設されている。


 およそ生活を送る上で必要なものは学園内で全て賄えるようになっており、食材や物品の搬入、宅配便などを除き、外部の業者は一切学園に介入しないシステムが構築されている。


 保護者も当然ながら立ち入り禁止であり、入学式や卒業式ですら参列は不可能。唯一の例外は夏期長期休暇中に数日間実施されるオープンスクールのみであり、しかしその開催期間中であっても見学可能な施設は学園の一部、限定された範囲しか公開されていない──。


  *


 ──そこまで資料を読み進めたところで、眞柴空覇マシバ・カラハは紙面から視線を外した。おもむろにテーブルに置いておいた箱から煙草を一本取りだすと、慣れた手付きでライターを鳴らし火を点け深く吸い込む。ふう、と溜息と共に吐き出した紫煙はゆっくりと漂い、まだ慣れぬ部屋の空気と混じり広がってゆく。


 空覇がこの学園に到着したのは昨日の事だ。一番近い駅からタクシーに乗り、うねる山道を時間を掛けて進んだ先、削れた山肌を平らにならした場所にこの学園はそびえ立っていた。ぐるり鉄柵に囲まれたそれはあたかも牢獄のようだ、と空覇は思った。正門で守衛に身分を確認され、次いで案内されたのがこの男子寮の寮監室である。


 送っておいた荷物は無事、寮監室へと運び込まれていた。取り敢えず寮母と挨拶を交わし、さしあたり必要な物だけを慌ただしく荷解きし、夕飯を食べてシャワーを浴びて眠り、そして今日、朝七時に叩き起こされて朝食を胃に突っ込んで九時からの全体会議に出席した、とそういう次第であった。


 世界史教員の山路ヤマジに学園を案内され昼食を共にした後はこの寮監室に帰り、空覇は改めて荷物の片付けを始めた。だがしかし、『組織』の情報部に持たされた学園の資料が気になり、休憩がてらその内容に目を通していたのだ。


 咥え煙草で資料を捲り、ざっと読み進めてゆく。学園の基本情報や沿革などは事前に知っていた内容だったが、行を追うにつれ、空覇の眉根は徐々に寄せられていった。


「一見行き過ぎた合理体質と取れなくも無ェが……むしろこの徹底ぶりは隠蔽、いや秘密主義にすら思えるな。一体何を隠したいんだか……」


 短くなった煙草を灰皿で潰し、次いで二本目にまた火を点けてから、注意深く資料を読み込んでゆく。紫煙が緩やかに昇り、天井付近で歪つにとぐろを巻いた。


「生徒は長期の休み以外は、家に帰るどころか自由に街へも降りられねェとか……箱庭じゃなくて監獄、どころかまるで籠の鳥だな、こりゃ」


 どうやら生徒は許可が下りなければ敷地外へ出る事すらままならぬようだ。更に携帯端末や自前のパソコンなどは持ち込みが禁止されており、外界との連絡は学園が設置した固定電話や郵便といった手段に限定されている。


 漫画やゲーム機などの娯楽も当然一切禁止であるが、一応寮には各階談話室にテレビが設置されており、またトランプや将棋などは許容されているようだった。図書室には小説なども多数収蔵されているし、ピアノのある防音室やインターネットの可能なパソコンルームも存在する。一応のガス抜きは必要だと運営側も理解はしているようである。


 更に部活動も多種存在しているようで、温水プールや冷暖房完備の体育館、そしてテニスコートや広いグラウンドもあり、勉学に差し支えない範囲であれば身体を動かす事は推奨されているようだった。


 添えられた高校情報サイトの口コミ抜粋なども、『規律が厳しい』『飯は美味い』『プライバシー皆無』『寮が綺麗』『文系は不利』『寮での縦横の繋がりは一生モノ』『勉強に集中出来る』など当たり障りの無い内容ばかりであり、特に問題は無いように思われた。


「まあ、……多少厳し過ぎるきらいはあれど、この辺りまでは許容範囲か。しかし本番はこっからだな」


 ここまではパンフレットや公式サイト、或いは軽くインターネットを検索しただけで直ぐに出て来る情報ばかりだ。しかし以降は『組織』の情報部が独自に調査、或いは収集した内容が記載されているようだった。


 再び煙草を咥え、空覇は慎重にファイルを捲る。純銀のライターをキン、と柔らかく響かせ、空覇が火を点けようとした瞬間──。


 コンコン、と控え目な、だがはっきりとしたノックの音が耳に届く。


 慌てて空覇はファイルを片付け途中の段ボール箱に突っ込み、火の点いていない煙草を咥えたままで声を上げた。


「はい、どちら様?」


「寮母の伏見です。あの眞柴先生、今大丈夫かしら?」


 溌剌とした声が扉の向こうから聞こえる。空覇が煙草を仕舞い笑顔を取り繕ってからドアを開くと、そこにはふくよかな女性が笑みを浮かべ立っていた。男子寮の寮母、伏見フシミである。年の頃は還暦を幾らか過ぎたあたりだろうか。


「おや、寮母さん。どうしました?」


「片付けでお忙しいかと思ったんですけど、いえね、お茶淹れるので休憩はどうかしらって。もし良かったらなんですけど」


「ああ……、それは是非。ありがとうございます」


 一瞬迷ってから、空覇は誘いに乗る事を決めた。就寝までにまだたっぷりと時間はある、資料を読むのはまた後でも差し支え無い。それより寮母暦の長い伏見から色々と情報を引き出す事も重要だと判断したのだ。


「まあ本当!? 眞柴先生みたいなイケメンとお茶できるなんて嬉しいわ! じゃあ早速淹れるわね、先生方からのお裾分けのお菓子も色々あるのよ。ああ、折角だから応接室でゆっくりしましょうか。今日もあの部屋、使用する予定も無い事だし」


 満面の笑みを浮かべながら寮監室を後にする寮母に、空覇は苦笑を浮かべながらも付き従った。


 部屋を出ると、活気のあるざわざわとした喧噪が耳をくすぐる。──懐かしいな、と自身の大学寮生時代をふと思い出し、空覇は口許を綻ばせるのであった。


  *


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