06
超短期連載企画の最終回!
短編「女王の毒針」 ぜひご覧ください。
「報告は聞きましたよ、アトキ教頭。監視カメラの映像も見ました」
「なら、どうしてそんな悠長にしていられるのです」
アトキ教頭と呼ばれた男性の声が室内に冷たく響く。
イナヤたちが過ごしていた学園コロニーの執務室では、学園長が合成革張りの椅子にゆったりと体を預けていた。
『お母様』ことサラ学園長は、白いものが混じりはじめた豊かな髪を肩まで伸ばし、にこやかな口元には両側に皺が刻まれていた。その顔立ちからは、イナヤたちの面影を想起させる。
「脱走したふたりを追跡した後は?処刑しろと言うの?」
学園長は傍らに立つ人物に話しかけるような口ぶりだが、室内に教頭の姿はない。
「処刑などとは。規則に基づき、厳正に対処すべきだと言っているんです」
「結局のところ同じだわ。貴方がたAIの判断は杓子定規に過ぎます」
学園長が話しかけていたアトキ教頭とは、タブレットの向こう側、ネットワーク内に存在するAIであった。
イナヤとマッツが乗るジェット機がシップから離れ、行方をくらましたことは、すぐさま学園に報告された。アトキ教頭は追跡部隊を地球に派遣しようと動いたのだが、学園長がそれを阻止した形だ。
「杓子定規だろうとなんだろうと、この計画においてイレギュラーは認められません。全を乱す個の存在は、人類復興に影を落とします。暗黒時代に逆戻りですよ」
「それは正しいのかもしれない。けど」
学園長の視線は、タブレットに映されたキスシーンに注がれていた。
「けど、なんです」
アトキ教頭が声色に不満をにじませる。
「我が子がこんな情熱的なキスをするなんて、ちょっと嬉しくてね」
学園長は頬杖をつきながら、動画をリピートさせた。画面内でイナヤとマッツが輪舞曲を踊るように回る。少し間を置いてから、アトキ教頭がつぶやくように言った。
「わたしにため息をつく機能があれば、あなたにその息を吹きかけてやりたい」
「なかなか面白い表現をするじゃない」
学園長は心底楽しそうに目を細める。
「あなたの主張は判りました。要するにまた、『転校』ということですね」
アトキ教頭の喋り口は、存在しないはずの憮然とした表情を想像できるくらいに感情豊かだ。
「理解いただけて何より」
「しかし今回のケースは卒業後なので、データを改ざんする必要があります。これが中央に勘付かれたりしたら」
「よろしくお願いするわ」
全幅の信頼を寄せる、といった口調でサラ学園長はタブレットの向こうへ語りかける。
アトキ教頭はたっぷりと沈黙の時間を作った。
「変わらないですね、あなたは」
「あら」
さも心外であるという風でサラ学園長は小首をかしげた。
「まるで自分は変わったみたいな言い草。いやよ、変わっちゃ。肉体は捨てても、自分を信じ続けると言ったのはあなたよ、アトキさん」
AIが記録を参照するのにここまで時間がかかるわけがなかった。しかしアトキ教頭は、自らとサラ校長が辿った軌跡をじっくりと思い返しているようだった。
「とにかく『転校先』で監視は続けます。彼女に何ができるはずもないでしょうがね」
ぴしゃりと言い放って、アトキ教頭は電子の海に潜っていったかのように静かになった。
――ありがとう。そうね、何もできないことは彼女も知っていたはず。だけど。
ジェット機のナビに『沖縄』とだけ入力して任せていたイナヤとマッツは、機体が急に進路を変えたので会話を止めた。
「どうしたんだろ」
「外部から操作されたみたいだ」
――さすがにすんなりと逃がしてはくれないか。イナヤはナビを操作しようとしたが、画面はロックされていて受け付けない。
元々パイロットの素養のない二人である。例え自動操縦を解除できたとして真っ逆さまに墜落するのがオチだ。
イナヤはシートに深く身体を預けて静かに息を吐いた。
「やるだけはやった」
この後どうなろうと、イナヤは自分の人生に満足できるだろうと感じていた。
ジェット機が着陸したのは、とっくに建設が終わって運用開始から久しい様子の学園だった。てっきりセイお姉様たちの着陸地点に向かわされると思っていたイナヤは拍子抜けした。
そして、その学園でイナヤたちを出迎えた面々を見て、さらに度肝を抜かれることになる。懐かしい顔が四人。お姉様対抗四人衆として名を馳せた、かどうかは定かではないが、アガシ、ガラシェ、ゾリュー、リーシンが人波をかき分けてイナヤの元に走り寄ってきた。
「みんな、生きてたの?!」
「『転校先』がここだったんだ」
アガシはイナヤの手を強く握って再会を喜んだ。『転校』とは例えでもなんでもなく、地上に建設されたこの学園へと、本当に転校することだったのだ。
ただし、ここはサラ学園長がアトキ教頭と共謀し、『廃校』を利用して中央政府に内密で作った言わば隠し学園だった。
サラ学園長は学内でイレギュラーの生徒が出た場合に、処分を免れさせるため『転校』と称してここへ送り込んでいたのだった。
つまりここは、人類復興計画の本筋から外れた、もうひとつの可能性であった。
アガシは、イナヤの後ろから姿を見せたマッツを見て、にんまりとした顔を作ってイナヤの肩に腕を回した。
「なるほど、あんたもお姉様に一泡吹かせてきたって訳ね」
イナヤは気恥ずかしそうに頷く。
「で、どうだった?」
「生きてて良かったって思った!」
イナヤは満面の笑みで答えた。
アガシはそれを見て満足そうに振り返り、人だかりに向かって大仰に両手を広げて叫んだ。
「みんな、結婚式の準備だ!」
サラ学園長はタブレットを操作し、イナヤの出発前健康診断の結果を表示させた。そこには特記事項としてこう記されていた。
――生徒番号696617961。陰部に不正出血あり、量は軽微。膣からと思われる。搭乗に問題ないため精密検査はスキップ――
これはもしかしたら兆候?だとすると、生命って、人間って本当に面白い。サラ学園長はそう思いながら、管理者権限で特記事項の部分を削除した。
アキト教頭もサラ学園長も、生殖機能のないクローン体のイナヤがマッツと結ばれても何もできないと高を括っていた。しかし、この不正出血が兆候なのだとしたら、万が一、新たな二倍体を産むことができたら。人類は復興に向けて新しい一歩を踏み出すのかも知れない。
サラ学園長はふたたび動画のイナヤへと視線を戻す。そして、イナヤの顔を画面越しに指でトントンとノックして、こう言った。
「どんなテクを使って彼を落としたの?あなたって、女王の素質ありよ」
「女王の毒針」・了
このエピソードで完結です。
ご精読、ありがとうございました。
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