04
超短期連載企画!
三日間で全6エピソードの短編を公開します。
短編「女王の毒針」 ぜひご覧ください。
「イナヤはさ、何を望むの?」
マッツが前髪をかきあげながら、端正な顔つきで微笑む。半分とはいえ、マッツと自分に同じ遺伝子が組み込まれているなんて、イナヤには信じられなかった。
「なんでそんなこと聞くの」
「だってさ、イナヤと話すの楽しいんだもん」
――こいつ、さらっと思わせぶりなことを口にする。てきめんに心拍数が上がってしまうのが、イナヤには悔しくて仕方ない。なにか、仕返しがしたいな。
イナヤは考えを巡らせた。マッツの気持ちを、未来よりも自分に向けるにはどうしたらいいだろう。
ふと、四人の姿が思い浮かぶ。彼女たちは未来よりも自分を見ていた。アガシは言った。『自分を信じている』と。
――みんな、わたしも自分に忠実になっていいかな?
イナヤはマッツに向き直った。
「知りたい?」
「うん」
卒業まであと数ヶ月。マッツと一緒に居られるのもわずかだ。イナヤにとって、後悔を抱えたまま死ぬのは、生きた意味を失ったのと同じに思えた。
「わたし、キスがしたい」
イナヤは意を決し、マッツを睨みつけるように言い放った。予想外の言葉だったのか、マッツが反応を鈍らせている。
「え、誰と?」
「あんたとに決まってるでしょ!」
イナヤはマッツの顔を直視していられなくなり、足元を見ながら人差し指だけをマッツの顔面に向けて突き出した。当のマッツは目をまん丸にしている。
「それって、つまり」
「つまり、そういうことよ!」
――言ってしまった。まさかこのタイミングで告白するとは思ってなかったので、イナヤにしてみても心の準備もなにもない。八方塞がり状態で、マッツの反応を待つしかなかった。
さすがのマッツも告白されたのは初めてのことだったようで、見るからにしどろもどろになっている。そのうち「男を見せなくては」といった様子で、咳払いをひとつした。
「その、俺でよかったら、ぜんぜんオッケーだけど」
オッケーというのは、付き合うという意味か、キスだけという意味か。煮え切らない男の態度に、イナヤは少しだけ優位性を感じ、心が平静に戻ってくる。
「キスが、ってこと?」
「そう」
「好きでもない相手と?」
「いやあの、好きってのはよくわかんないけど」
――やっぱりか、キス逃げされるのは勘弁だぞ。
「でもイナヤのこと、他の女子とは違って、すごく気になってたから」
その言葉は、イナヤにとって嬉しい響きだった。特別感。イナヤがマッツに感じていたことを、マッツも感じてくれていたのだ。
その瞬間、イナヤは心臓の機能が突如アップデートされたような気分を味わった。そこから全身に送り出される血液は、体中の古いものを押し出すかのように駆け巡り、イナヤは自分の体が新しく書き換わっていくような錯覚を覚える。
恋が自分を変えていく。イナヤは明らかに変化を感じていた。
「キス、したい?」
改めて、マッツの目を見据えながらイナヤは質問した。
「したい」
「今、してもいいんだけどさ」
高揚感の中でも冷静に思考している自分に驚きながら、イナヤは体の奥で新たな欲望が渦巻き始めたのを認識していた。
それを実現するには、準備が必要だった。
「もっと最高のタイミングで、最高のキス、したくない?」
自然と、イナヤは上目遣いになっていた。マッツはイナヤの目から視線を外せないまま、唾を飲み込んだ。
※ ※ ※
学園コロニーを出発してから三日と半日、艦内は大気圏突入に向けて慌ただしい。
イナヤは持ち場である物資カーゴ室で、他の生徒とともにコンテナの固定を目視確認していた。無重力化での不安定な姿勢ではなかなか骨が折れる。
こんな仕事、センサーとAIひとつあれば人足を省けるものだが、シップに積める機材は限られている。そのほとんどが地上に降下してからの学園建設に必要なものだから、人間ができることは人間がやる、という発想なのだ。
イナヤは別に苦言を呈すつもりはない。この仕事があるおかげで、計画を遂行できそうだからだ。シップ内での任務一覧を精査し、この持ち場に配属されるよう必死に水面下で動いてきた。
カーゴ室の扉から半身を外に出し、吹き抜けとなっている格納庫の上部を見上げる。そこには、すでにマッツが搭乗済みであろう小型ジェット機が固定されていた。
格納庫には降下してから使用される車両が複数台収納されている。空間を有効に使うため、ジェット機やドローンは吊り下げ式になっているのだ。
イナヤは最後にもう一度、脳内でシミュレーションを行う。
――大丈夫、もう何十回もやってる。絶対成功させるんだ。
艦内の照明が警戒色に切り替わり、放送でアナウンスが飛び交う。いよいよ大気圏突入のときが迫ってきたのだ。
イナヤは他の生徒たちと一緒に、カーゴ室の壁際に並ぶ耐Gシートに座ってシートベルトを装着した。このベルトと、カーゴ室の出入り口がロックされてしまったら、計画は失敗だ。イナヤはベルトのバックルに手をかけ、いつでも外せるよう準備する。
「突入まで、あと三分」
待ちに待ったアナウンスがついに流れる。即座にベルトを解除し、イナヤはシートから弾けるように飛び出した。まだ無重力下なので、出入り口の方へ進むよう計算して壁を蹴る。その行動を見た生徒たちが、悲鳴に近い声を上げた。
「イナヤ、何してるの!突入シークエンス始まっちゃう!」
イナヤはそれを無視して、出入り口のドアを手動で開ける。どうせ、イナヤ一人の命など気にも留めず、シークエンスは進むだろう。でもそれでいい。重要なのは、突入シークエンスが中断できないタイミングまで待つことだったのだ。
05 へつづく
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