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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
四章:開く死花と、断ち切る刃
36/47

04-03


  *


 眞柴空覇マシバ・カラハは資料を睨みながら煙草のフィルターを無意識に噛んだ。紙には『蛇』と称される面子の名前が並んでいる。


「やっぱ分っかんねェなあ。『蛇』が判明すりゃあ、『やくさいさま』の手掛かりが何か掴めると思ったんだがなあ……」


 平日、消灯間近の寮監室。咥え煙草の空覇の向かいのソファーでは、八色雷火ヤイロ・ライカが紙パックのカフェオレを飲みながら眉根を寄せていた。雷火はブラックよりも甘いのが好みだったらしく、二度目の訪問からは自分で買った飲み物を持ち込むようになっていた。


 二人は連日、こうやって寮監室で理事長の『悲願』を阻止する計画を練っていた。儀式やおおよその場所の検討も付き、残すは『やくさいさま』の正体を探るのみとなっていたのだが──。


「結局、御祖父様は一度も『やくさいさま』の正体については何も言及してはいませんでした。以前から村で祀られていて、強大な力を宿すものとして崇められていたようですが」


「八匹の蛇ってあたりからてっきり、ヤマタノオロチとか多頭竜とかその辺予想してたんだが、どうもしっくり来ねェんだよな。穢れ、特に死穢が必要ってのも引っ掛かるし」


「八蛇以外に予備が二つ、というのも謎ですよね。予備というからには同じ物というのが普通でしょう? でも予備の二人の名前は山路と野槌です。他の面々とは全然違います」


「そうだよなあ。名前、名前……何だっけなあ、何かありそうなんだよな」


 苛々と紫煙を盛大に吐いてから、空覇は再度、書かれたリストに目を落とした。


 ──大、火、黒、析、若、土、鳴、伏、そして山、野。


「村の名前も八色っつったんだよな? 八色、ヤイロ……」


「ええ、そうです。随分昔には別の読み方をしていたようですが」


「別の、読み方……。八匹の蛇……。あー、何処かでなんか、……」


 そして空覇は短くなった煙草を揉み消し、続けざまに新しい煙草を咥えた。しばらく無言で視線を宙に彷徨わせ、そして──。


「──あ、ああーーー!!」


「ちょっと何ですか眞柴先生、突然大声出して!?」


「思い出した! おい雷火お前、今から言う本を図書室から持って来い、大至急だ! 確か隅っこの方にあった筈だ!」


 そして空覇はある本の題名を雷火に伝えた。雷火が思わず驚きに目を見開く。


「わ、分かりました! 直ちに!」


 そして雷火は寮監室を飛び出し、図書室へと駆けて行った。


 空覇は咥えたままだった煙草に火を点け、気持ちを落ち着かせるようにふう、と大きく紫煙を吐く。その端正な唇からは煙と共に、愚痴めいた言葉が零れ出る。


「俺とした事が……すっかり忘れてたぜ。あれについては卒論で散々教授に考察が浅いっていびられてたってのによ」


  *


 雷火が指定された二冊の書物を手に戻って来ると、空覇は早速一冊目のページを捲った。そしてある箇所を雷火に指し示す。


「これは『古事記』、ですよね。日本神話の……ええと、」


「そうだ。そして国生みの後イザナミが死んで、イザナギが黄泉の国へイザナミを訪ねて行く……って流れは知ってるか?」


「ええ、有名なシーンですよね。確か『見てはいけない』と言われていたのに、我慢出来ずイザナギが覗いてしまう……」


「そう、正にそこだ。この記述を見てみろ」


 空覇の長い指がある一点をなぞった。覗いたイザナギが目にしたのは、変わり果てたイザナミの醜い姿。そしてその身体に纏わり付いていたのは──。


「八匹の、蛇……!」


「古事記にはこうある。『頭に大雷、胸に火雷、腹に黒雷、陰に析雷、左手に若雷、右手に土雷、左足に鳴雷、右足に伏雷』──」


 雷火は息を飲み、食い入るように書面を見詰めた。


「正に名前と同じ……。で、では山路と野槌は?」


「それはこっちだ」


 煙草から灰を落とすと、空覇が今度はもう一冊の書物──『日本書紀』を開いて見せた。大まかな内容は古事記と同じだが、細部が異なっていた。


「これだ。──『首に大雷、胸に火雷、腹に土雷、背に稚雷、尻に黒雷、手に山雷、足上に野雷、陰上に裂雷』。稚雷と若雷、裂雷と析雷は漢字の意味から同義とされている」


「とすると、鳴雷と伏雷の代わりに山雷と野雷がいる訳ですね。古事記をベースに考えて、これをスペアとして見做したという事ですか」


「って事だろうな」


 二人は揃ってはあ、と大きく溜息をついた。しかしまだ話は終わってはいない。空覇は紫煙を吸い込むと、短くなった煙草を灰皿に突き立てる。


「それと『八色』についてだ。古事記ではこの八匹の蛇は八雷神と記されているが、日本書紀では『八色雷公』と書かれている」


「それ、御祖父様の名前そのままじゃないですか!」


「そうだな。八匹の蛇を束ねる者として、わざとその名を名乗ったんだろうよ。そして面白い事に、八雷神は『ヤクサノイカヅチノカミ』と読むが、日本書紀の八色雷公も『ヤクサノイカヅチ』と読むんだ」


「つまり八色という村の名前や名字はヤイロではなく、本来は『ヤクサ』だったと?」


 雷火の言葉に空覇は大きく頷く。そしてまた煙草を咥えると、銀のライターを弄びながらニヤリと笑んだ。


「『ヤクサ』と『やくさいさま』、似てると思わねェか? 俺ァてっきり、やくさいさまイコール厄災様だと思っていたが、ヤクササマが転じてヤクサイサマになった、と考えりゃア」


「納得がいきますね。……という事は、やくさいさまはこの、八雷神であると?」


「いや、八匹の蛇は別にいるんだ。なら、考えられるのは一つ」


 空覇の笑みが獰猛さを帯びる。雷火が、ゴクリと固唾を飲んだ。


「──八雷神を侍らせている本体、つまりイザナミそのものだ」


 イザナミは黄泉の国の女王。とすれば、村を滅ぼして村人全員を生贄に捧げ、それでも足りないとなお死穢を捧げ続けている事にも合点がいく。


「御祖父様の悲願がイザナミの顕現……? はは、は……それじゃあ本当に、厄災そのものではないですか。死穢を求め、死穢を導く厄災。そんなものに、僕らはどうやって対抗し、打ち勝てばいいんです?」


 雷火が乾いた笑いを漏らす。絶望を浮かべたその顔を見ながら、空覇は煙草に火を点けた。その口許は皮肉げな笑みに歪み、しかし絶望を宿してはいない。


「その為に俺達が居るんだろうが。……それにイザナミとは言ったものの、別にイザナミの神本体そのものが復活する訳じゃねェ。本体は黄泉の国におわすんだ。顕現するのはその神格のほんのひとかけら、ワケミタマって奴なんだ。だから依り代なんてモン用意しなきゃなんねェんだろ?」


「あ、ああ……成る程。しかしそれでも、強力な事に代わりは無いんですよね?」


「まァな」


 そして空覇はふうっと天井に向かって紫煙を吐いた。笑みに歪んだ唇からは鋭い牙が覗く。


「こっちはその道のプロで、幾らでもやりようはあらァな。それに厄災だの神だの言うんなら、こっちにも『厄災ディザスター』と『神の葬儀者』がいるってんだ」


 空覇の台詞に目を瞬かせ、雷火がゴクリと喉を鳴らした。『厄災ディザスター』『神の葬儀者』──その不穏な響きに、先程までとはまた違う畏れを心に抱く。空覇達とはそれ程に強い力を秘めているのだろうか、畏敬と共に好奇心がじわりと雷火の胸を燻った。


「まあなるようにしかならねェわな。それでも、この学園の存続を渇望してる奴だっているんだぜ。な、頑張ろうぜ、──『センパイ』」


「……やめて下さい、あの時は僕も肩に力が入ってたんですよ。今はそんな」


「ははは、冗談だよ」


 いつぞやの風呂での一件を揶揄され、一瞬の後に雷火は頬を染める。はははと笑い飛ばす空覇から目を逸らし、雷火はカフェオレの残りをずずと吸い込むのだった。


  *


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