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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
三章:伸びる枝葉と、悪意の手
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03-01


  *


 ここ私立八色ヤイロ学園では、多くの生徒が勉学以外に部活動にも勤しんでいる。


 運動系部活以外にも文化系の部活も幾つか存在するが、文化系はどうしても数が少ないのが実情だ。しかし新しい部を立ち上げようにも、顧問の先生が見付からなかったり人数が揃わなかったりと、なかなかにハードルが高い。


 そんな現状から、学園内では正規の部活とは別に『同好会』の設立が許されていた。


 これは顧問や人数の制限が無い代わりに、決まった部室や活動場所の融通などが無い、文字通り同好の士の集まりである。教室などを使用する際には毎回書類の提出が必須であるが、部活のように出席の縛りなどが無い分、気楽に参加出来るという面もある。掛け持ちしている生徒が多いのも同好会ならではだろう。


 ──そして羽々木志恵ハバキ・シエは部活には入らず、『裁縫クラブ』と『植物研究会』の二つの同好会に所属していた。


 裁縫クラブは名前通りの集まりであり、男子寮女子寮それぞれの一階談話室が活動場所だ。一方、植物研究会は堅めの名前とは違い、実質は中庭の花壇の世話をする会である。環境整備のスタッフ達とも連携して四季の花を植え、水やりや草抜きなどの手入れをするのが主な活動である。


 どちらもかなり以前から存在している伝統ある同好会だが、会の性質上おとなしい生徒が多く、和気藹々とした雰囲気で志恵にとってとても居心地の良い場所であった。


「ねえ、羽々木さん羽々木さん、確か青いベルベットっぽいリボン持ってたよね。二十センチぐらい欲しいんだけど、良ければ私の手持ちの何かと交換してくれない?」


「ああ、構いませんよ。じゃあこれ、自由に切って貰っていいですから」


「ありがとう! じゃあこの箱の中から選んでくれていいよ、好きなのどれでも持ってって」


 その日、志恵は裁縫クラブの集まりに出席していた。いつも人数や顔ぶれが安定しないが、今日は志恵を含めて二年生と三年生二人ずつの四人の生徒が一階談話室に集まっている。


 基本的に『裁縫』の範疇であれば何をやろうと自由であり、特に決まったテーマなどは存在しない。たまに刺繍やレース編みを好む者もいるが、多いのはリボンやハギレを使っての髪飾りやポーチなどの製作だ。また、冬には編み物を教わりに来る者も多い。今日も放課後の時間を利用して、各々が思い思いの作業に勤しんでいた。


「あ、これいい色。じゃあ水知先輩、このリボン貰いますね」


「うんいいよ。でもこの色ってちょっと地味じゃない? 持ってた自分が言うのも何だけど」


「これ、手持ちにあるゴールドのメッシュの細いリボンと合わせたら丁度良い感じになるかなって。ホラこれ」


「へええ、羽々木さんいいねそれ、上品な感じが素敵。センスあるわ」


 志恵が三年生の水知ミズチとそんな遣り取りをしていると、不意に談話室の扉がノックされた。どうぞー、と四人が声を揃えて言うと、失礼しまーす、という挨拶と共にガラリと引き戸が開かれる。


「あ、良かった。裁縫クラブやってるんでしょ? ねえ、これお願い出来る?」


 現れたのは志恵を虐めていた桜谷サクラタニの取り巻きの一人、ハギだった。萩は手にしていた制服のスカートを裏返し広げて見せる。


「これ、裾の糸が取れちゃってびろびろになっちゃったのよね。明日の朝までに特急で頼めない?」


 そして拝むような仕草をしながら、箱入りのクッキーを差し出してきたのだ。ティッシュカバーにレースを縫い付けていた二年生が作業を置き、顔をしかめながら萩のスカートを手に取った。


「あーあ、半分ぐらい取れちゃってるのね……まあいいわ、受けてあげる。消灯までに部屋に届けるのでいい? 部屋番号は?」


「助かるわ、ありがとう。二〇六号室だけど、もし私がいなくても後輩に渡しといてくれて大丈夫だから」


「了解、承ったわ」


 そして二年生は先程まで使っていたのとは別の針に糸を通し始めた。あからさまにほっと安堵の表情を浮かべた萩が、それじゃ、と談話室を出て行く。


 ──そう、裁縫クラブは生徒達の衣服の修繕などを請け負っている、無くてはならない存在なのだ。


 勿論購買は裁縫道具なども一通り取り扱っているし、制服などのボタンやスナップなども全て取り揃えられている。しかし世の中には不器用などの理由で裁縫能力が壊滅的な人間もいる訳で、そこで登場するのが裁縫クラブという次第なのである。


 学園内での金銭の授受は禁止されている為に代金は不要であるが、その代わりお礼としてお菓子を渡すのが慣例となっている。スナップやボタン一個なら飴一個で受けてくれるが、面倒な作業になる程に高価なものが必要となるのだ。


 スカートの修繕を請け負った二年生──菱沼ヒシヌマは針の準備を終えていざ、というところでふと顔を上げた。少しふくよかな彼女は志恵の方を向き、おもむろに口を開く。


「あのさ、羽々木さん。……これ、羽々木さんがやる?」


「え、それってどういう……」


 志恵が目を丸くして問い返すと、菱沼は少し肩を竦め、軽く溜息をついた。そして手に持ったままのスカートに視線を落とす。


「あの子、萩って言ったっけ。桜谷さんの仲間なんでしょ? 羽々木さん、思うところあるんじゃないの。……やり返すチャンスだと思うよ」


「え、やり返すって、まさか──」


 志恵は菱沼の言わんとする事に思い至り、途中で言葉を失った。菱沼は、今から修繕する萩のスカートの裾に、虐めの仕返しとして呪法を仕込んだらどうか、と薦めているのだ。その自然な、しかし余りにも恐ろしい提案に、志恵は顔を引き攣らせふるふると首を振った。


「あの、わたしは、そういうの……やりたくない。やられたからってやり返すのは、なんか嫌かなって……」


「うん、そう。ならいいよ、私が普通に直すから。……私もさ、ちょっと気持ち分かるからさ、うん。変な事言ってゴメンね、忘れてよ」


「ううん、こっちこそ、その……ありがとね」


 志恵と菱沼は互いにぎこちない笑みを交わし合い、そしてまた手を動かし始めた。そんな二人の様子に、水知ともう一人の三年生も無言で頷き合っている。談話室の中には再び、穏やかな時間が流れ始めた。


 針を動かしながら、そう言えば、と志恵はふと思う。──最近、桜谷からのちょっかいが随分と減っている。以前は毎日二回や三回はなにがしかの嫌がらせがあった筈なのに、ここのところ一日に一度あるかないかという頻度なのだ。


 このまま全部が穏やかになってくれればいいのに──そう志恵は思うものの、何故か腹の底には黒くぞわぞわとしたものが蠢いている、そんな嫌な感覚が拭い去れないのであった。


  *


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