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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
三章:伸びる枝葉と、悪意の手
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03-04


  *


「ほらクリスちゃん、問題はやりっ放し解きっ放しじゃなくて、ちゃんと確認しないとダメだよ。こういうケアレスミスで点数落としちゃうの勿体無いでしょ」


「でも志恵センパイ、自分、ちゃんと確認してるよ。確認してるけどミスしちゃうのって、もうどうしようもなくない?」


「クリスちゃん、どうしようもなくなんかないんだよ。確認してもまだミスがあるなら、それは確認が足りないって事だよね。人間だれでもミスはあるから、そこをどうカバーするかが問題なんじゃないかな。一回で確認が足りないなら、繰り返して二回、三回確認するといいよ。わたしもテストはいつも二回以上確認してるよ」


「そっか、うん、もっと何度も確認すればいいのか。じゃあそうしてみる」


 夜、羽々木志恵ハバキ・シエ乙紅莉栖キノト・クリスは自習室で勉学に勤しんでいた。同じテーブルには隣室の戸村トムラ月岡ツキオカ、そしてクリスの友人となった夜刀ヤトも同席し、互いに分からない部分を教え合っている。


 そんな中、志恵はクリスのケアレスミスについて注意を促していた。クリスは理解力については申し分無いのだが、どうやら見返しを怠っている所為で細かなミスが増えているようだった。折角解ける問題なのに、そんな事で点を減らしては非常に勿体無い。


「志恵ちゃん凄いね、先生みたい。ホント確認大事だわ、私も見習わなくっちゃ」


 感心し、目を丸くしながら何度も頷いている戸村の言葉に、志恵ははにかみながら首を振る。


「ううん、そんな事無いよ、照れちゃうな。それにこの『二回確認』っての、お母さんの受け売りなんだ。お母さん、医療に携わる人間は絶対ポカでミスしちゃいけないんだって、どんなに忙しくても最低二回は絶対確認するようにしてるんだって。だから志恵も必ず何度も確認しなきゃダメって、いつも言われてるんだ」


「そっかぁ、ほんそれだ。ホント志恵ちゃんのお母さんの言う通りだわ。ミスするかもしれないって思いながら何度も確認すれば、確かにミス防げるよね」


 戸村の言葉に、月岡や夜刀もうんうんと頷いている。志恵は母が褒められた事に少しの照れ臭さと誇らしさを感じながらも、再び問題集の続きに向き直った。


 しかし志恵の思考はふとある部分で引っ掛かり、手にしたシャープペンシルの動きが止まる。


 ──そう、母はいつも確認が大事と言っていた。なら、何故母はあの時ミスを犯してしまったのか? きちんと確認すれば防げた筈のミスだったと言う。いつもの母なら有り得ない事だ。なのに、何故──。


 実は以前、志恵の母は或る患者に対して医療ミスを起こしてしまったのだ。幸いにも患者の命に別状は無かったものの、母の看護師としての信頼は失墜し、警察沙汰や裁判に発展しかねない状況であった。そこを丸く収めたのがあの男、その病院の副院長こと九頭蔵人クズ・クロウドであったのだ。


 九頭は母を庇い、警察や患者の家族にも上手く話をつけ、そしてこともあろうか恩を盾にして母に結婚を迫った。負い目のある母はどうしても突っぱねる事が出来なかった。以前から母を狙っていた九頭は、医療事故の件以降、母が断れないのを良い事に露骨に恋人面をするようになった。


 最後のあがきとばかりに母は九頭へと条件を出した。──それが、志恵が大学を卒業するまでは籍を入れない、というものだ。しかし九頭蔵人とその息子の久遠クオンは籍を入れないままで堂々と家に家族の如く居座り、暴君のように振る舞っている。志恵は彼らの存在と自分への性的な視線に耐えられず、逃げるようにこの学園へと入学したのだった。


 ──そこまで考え、志恵は恐ろしい仮定に思い至る。まさか、と瞳を伏せたまま軽く首を振る。でも……、と呟く志恵の思考を遮るように、呼び出しのアナウンスが唐突に響く。


『一〇二号室の羽々木志恵さん、お電話です。至急ロビーへお越し下さい。一〇二号室の……』


 あれ、と志恵は首を傾げた。志恵へわざわざ電話を掛ける人物など、母しか思い当たらない。しかし母とはつい最近電話で話したばかりだ。何か急用でもあるのだろうか──志恵は静かに立ち上がると、急ぎロビーへと向かったのだった。


  *


 ロビーにいた寮監に頭を下げて受話器を耳に当てると、薄くテレビらしき音が聞こえた。少し訝しみながらも、もしもし、と志恵は受話器の向こうへと声を掛ける。


 ──すると聞こえてきた返答に、予想もしていなかった声に、志恵はヒ、と息を飲んだ。


『あ、やっと来た来た。やあ志恵姉さん久し振り。元気?』


「その声、っ、あ、あなた、久遠君……!? 何で急にわたしに電話なんて……て、てっきりわたしお母さんからだと思って……!」


『はは、俺の声覚えててくれたんだ、嬉しいなあ。いいじゃんさ電話しても、俺達家族じゃん。あ、まだ違うんだっけ? 志恵姉さん!』


「あ、あなたに姉さんとか家族とか言われる筋合いなんて、無いんだから……! あなたからと分かってたら、電話に出ようなんて思わなかったのに!」


 その声は九頭蔵人の息子、久遠であった。久遠は志恵とは二歳違いの中学三年生だが、父親の蔵人と共に志恵や志恵の母を性的な目でじろじろと見てくる、志恵にとってはおぞましい存在だ。間違った振りをしてわざと風呂場に入って来たり部屋に侵入してきたり、挙げ句にはリビングで押し倒されたりと、貞操の危機を感じた出来事が過去に何度もあったのだ。


『そんなに冷たくしないでってば、姉さん。今は二人共夜シフトと夜勤でいなくて俺一人なんだよ。だから寂しくてさあ、それで志恵姉さんの声聞きたいなって掛けちゃった訳なんだ』


「わたしはあなたの声なんか聞きたくないし、あなたと話す理由なんて無い。あと姉さんって呼ばないで、お願いだから」


『何でだよ? もう家族も同然なのにさあ。──ははあ、家族になっちゃったら俺とそういう仲になれないからとか? 姉さんは健全だなあ。俺は血の繋がってない姉弟で禁断の関係とか、結構燃える方なんだけど』


「……っ! やめて、気持ち、悪い……っ!」


 あまりのおぞましさに志恵は絶句し、受話器を握る手に力が籠もった。震えを必死で抑え、志恵は奥歯を静かに噛み締めるのだった。


  *


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