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死穢を導くディザスター  作者: 神宅 真言
一章:不穏の種と、新学期
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01-07


  *


「じゃあクリスちゃん、そろそろお風呂行こっか。お風呂セットの用意出来てる?」


「シャンプー、コンディショナー、ボディソープ、ボディスポンジ、下着とバスタオル……志恵センパイ、これで足りる?」


「うんうん、それで大丈夫だよ。全部桶に入れて、ホラ、これで完成。……あ、普段はお風呂セット、部屋の入口にある棚に置いておけばいいからね」


 混まない内に早めに行こうか、と立ち上がりかけた志恵の腕を、しかし突然クリスが掴んだ。驚いて志恵が見返すと、真鍮色の瞳が真剣に見上げて来る。


「待って志恵センパイ。……背中、見せて」


「え──」


「早く」


「駄目、だってこれ……え、ええ、クリスちゃん……?」


 どうしてそれを──と驚きに固まる志恵の背後に、素早くクリスが回り込む。咄嗟に裾を押さえようとした志恵の腕ごと、クリスは包むように抱き締めた。志恵はビクリと肩を跳ねさせ、そして唇を噛む。


「大丈夫、志恵センパイ。怖がらなくていい」


 志恵は戸惑い、睫毛を伏せた。──背中にはまだ、桜谷に付けられた呪符のタトゥーシールが剥がれずに残っている。確かにこのまま風呂に行くのは辛かったが、それよりも自分が虐められているという事実をクリスに知られるのが怖かった。


「……体調、悪そうだよ。顔色も悪い。それに何か、黒いモヤモヤが少し出てる。このままじゃ駄目、センパイ。それに皆に見られたくない筈。自分なら大丈夫だから」


 それでもなお、背中を通じて掛けられるクリスの言葉に、志恵は俯いた。背中に当たるクリスの身体から、回された華奢な腕から、じわりと温かい熱が伝わる。センパイ、という一見無機質な声には心配と優しさが籠もっているような気がして、志恵は少しずつ身体の緊張を解いた。


「……分かった。じゃあ、背中がどんなになってるか、見てくれる……?」


 うん、と頷きクリスが志恵から離れた。志恵は意を決し、学内着と肌着を捲り素肌を露わにしてゆく。ちり、と空気に触れた背中がまた微かに痛んだ。


「これ、酷い。こんな瘴気が出てる強いの、人間の肌に直接なんて」


「クリスちゃん、これが何か分かるの? 悪霊を呼び込む呪符だって言われたんだけど」


「何か、っていう詳しい事は分からないけど、悪いものだってのは分かる」


 むう、とクリスの苛立つような唸りが聞こえ、志恵は思わず振り向いた。クリスは呪符の模様を指先で撫でながら何やら思案しているようだ。触れられる背中がくすぐったくて、志恵は微かに身を捩る。


「これ、タトゥーシールなんだって。強めに擦ったり、洗ったりするぐらいじゃ落ちなくて……」


「志恵センパイは化粧とかする? 化粧落としのオイルとか持ってない?」


「ゴメン、普段は化粧とかしないから……。あ、でも顔を拭くシートならまだあったかな。ほらコレ、使える?」


 志恵が手を伸ばして化粧水や櫛の入った籠から化粧落としシートを取り出すと、クリスは肩越しにそれを受け取った。試してみる、と呟いてクリスはシートで志恵の背中を擦り始める。


 シートのひんやりした感触と共に、こしこし、と静かな音が聞こえる。同時に、志恵はそれまで悩まされていた身体の重怠さが薄れていくのを感じていた。


 三分程立った頃だろうか、終わったよ、と少し安堵したクリスの声が耳を撫でた。乞われて手鏡を手渡すと、ホラ、とクリスが志恵の背中を映して見せる。


「ホントだ、無くなってる!」


 志恵の背中にあった禍々しい呪符はもう跡形も無く、白い肌は元通りとなっていた。クリスは少しだけ目尻を下げてハイ、と手鏡と残った化粧落としシートを差し出す。志恵はそれらを片付けてから、泣き笑いの表情でクリスの手を取った。


「ありがとうね、クリスちゃん。身体の調子は悪いしでも自分じゃ落とせないし、ホントはどうしようかって悩んでたんだ。本当にありがとうね」


「志恵センパイ、気にしないで。自分は出来る事をしたまでだし。ね、お風呂行こう。大きい風呂、自分楽しみだから」


「うん、そうね、ありがとうね。じゃあ行こっか」


  *


 ──寮の地下階には大浴場とは別に個室のシャワールームが六室、それからボイラー室と物置が存在していた。シャワールームは時間を問わず使用する事が出来、生理中や部活で遅くなった生徒に重宝されている。


 志恵はいつもはシャワールームで済ませる事が多いが、クリスに寮風呂の決まりを教える為に今日は二人揃って大浴場を使用した。やはりいつものこの時間よりは人が多いようだ。


 桜谷ともチラと目が合ったが、プイッと顔を背けられてしまった。背中の呪符が消えている事には気付いているのだろうが、桜谷も同室の一年生を連れている手前、揉めるのは得策ではないと思ったのだろう。志恵は少しだけ安堵し、クリスと共に身を清めて湯船へと入った。


 大きな風呂が初めてだというクリスが湯船に肩まで浸かるなり、ふぴー、と変な声を漏らす。その微笑ましさに、くすくすと志恵や周囲の生徒達が笑いを零した。そして背も低いが体型も凹凸が少ないクリスは、湯に浮いた志恵の豊かな胸に驚いているようだった。


「志恵センパイ、どうやったらおっぱい、センパイみたいに大きくできる?」


 風呂から上がった帰り際、クリスがそんな事を言うものだから志恵は顔を真っ赤に染めた。あわあわと慌てながら志恵は無意味に首を振る。


「わ、わたしはその、大きくしようとかそんな、別に何も……! ほ、ほっといたらいつの間にかこんなに大きくなっちゃって……!」


「そうなんだ。自分、いつまで経っても大きくならないから」


「えっと、クリスちゃんまだ十五だし! きっとこれからもっと大きくなるよ、うん!」


 そんな他愛も無いお喋りに興じながら廊下をぽてぽて歩いていると、不意にクリスが志恵の耳許に唇を寄せた。


「──一番左のシャワールーム、何かいた」


 その言葉に、志恵は息を飲んだ。ちらりとクリスを見返し、小さく頷く。


 確かに一番左のシャワー室には女生徒の霊が出る。四年前、当時三年生だった生徒がそこで首を吊ったのだ。特に何か悪さをする訳では無いが、志恵は絶対にそのシャワー室だけは使わないと決めていた。


 ──やっぱり、クリスちゃんには『見えて』るんだ……。志恵は自分と同じような体質の人間に逢えた事に少しだけ安堵を感じた。しかし、更に告げられた言葉に、志恵は身を強張らせる。


「それから奥の物置、変な気配がする。志恵センパイ、絶対に近付いたら駄目」


 唇を引き結び、志恵はぎこちなく頷いた。──地下一階、奥の物置。そこに何が居るのか、志恵は知っていた。


 『やくさいさま』──寮でまことしやかに囁かれる噂。選ばれた者だけが会う事が出来、願いを叶えて貰えるという。但し、願いの成就には生贄が必要なのだ──。


「うん、分かってる。近付かないよ」


 笑みを浮かべ志恵は応えるが、心は晴れなかった。胸の奥、不安と罪悪感がない交ぜになった黒い澱が、冷たく溜まってゆく。何でも無い風を装いながら、志恵は無意識に風呂セットをぎゅっと強く抱き締めるのだった。


  *


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