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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
二章:成長する芽と、憂う日々
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02-03


  *


 六時限目の授業が終わり、学園内にざわめきが満ちる。教室棟から続々と吐き出される生徒の群れは賑やかで、解放感からか皆笑みを溢れさせている。


「眞柴センセちゃーっす!」


「おう、元気良いのはいいけど廊下走んなよ」


「あっ眞柴先生! 今晩の自習の時間、聞きたい事あるんすけどいいっすか?」


「ああいいぞ、じゃあ自習室に顔出すからそん時にな。……コラそこ! 走んなっつってんだろ!」


「あっはい、すみませーん」


 眞柴空覇マシバ・カラハが廊下を歩いていると、生徒達が次々と声を掛けて来る。空覇は見た目の威圧感や口調の荒さに反し、面倒見が良くて頼られると放っておけない性格だ。新学期の授業が始まってからまだそこまで日にちが経っていないが、生徒達はすっかりその事を理解しているようだった。


 教室棟を出た空覇は男子寮側の渡り廊下をぐるり歩き、教員室へと辿り着く。自身に割り当てられたデスクに戻ると手早く仕事を始めた。教室棟にも教員休憩室という名の部屋はあるが、そちらは一時的に荷物を置いたり休み時間に休憩をしたりする為の、いわば控え室のような場所だ。一般的な学校で言うところの職員室はこちら、職員棟の教員室の方なのである。


 他の教員とも遣り取りを交わしながらペンを走らせキーボードを叩き、幾つかの雑務を片付ける。一区切りが付いたところで空覇はうーんと伸びをした。窓から見える空は青く透き通り、グラウンドや体育館からは部活動中の生徒達の声が聞こえる。


 サッカーやソフトボール、バドミントンに陸上、水泳、バスケットボール、卓球など……。公式試合に出る事は無いが、八色学園には多くの部活が存在する。運動系以外にも合唱部や吹奏楽部、美術部などの文化系も幾つかあるようだ。入部は任意だが、学業に差し障らない程度であれば部活動は推奨されている。


 授業が六時限目までしか無い火曜と木曜、そして授業が昼までの土曜に部活の活動が盛んなようだ。逆に七時限目まで授業がある日は休みの部も多い。──今日は心地良い気候も相まって、絶好の部活日和だった。


「よ、っと……」


「おや眞柴先生、何処へ? ご休憩ですかね?」


「一段落したんでちぃと外の空気吸ってきます。部活中の生徒達の様子も見てみたいし」


「ああ、それはいいですね。行ってらっしゃい」


 隣席の教員とそんな遣り取りを交わし、空覇は教員室を後にした。職員棟から出ると、風に乗ってブラスバンドの練習が耳に届いてくる。


 眼前に広がるグラウンドでは体操服を着た生徒達がそれぞれの競技に没頭している。見学に来た一年生達の姿もちらほら見受けられた。制服で中庭のベンチに座り写生をしているのは美術部だろうか。空覇はそれらを眺めながら、教室棟から戻って来た時とは逆に女子寮側の渡り廊下を歩き始めた。


 渡り廊下とは言いつつも、完全に壁で囲われている類いのものでは無い。普段の生活が基本土足である為に、屋根の付いたタイル貼りの道といった程度の代物だ。とは言え綺麗に掃除されたそこは道幅も広い上に歩き易く、多くの生徒や教員達が行き交っている。


 喫煙の出来るベンチで一服でもするかな、などと考えながら歩いていた空覇だったが、──不意に、それまでとは違うざわめきが耳をくすぐった。


「おい、何だあれ」「誰かあそこに立ってるぞ」「ヤバくね? ちょ、ヤバいじゃん」「えっ何、やだ、やめなよ、何してんの」


 ざわざわとした不安な声が広がってゆく。生徒達は次々と動きを止め、一点を見上げ始める。小さな悲鳴が上がる。誰かが指刺した先、そこには──。


 教室棟の屋上、ぐるり周囲を囲むフェンスの上に、一人の少年が立っていた。


「えっもしかして自殺でもすんの?」「今からとか随分派手じゃね」「注目、されたいのかな」「見せ付けたいとか?」


 グラウンドの異変に気付いたのか、建物の中にいた生徒達も揃って窓から首を出し、或いは外へと飛び出して来る。職員棟から幾つもの怒鳴り声が響く。


 そして空覇は──状況を理解するなり、一目散に、走り始めた。


  *


「どけッ! 急いでるんだッ、道を空けろ!!」


 人の多い渡り廊下を飛び出すと校庭を駆け、空覇は声を上げながら教室棟に飛び込んだ。まだ中を行き交う生徒達が驚き、慌てて空覇の行く先から退いた。


 エレベーターを待っている時間が惜しかった。空覇は四段飛ばしで階段を駆け昇り、手摺りを飛び越えてショートカットしながら屋上を目指した。空覇の姿が見えた瞬間、屋上に通ずる階段の踊り場に溜まっていた生徒達が壁に身を貼り付ける。


 バンッと音を立て金属製の扉を開くと、空覇は屋上に躍り出た。視線を彷徨わせ、そして──こちらを振り返った少年と目が、合った。


「来て、くれたんだ。眞柴先生」


 学生服を着た小柄な少年。緋色の学章を襟に着けたその生徒は、昨日空覇が呪符を取ってやった二年生だ。確か、巻き付かれた蛇に絞められ脂汗を流していたのでは無かったか。呪いを除去してやったばかりだというのに、──彼の脚にはもう、黒々と瘴気を放つ蛇が絡み付いていた。


「なあ、何でそんなトコ立ってんだ。危ねェから降りろって。こっち来いよ。なあ。そんな蛇なんかまた、取ってやるからさ」


「でも、──申し訳無くて」


「そんな手間じゃねェって。遠慮なんてすんなよ。な、いいからこっち来いって」


 声を掛けながら近付く空覇に向かって、少年は哀しそうに、笑った。


「駄目なんだ、僕、もう逃げられないみたい。だから先生、心配してくれてさ。ゴメンなさい、それと、」


 蛇の瘴気が一層膨れ上がる。笑顔のまま少年は、透明な瞳に空覇を映す。何かに引っ張られるようにゆっくりと外側へ身体を傾けてゆく。


 あちこちから悲鳴が上がる。空覇が大きく脚を踏み込む。少年の唇が動く。


「──嬉しかった、ありがとう」


「くっそがああぁあぁあああああッッ!! 死なせてッッ! たまるかよおぉおおぉおおッッ!!」


 少年が浮遊する。空覇が跳躍する。蛇が霧散する。


 ──手が、伸ばされる。


  *


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