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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
二章:成長する芽と、憂う日々
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02-01


  *


 私立八色ヤイロ学園生徒寮の朝は、午前七時の放送から始まる。寮母の挨拶と爽やかな音楽で起床し、身支度と清掃を経て食堂に集まり、朝食を皆で摂るのである。


「ほらクリスちゃん、しゃっきりして。目開いてないよ」


「むみゅう、ねみゅい……志恵せんぴゃい、なんでせんぴゃいは朝からそんにゃに元気にゃの……?」


「クリスちゃんてホント朝弱いよね。でも慣れればそのうちちゃんと起きられるようになるよ。……ほら、手合わせて。はい、いただきます」


「……いただきみゃす」


 膳が行き渡ると皆で着席し、声を合わせて『いただきます』で朝食となる。今朝の献立は卵焼きに小松菜の胡麻和え、胡瓜の柚子もろみ添え、豆腐とわかめの味噌汁、そして白米だ。メニューは男女生徒寮職員寮全てにおいて共通で、アレルギー食や病人食のみ別で作られるシステムである。


 食事の席は基本的に部屋番号順に座るのが女子寮の習わしとなっており、一階の一〇二号室に住まう羽々木志恵ハバキ・シエ乙紅莉栖キノト・クリスは第一テーブルに着席していた。このテーブルに座る面々は比較的大人しい生徒が多く、虐めのターゲットである志恵にも同情的で、いつも普通に接してくれている。


「ねえ志恵ちゃん、今日出す数学の宿題、全部出来た? 私、ちょっとわかんない問題があって……」


 隣に座る一〇三号室の戸村彩花トムラ・アヤカがおずおずと志恵に声を掛けた。戸村は志恵と同じ二年一組に属する、おっとりとした穏やかな性格の生徒だ。


「一応は全部出来たけど、わたしも自信無いとこがあるんだ。じゃあ、一緒に答え合わせしてみる? 学校行く前がいいかな、それとも教室でやる?」


「ありがとー! じゃ、教室でやろう。一緒に行こうよ」


「うん、じゃあ行く用意出来たら声掛けるね」


 などと会話を弾ませていると、不意に志恵は首筋に冷たいものを感じた。鋭い視線、悪意を込めて自分を睨む気配──。志恵がちらりと後ろを窺うと、遠くから志恵を見る桜谷聡美サクラタニ・サトミの能面の如き顔があった。


 志恵は桜谷とは前年度、同じクラス、同じ階で学校でも寮でも常に顔を合わせる状況だったが、新学期になってからはクラスも自室の階も別々となり、嫌がらせを受ける回数はかなり減少している。その事が随分と志恵の心持ちを楽にしていた。


 また、志恵の心境に大きな変化を与えたのがクリスの存在だ。同室の後輩を持った事で先輩としての自覚が生まれたのと同時、それまで誰にも相談出来ず一人で抱え込んでいた『能力』について、理解してくれる心強い味方が出来たのだ。


 先日は謎の瘴気に引き込まれそうになり意識を失ったものの、あれからは特に異常な出来事は起こっていない。あの時自分を助けてくれた手、あれは一体誰だったのか──その事だけが心に引っ掛かっていたが、しかしそれも不安や心配という類の悩みでは無い。


「ふみゃう、おいし……むぐむぐ、ずずず……」


 眠そうに半分閉じた目のままもぐもぐと朝食を食べるクリスに目を向け、志恵は堪らず笑いを零す。首を傾げるクリスに何でも無いと手を振りながら、志恵は穏やかな時間を満喫するのだった。


  *


「じゃあ今日は教科書の二十八ページからだ。開けたか? まだの者は手ェ挙げろ。──よし、今回は出席番号の後ろからいくか。吉崎、立って読め」


「はい」


 指名された女子生徒が立ち上がり、教科書の文章を音読し始める。日本史教員の眞柴空覇マシバ・カラハは片手に持った教科書の文字を目で追いながら、ゆっくりと生徒達の列の間を歩き始めた。


 学園の登校時間は八時十五分。そこから朝のホームルームを経て、八時三十分から一時限目が始まる。五十分の授業の合間には十分の休憩が入り、四時限で午前の授業は終了するという流れだ。


 一時限目は眠たげな生徒が多いかと思いきやそんな事は無く、皆きっちりと制服を着て良い姿勢で授業に臨んでいる。そのお行儀の良さに、空覇は内心苦笑しながら授業を進めてゆく。


「ああ吉崎はそこまででいい。じゃあ次は森園。続きだ」


 今度は男子生徒が、はい、と返事をして立ち上がり、女子生徒が読み終わった次の行から読み上げ始める。


 現在はタブレットなどの端末を授業に取り入れている学校も多い中、ここ八色学園は全てがアナログのまま、紙の教科書を使い続けていた。確かにデジタルは簡便だが、以前どちらが良いかアンケートを取ったところ、『教科書に書き込みが出来ない』『暗記はアナログの方が効率が上がる』など、生徒側からも紙の方が良いとの要望が多かったのだ。


 音読が進みページを繰る音が教室に響く。空覇は適度な所で生徒を交代させながら、本日授業でやる範囲の文章を読ませてゆく。


 そしてとある男子生徒の隣に差し掛かった空覇は、そこでピタリと足を止めた。教室には教科書を読む女子の声が響いている。男子生徒は顔色が悪く、辛そうに背中を丸めて汗の滲む顔を俯かせていた。


「大丈夫か。体調、悪いんだな」


 空覇は背を屈め男子生徒の耳許で囁くと、そっと震える肩に手を置く。ゆっくりと頷く男子生徒の背中には、──べったりと、黒い靄で出来た大きな蜘蛛が貼り付いていた。


 空覇は肩から手を移動させ、大きな手の平で男子生徒の背中を撫でてゆく。──もし此処に志恵やクリスのように霊や瘴気を見る能力を有する者がいたならば、空覇の手から濃銀の燐光が漏れている様子が見えた筈だ。


 瘴気を纏った蜘蛛は燐光が触れた傍から千々に裂け、光の粒子となって溶けてゆく。


「……あれっ」


 蜘蛛が全て消え去った瞬間、男子生徒の口からは驚きの声が小さく漏れた。先程までの体調不良が突然、嘘のように無くなったのだ。空覇は何も言わずに男子生徒の背中を軽くパンパンと払うと、その首許、学生服の襟に貼り付いていた紙片をむしり取った。


 顔色の良くなった男子生徒が不思議そうに見上げる視線にニッと笑みを返し、空覇はまた教室の中を歩き出す。丁度予定していたページまで音読が済んだところで、手の中の呪符を握り潰しポケットへと突っ込んだ。


「じゃあ解説していくぞ。……いいか、この辺りの時代は東アジア全体の歴史と連動させて覚えておくと特に効率が良いんだ。日本史だけでは分かりにくい部分は、時代の流れの縦軸と世界との繋がりの横軸両方を意識して、例えばこういう風に並べると──」


 教壇に戻った空覇が板書する力強いチョークの音が響く。生徒達は皆熱心に耳を傾け、──しかし唯一先程の男子生徒だけが、納得しかねるといった顔でまだしきりに首を傾げ続けるのだった。


  *


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