04-01
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「おめでとう、桜谷さん。あなたの願いが『やくさいさま』に聞き届けられる事となりましたわ。選ばれましてよ、良かったですわね」
それは唐突だった。次の『やくさいさまの集い』で告げられた祝福に、桜谷聡美は戸惑った。おめでとう、おめでとう、と囁かれる祝福のさざめきの中で、桜谷は自信無さげに唇を震わせる。
「え、えと……ありがとう、ございます。でも、その、いいのですか? 私、『やくさいさまの集い』に入ったばかりだし、私の他にも願いを叶えたい人は一杯……」
そんな桜谷の肩に優しく手を置き、『やくさいさまの集い』の女子リーダーである野槌望愛は囁く。
「自信をお持ちなさい。──『やくさいさま』はきっと、桜谷さんの願いの真剣さに心打たれたのよ。それに──」
野槌が更に顔を寄せ、桜谷の耳許で唇を動かす。その声は艶を帯び、まるで蛇のようにぬるりと桜谷の鼓膜を通して頭蓋の中へと潜り込む。
「──もう、『贄』にする人は決めているんですわよね? きっと目障りで、消したかった人物……。一度に二つの願いが叶う事なんてもう二度と巡っては来ないですわよ?」
そして身を離す野槌を、桜谷は凝視した。上品げな美しい笑顔の奥に、黒いものが蠢いている気がして桜谷は全身の毛が逆立つのを感じる。しかし、──野槌の述べる事も事実であった。恐怖と誘惑の狭間で桜谷は身を凍らせる。
しかしそんな桜谷の背を軽く叩く者がいた。後輩である黒塚紅羽だ。黒塚はいつもと変わらぬ調子で桜谷に言い放った。
「何を悩む必要があるんですー? 言ってたじゃないですかぁ、『長船君の後を追って私も死にたい』ってぇ。やっちゃいましょうよー、死ぬぐらいなら一度死んだ気になって、長船先輩を生き返らせればいいんですってー。それであの邪魔な先輩も消えるんでしょー? 一石二鳥、一挙両得じゃないですかぁー!」
「え、ああ……そ、そうよね。そうね、そうよ……うん。確かにその通りかも」
「──覚悟はお決まりですか?」
黒塚の話に上手く流された桜谷に、野槌が声を掛けた。桜谷は一瞬の躊躇の後、大きく頷く。
「はい。よろしくお願いします」
「わかりました。それでは儀式は次の土曜の消灯後に行います。集合場所は地下、あの奥の倉庫……。その際にはきちんと『贄』を連れて来て下さいね」
少し不安げな表情を浮かべる桜谷の背中を、再度黒塚が軽く叩いた。
「だーいじょーぶですってせんぱーい! 私も手伝いますから! だって贄ってあの先輩でしょー? おっぱいが大きいだけの華奢で体力も無さそうな人ですもん、二人掛かりなら無理矢理にでも連れて行けますよぉ!」
「あら、そうなのですか? ちなみにその『贄』になる生徒さんのお名前を、お聞きしても……?」
野槌の問いに、桜谷がゴクリと喉を鳴らす。一度唇を引き結んだのちに、桜谷はその名を口にした。
「──二年一組、一〇二号室、……羽々木志恵です」
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平日とは違い、休日の職員棟は静寂で満ちている。そんな中、とある一室に十二人の男女が集まっていた。
その部屋には深紅のカーペットが敷かれ、分厚い遮光カーテンが窓を覆う。壁にも防音が施されている。調度品は重厚感が溢れ一目で高級だと分かる品物で揃えられていた。そして前方の壁に飾られているのは、刺繍で校章が描かれた旗──そう、此処は八色学園の理事長室である。
室内に据えられた大きな長方形のテーブルには、教員やスタッフ、そして生徒と、立場も年齢も性別もバラバラの十二人が腰を下ろしていた。
上座である前方に座るのは理事長、八色雷公その人だ。還暦を過ぎてもなお若々しく、上質なスーツを着こなすその姿は威厳に溢れている。そして隣には孫である八色雷火が無表情で座していた。
また他の面々は全て、『蛇』と呼ばれる八色の血縁者であった。その人数は十名。そこには『予備』と称された世界史教員、山路の姿もある。
山路は内心驚いていた。それもその筈、このように自分を含めた『蛇』全員が召集されたのは初めての事だったからだ。それに加え、集められた面々にも山路は驚愕していた。古株ばかりでなく、一年生の生徒や新任のスタッフも混じっているではないか。その事からも、以前盗み聞いた『蛇が揃った』という言葉は本当だったのだと納得する。
そしておもむろに理事長、八色雷公が口火を切った。
「本日、皆に集まって貰ったのは他でもない。──今年こそ、我が悲願を成就する条件が整ったのだ。まだ事情を知らない者もいるだろうが、詳しい内容は追い追い説明しよう。皆には、私の計画に是非、協力して頂きたいのだ。これはその同意を求める為の会合なのだよ」
まだ詳しい話を知らないらしい新任のスタッフが戸惑い、視線を彷徨わせる。山路も同様だ。一体何をさせられるのか、計画とは何なのか──。そんな戸惑いを目にしてか、理事長は目を細め口を開いた。
「そもそも、ここに集められたメンバーは八色の血縁に当たる者達ばかりなのだよ。名字は違うが、ルーツを辿れば皆、八色に行き着くのだ。……この地が以前、災害で滅亡した村だという話は知っているね? 八色は村の悲願を成就すべく村を離れ、力を付け、財を成し、この地にまた戻って来たのだ」
饒舌に語る理事長の横で、雷火は少し首を傾げた。──理事長の説明だと、村が土砂崩れで滅びる事すら、計画の一端であるかのように聞こえたからだ。そのような雷火の疑問に気付く事も無く、理事長は話を続ける。
「今迄はタイミングが合わず、条件を揃えられずに苦労してきた。『蛇』が揃わず、死穢の数も足りず、憑依させられる人材も確保出来なかった。祈りだけでは成就が叶わなかったのだ。故に村の悲願を託された八色の一族は、必要な条件を厳密に調べ、クリアすべく学園を利用して条件を整えていった──」
演説にも似た理事長の説明は朗々と続く。その隣で雷火は表情を殺しながら、紡がれる内容に息を飲む。しかし内心の動揺を悟られぬよう、必死で無表情を装い、平静な態度を貫き続ける。
やがて説明は佳境へと達する。具体的な悲願成就の方法に、雷火や山路だけでなく、計画のあらましを知っていたらしき他の面々にも戸惑いが広がった。
「──決行は次の土曜の深夜となる。生徒達による儀式が行われる予定となっているので、それに便乗する形だ。幸いにも『贄』に選ばれた女子生徒は良い憑依体質だと言う事が分かっている。これは非常に好都合だ。そうだな、野槌君?」
「ええ、そうですわ。彼女は隠したがっていたようですが、非常に霊力が高く、霊を引き寄せやすい体質である事が分かっております。ですので都合良く彼女を消したい願望を持っていた生徒を誘導し、状況を整えました」
理事長に話を振られ、『やくさいさまの集い』を束ねる野槌は説明を重ねた。
──野槌は元来、『八匹の蛇』に名を連ねる側では無く、山路と同じ『予備』の立場の人間で或る。しかし野槌は自身の出自を知った上で喜んで理事長に協力していた。実家の個人病院の経営が傾く中、理事長直々に話を持ち掛けられたという経緯があった。野槌は病院を立て直せるならと、その誘いに一も二もなく飛び付いたのだ。
しかし、と難色を示す者がいた。女子寮寮母の鳴門である。
「確か羽々木さんは魔除けの鈴らしき物を身に着けています。彼女があの体質なのに今迄大丈夫だったのは、あの鈴のお陰かと。あれが付いたままでは、何か支障が出るかも知れませんよ」
それを耳にした何名かは志恵の鈴の存在を思い出したのだろう、ああ、と頷いた。しかし少し呑気さを帯びた口調が、その懸念を払拭する。
「そんなのー、引き千切っちゃえばいーんですよぉ。だいじょーぶ、拉致する時にわすれないよう、ちゃーんと毟ってその辺にゴミみたいに捨てときますってー!」
それは桜谷の後輩である黒塚の言葉だった。にやにやと笑う黒塚は、へーきへーき、と自信たっぷりに皆を見渡す。その自由な態度に顔をしかめながらも、ふむ、と理事長は頷いた。
「ならば任せよう。皆もそれでいいな?」
理事長の圧に、一拍置いて面々は頷いた。その様子を満足げに長め、再び理事長は口を開く。
「──『やくさいさま』を復活させ、その女子生徒を依り代として顕現させるのだ。その際に『やくさいさま』のしもべたる、『蛇』の力が必要となる。……皆、協力してくれるね?」
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