05
超短期連載企画!
三日間で全6エピソードの短編を公開します。
短編「女王の毒針」 ぜひご覧ください。
イナヤはドアから出て、ジェット機を見上げる。ちょうどジェット機のコクピットハッチが開いて、パイロットスーツ姿のマッツが身を乗り出すのが見えた。
完璧なタイミングだ。こちらに手を降るマッツめがけて、シミュレーション通りにドア横の壁を蹴って体を宙に浮かせる。
イナヤの体が格納庫の中空に向けて滑り出すと同時に、マッツも機体の側面を蹴りイナヤに向けて飛び出してきた。
――ちょっと、ちょっと待ってよ。あんたはコクピットで待ってる計画でしょ!?
まさかのイレギュラーにイナヤは焦ったが、ここまできて失敗するわけにはいかない。絶対に、絶対にその手を掴まなくては。
「キャッチして!」
イナヤは声を振り絞って叫んだ。
ふたりの距離がぐんぐん近づいていく。わずか数度のずれがあったか、進行方向の線上からマッツが左側に離れていくのがわかる。イナヤは必死に手を伸ばした。マッツも手を伸ばしている。ちぎれてもいい、そう思うくらいに伸ばした左手首を、ぎりぎりのところでマッツの右手がしっかりと掴んだ。
繋いだ手を中心点にして、ふたつの体が回転を始める。
「ばか!コクピットで待っててって言ったのに!」
「ごめん!イナヤが見えたら、体が勝手に!」
マッツの無邪気ぶりに呆れたが、イナヤにはそれが嬉しくもあった。なにより、数日ぶりに会ったマッツの表情が、前髪が、唇が、とても愛おしく見える。
回転しながらもう片方の手を伸ばして掴むと、お互いの体の向きが逆さまになってしまった。ぐっと体を引き寄せると、互いの顔が吐息が触れるくらいまで近づく。逆さまになったマッツの目は、まるで子犬のように輝いている。
「これが、最高のタイミングでする、最高のキス」
イナヤは、逆さまのままでマッツの唇に自分の唇を重ねた。勢い余って、歯と歯がぶつかり合う。
なにしろお互いファーストキスだ。見た目の麗しさになど構っていられなかった。本能のおもむくままに、舌をマッツの舌へと這わせる。マッツの鼻息が荒くなり、首筋に当たるのがわかった。
舌と舌が生き物のように絡み合い、ふたりは時間を忘れるくらいにキスへと没頭していた。
マッツが飛び出してきたのは想定外だったが、結果として最高を超えた、至高のファーストキスになったとイナヤは思う。
無重力下で回転しながら舌を絡め合うふたり。人類史上、こんなロマンチックなキスをしたカップルって何組いるだろう。イナヤは心の底から満足していた。
そして、格納庫内のカメラが捉えたふたりの姿を、モニター越しに見ているであろうセイの顔を思い浮かべると、その満足感は頂点に達していった。
――お姉様の先を越してやった。
この後、地上に降り立ちセイが別コロニーの『お婿様』と出会い、自らの褥に迎え入れたとき、絶対にこのキスを思い出すに違いない。
でも、あなたにはこのキスを超えるキスは絶対にできない。そして自らのキスを空虚に感じるのだ。
わたしってこんなに性格悪かったんだな。でも胸の内から込み上げる「ざまあ」を止められない。
ああ、生きていて本当によかった。
飛び出してきたスピードが少しだけイナヤの方が速かったようで、回転するふたりはやがてジェット機を通り過ぎ、すぐ後ろの天井まで到達した。
ふたりは体勢を変えて手をつなぎ直し、そのまま天井を蹴ってジェット機のコクピットへ飛び込んだ。マッツは操縦席、イナヤは後ろの複座へと着席し、急いでシートベルトを装着する。
「閉めるよ」
マッツが言うが早いかハッチが下がりだし、閉まり切る直前に「大気圏突入まで三十秒」という艦内アナウンスが聞こえた。
マッツがイナヤの分のヘルメットを手渡す。イナヤがヘルメットを被ると、インカムでマッツの声が聞こえてきた。
「本当に最高だった。それしか言えない」
――かわいいな。
イナヤはにんまりしてしまう口元を抑えられない。もっともっと、かわいがってあげたい。イナヤはインカムマイクに向かってささやいた。
「地上に降りたら、もっといっぱいしようよ」
複座からはマッツのヘルメットしか見えなかったが、イナヤにはマッツが興奮していることが手に取るようにわかった。
大気圏突入が始まったようで、機体が激しく揺れはじめる。舌を噛むから喋るなと言いたいところだったが、興奮冷めやらぬマッツはその口を閉じられない。
「それで、シップを出たらどこへ向かう?」
イナヤは、質問の答えをずっと前から用意していた。マイクに向かって叫ぶ。
「日本の沖縄って島は、長寿世界一だったんだって。食べ物も美味しいらしいよ!」
06 へつづく
次回、完結です!
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