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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
一章:不穏の種と、新学期
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01-08


  *


 ここ私立八色学園の始業式と入学式は、他の一般的な高校と違い同じ日に執り行われる。まず二年生三年生を対象に始業式が行われ、次いで新一年生が入場し入学式へと移行する流れだ。


「……ふ、あぁ──」


 新任教師である眞柴空覇マシバ・カラハはパイプ椅子に背を預け欠伸を噛み殺した。此処は学園の体育館であり、今は始業式の真っ最中だ。壇上では理事長に続き校長が挨拶を述べている。程良い陽気と退屈な話の相乗効果は眠気を誘うと相場が決まっているものだ。


 不意に、空覇の脇腹が肘で小突かれた。横目で見遣ると、隣席の女性教師──火ノヒノミヤがじとりとこちらを睨んでいる。


「ちょっと眞柴先生、欠伸なんてしないで下さい。生徒に見られてますよ」


「ああ、はい。すんません」


「ただでさえ眞柴先生は目立つんですから、気を引き締めて下さい。こっちが注意する立場なんですよ。先生自らが欠伸なんかしてたら示しが付かないじゃないですか」


 そう言って火ノ宮は生徒達の列に顔を戻した。やれやれと内心うんざりしながら、空覇も表情を取り繕って生徒達に視線を巡らせる。目が合った幾人もの生徒が慌ててそっぽを向くのを見て、また空覇は溜息をついた。


 火ノ宮は新卒採用の体育教師だ。体育大学出身で女子の保健体育の担当である。まだあどけなさの残る顔立ちとしっかり筋肉の付いた体つきが少しアンバランスだが、しかし整った容貌と素直な表情が男女問わず好印象を抱かせる人物だ。


 こういう実直なだけのヤツって苦手なんだよなァ──空覇がそんな事を考えつつ生徒達を眺めていると、ふと妙な物に気が付いた。


 生徒達の中に、黒い何かを背負っていたり、漂わせていたりする者がいるのだ。


 それは明確な形、例えば人なり動物なりの霊が取り憑いているなどといったものでは無く、あくまで不明瞭な靄のようなものと見受けられた。それらを漂わせている生徒達に男女の別は無く、しかし一様に気弱で大人しい雰囲気が感じられた。


 空覇の中で先日読んだ資料の記憶が呼び起こされる。『虐めに呪法が使われている』──文面にはそう書いてあった筈だ。ならばあれがそうなのか、と空覇はただ静かに奥歯を噛んだ。授業や寮内で見付けたなら早急に対処してやるべきだろう。任務には関係無くとも見過ごす事は出来ない──それが空覇の性分だった。


 そうこうしている内に式は滞り無く進み、続いて新一年生の入場となった。振り分けられたクラス毎に、初々しい面々が緊張を漂わせながら入って来る。拍手に包まれる彼らは不安と期待がない交ぜで、それでも何処か誇らしげに胸を張っていた。


「……いた。アイツだな」


 空覇は目を細め声に出さず呟く。鋭い視線の先、一人一際目立つ少女が列の中に存在していた。誰よりも小柄な体躯、短くぽわぽわとした真鍮色の髪。抜けるように白い肌、髪と同じ濃金色の瞳、そして人形の如き無表情──。


 ──彼女の名は乙紅莉栖キノト・クリス、その正体は空覇と同じ『組織』と呼ばれる超国家的対魔団体に属する術士である。


 空覇とクリスは学園を調査する為に潜入した。連続して起こっている生徒の死亡と失踪、そして頻発する怪現象。それらは何らかの超常的な力が原因だと『組織』が判断し、術士を派遣したのだ。空覇は教員として、そしてクリスは年齢を生かし女子生徒としてそれぞれの立場から学園を探る事になっている。


 しかし、取得可能だったから取っただけの教員免許がこんな形で役立つとはな──と空覇は皮肉に思う。空覇は元々高い攻撃能力を有する術士であり、強力なあやかしなどを退治するのが常であった。それが潜入捜査、しかも学校に教師としてなどとは夢にも思わなかった事態である。


 確かクリスも同様だった気がするが──と空覇はクリスの無表情な横顔を見遣った。お互い関わりが無い訳ではないが、個人的な交友はこれまで無かった筈だ。感情を表に出すのが極端に苦手で組織内でも浮いていたクリスが、同世代の一般女子に交じって上手くやって行けるのか。その辺りを想像すると不安で仕方の無い空覇であるが、なるようにしかならないので静観するほか無いだろう。


 ──などと考え事をしていたらまた欠伸が漏れてしまい、再度火ノ宮に肘鉄を喰らう空覇であった。


  *


 始業式と入学式も無事終わり、レクリエーションなどを経てようやく本格的に新年度が開始となった。教室棟は生徒達の活気で溢れ、そこかしこから元気なさざめきが漏れ聞こえる。


 ちなみに八色学園の制服は古式ゆかしい学生服とセーラー服であるが、昔のものと違い非常に着心地が改善されている。ストレッチ性のある生地で窮屈さが少ない上に皺になりにくく、汚れが付着しにくい、風通しが良く蒸れにくい、などの高機能素材で出来ているのだ。


 男子の襟に付ける学章と女子のセーラー服に合わせるスカーフは、学年毎にそれぞれ色が決まっている。今年は三年生が緑、二年生が緋色、一年生が水色となっており、本体の黒ばかりが目立つかと思いきや、大勢が集うと思ったよりも華やかになるのだ。


 また学年色は制服だけでなく、体操服や学内着、履き物の差し色などにも用いられている。基本的に学園内にいる限り、その生徒がどの学年なのか一目で分かるようになっていた。


 ──そして体育館で今整列しているのは緋色のジャージの女子達、つまり二年生の女子生徒である。その中には羽々木志恵ハバキ・シエや、志恵とはクラスの違う桜谷聡美サクラタニ・サトミの姿もあった。八色学園は一学年八十人程度と生徒の人数が少ない。なので体育などの授業は男女別に分かれた上で、全クラス合同で行われるのだ。


「はーい、皆揃ってますね? 今日から一学期はバレーボールをやっていきますが、その前にまず準備運動とストレッチから始めますね。それじゃ軽く身体をほぐすところから──」


 女子体育担当の教師、火ノ宮が声を張り上げる。生徒達は指示に従って真面目にストレッチなどをこなしてゆく。やがて皆の身体が暖まった頃、実際にボールを使っての練習が始まった。最初はボールに慣れる為に、二人一組になってのレシーブとトスのリレーからだ。


 志恵は球技が苦手であった。元々目が悪いので動体視力が追い付かず、怪我や破損を避ける為に眼鏡を外して臨めば余計に見えにくくなる悪循環。それでも眼鏡を壊すよりはと裸眼で参加すれば散々な結果となり、球技のある学期はいつも評価点が低かった。


 今回、事前にその事を火ノ宮に相談したところ、それならば──と代替案を提示された。練習には参加せずとも、球拾いや用具の出し入れ、それにレポートを書けば合格点を貰えるとの事で、志恵はありがたく頷いた。他にも病気で激しい運動が出来ない者や志恵と同様に視力の弱い者も同じ提案をされたらしく、練習に参加しないのが自分だけではない事に志恵は安堵の息を零す。


 丁度四人いた志恵達はそれぞれ体育館の四隅へと移動した。あらぬ方向に転がっていったボールを回収するのが彼女達の役目だ。早速、コートから大きく逸れたボールが転がり、たまたま開いていたステージ下部の収納へと吸い込まれていく。


「ああこれ、始業式の後でパイプ椅子片付けた時に誰かが閉め忘れてたのかな……よいしょっと」


 引き戸の中にはキャスター付きで引き出せるパイプ椅子収納用の巨大な台車が何台も収められている。志恵は屈んでスペースへと潜り込むと、目を凝らしボールの行方を捜した。


 ──ぞくり。


 何気に奥の闇を覗き込んだ瞬間、志恵の背中に冷たい恐怖が走り抜ける。これは、何かがまずい──そう思った、刹那。


 闇が、影が、黒が、負が、──穢れが、志恵を包み込んだ。


  *


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